第36話 松木資料の意義
あれから景山代理と顔を合わすと、挨拶以外に世間話も交えるようになった。何より三島とは暇を見つけては話しているが、なんせ向こうは煙草を吸わない。だから三島の方で喫煙時間を持つために会うのは控えている。それで倉島との会話が増える中で、
先ずは景山さんと相談したが、わしがしゃしゃり出る幕じゃ無いからと、体裁には拘らず任されてしまった。そこで三人で相談したがまとまらずに、佐伯に景山さんが良く使っている洋菓子と喫茶を遣っている店を紹介してもらった。
佐伯に云わすと、そこのアップルパイと紅茶のセットを頼んでいるそうだ。あの代理がねえ、と三島はちょっと首を傾げながらもその店で十時に待ち合わせをした。
その店は国際会議場近くにあり、針葉樹に囲まれた道路の中を抜けて行く。店には観光バスが行き交う道路に面して表には広い駐車場もあった。何より平日は空いていて落ち着ける洋風喫茶店で、建物も洋風の尖塔の屋根が入り口のよく見える所に聳えている。それが人気のスポットらしい。深泥池の施設からも歩いて十五分ぐらいなのは仁和子さん以外には良い散歩になった。
まず店には三島と倉島が先にやって来た。
景山が地下鉄国際会館駅前に差し掛かろうとすると、道路際にある地下鉄の出入り口から一人の女が出て来た。彼は危なく打つかりそうになった。女はごめんなさいと云うと、男はいえいえどういたしましてと云うと先に道を譲られた。二人は数歩の間隔で宝ヶ池通りに出ると、道路添いの尖塔の有る喫茶店へ入った。
道路側の全面ガラス張りのボックス席に二人が近付くと、三島と倉島はあれっ? と怪訝な顔付きで前後して歩く二人を観た。
「ご一緒ですか」
と三島が声を掛けると「誰が」と景山は振り返って女を見て「さっき地下鉄の入り口でバッタリ打つかりそうになった人やねえ」と言われて「その人が篠田さんの妹さんです」と三島が紹介した。
ウッと息を詰まらせてから景山が名乗ると二人は席に着いた。流石に接客業のベテランらしくキチンと椅子を引きながら彼女を先に座らせた。
「じゃあ景山さんは気付かずにここまで来たんですか」
「駅からそんなに長い距離じゃあないから気付かなかった」
と出された紙おしぼりで手を拭きながら答えている。
「篠田さんも気付かずに後ろを歩いていたなんてまあいつものダブルのスーツ服で支配人のような格好と違って今日はラフなメンズティシャツですからご近所の人と間違えるのも無理もないでしょうね」
「そう言えばこんな服装で君たちの前に出るのは初めてやなあ」
あの居酒屋でもダブルのスーツの上着は脱いでいても、ホテルマンらしく白のワイシャツに蝶ネクタイだった。
さっそくみんなは飲み物と洋菓子を注文して、景山さんはアップルパイと紅茶のセットで良いですかと問うと、なんで知ってるんやと言われた。
「佐伯さんから伺いました」
「なんやあいつはしょうもないことを云うやっちゃ」
と景山はそれでも頬を緩めていた。何故か仁和子さんは珈琲にプリンを頼んでいて、三島さんがあれ? ケーキじゃ無いのと聞き返していた。二人は珈琲と濃厚なバスクチーズケーキを頼んだ。そこで改めて三島が景山さんを仁和子さんに紹介した。仁和子は上司で有る峰山の颯爽としたホテルマンぶりが、この人の仕込みに依るものなのかと改めて感心した。
景山はまだ水しか置かれていないテーブルを前にして。まず精神科医の松木が戦後から今日までの長きにわたって築いてきた努力の意義を説明し始めた。それはあの施設に於ける彼の診察記録が、
ーー
その間に出された珈琲とケーキを食べながらも、景山は施設の責任者として施設の在りようを述べている。それはおそらく松木の資料を非公開にしている
この説明の後に景山は松木と直談判して彼の功績には決して意義を挟まないし、異論も無いと承諾した上で、篠田さんのお兄さんのカルテをコピーした物を貰ってきた。そしてこれは公には出来ない物だと念を押したうえで提出した。
「今日はこれを渡すだけで見るのは帰ってからにしてくれ勿論、疑問点が在れば遠慮無く云ってくれ聞けるものであれば松木に問いただす」
と言われた。
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