第41話 三島への期待
朝一番に峰山から聴かされた景山さんの印象は更に深くなった。受付業務から解放された昼休みには今一度思い起こす為に宝ヶ池公園に向かった。
恩師である景山に対する峰山の深い思い入れは、そのまま
昼間の休憩時間には宝ヶ池の周回コースにあるベンチで休んでいるといつも倉島が来てくれた。そこでどうも三島さんは独学で身に付けた心理学を、お兄さんの診察記録と照らし合わせて分析中らしいと聞かされた。
「全く三島さんの暇に任せた手違いの独学も役に立っていて頼もしいわね」
と仁和子が称えると、お陰であの藪はと言いかけて、おっと高尚な神経科医の松木さんは三島さんほど遣りにくい患者はいないだろうなあと初めて松木に同情して見せた。
「なんと言っても景山代理があそこまで松木さんを持ち上げるんですから矢張り見る目が違ったか」
「藪医者扱いだった倉島さんもあの先生にはとうとう白旗を揚げましたね」
と仁和子は笑ってみせるが直ぐに。
「それで兄は浮き島が漂ってどこまでが水面か見分けの付かないあの池に居る。間違いなくあの池の底に眠っていると確信できました。ただ動機が解らない……」
と今はどこまでも広々と向こう岸まで一本の草木もない宝が池の水面に眼を投じている。
「動機は今三島さんが紫煙の煙を上げながら心理学の本と格闘してますよ」
「でもあの施設は禁煙でしょう」
「表向きはね」
「禁煙に表も裏も無いわよ在るのは無視して喫煙する非道徳だけでしょう。でも盲腸で入院中はお利口さんだったわね」
「まあ禁煙を犯せば非道徳観は歪めないが拘束力は乏しいから彼も気兼ねしながらも吸っている処がいじらしいけれど」
「そんなところで納得しては良くないわよ」
と云いながらも一方的には批判はしない。
「でもお父さんが言うには
「じゃあお兄さんはどっちだったんだろう」
と余計な事を言ってしまったと自嘲すると「吸わなかった」と直ぐに云ってもらって少しは救われた。
「でも三島さんはどうしてあんなに煙草を吸うの? 航海士ってブリッジで吸ってるシーンなんて観たこと無いけれど」
「そりゃそうだ三島さんも最初からヘビースモーカーじゃなかったんだどちらか云うとみんなが吸っているから真似ただけだったんだ」
じゃあどうしてって言われて倉島は笑ってしまった。
それは三島に言わせられれば、本屋の
「そうなの楽しみがなくなってがっかりしたでしょうね、でもそれで今回は兄の資料と格闘してくれる知識が身に付いたのね」
そうなると仁和子には煙草も捨てたもんじゃないと思う反面、気の毒になりこれを機会に禁煙させる方法を訊かれてしまった。
「まあそれはあの資料の分析次第で良いんじゃ無いの」
と軽くいなしながらも。
「しかしどうして松木さんは本人不在に成ったからと言って中断したままにしているんだろう」
と倉島は気になった。
「そうねそれほど心血を注いで要るのなら三島さんでもやってるんだから遣れば良いのに」
「これは仮説だけど」
「何か別にあの先生はやってるのかしら」
「おそらくお兄さんと似た症状の人の資料からお兄さんの深層心理を既に分析していたんじゃ無いだろうか」
「じゃあそれは見せてくれないかしら」
「それは無理だろうなあそれにそれぞれの医者の経験から異なった分析結果が出る場合もあるらしいからそれを切り詰めて絞りきった処に本当の人間の心理があるらしいから現に僕の場合も似たような問診だったからあの資料と同じような過程を辿るかも知れないけれど結果はけして同じ物にはならないようだ」
だから人は此の永遠のテーマに挑んでいる。今の三島さんもその一人なんだ。
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