第24話 深泥池伝説其の一
戸惑う三島に倉島が吉報を伝えた。景山さんが全てを知った上で力を貸してくれるそうだと解ると三島は安堵したようにいつもの彼に戻った。
景山はあの日は君の顔が見る見るうちに脂汗を掻きながら苦痛で歪んでいった時は驚いた。医者の話ではあのまま我慢して放置すれば破裂して手遅れになって死んでいたかもしれんと謂われたそうだ。
「倉島さんの存在がなければあのまま痛みを堪えて途切れ途切れに説明を続けていたから当然終わるまで持たずに炎症した盲腸が破裂してあの世行きだったのもこれでお相子になったなあ」
と三島が言うと、来て間もない倉島と命拾いが相子に成ったとはどう言う意味だと景山が鋭く反応した。これには二人が顔を合わせて苦笑いをした。
「そうか代理はご存じ無かったんですね」
来た当日に夕闇に紛れてあの池に倉島が引きずり込まれた。そこを助けた出したと三島が説明した。静かに頷きながら聴いていた景山は「確かにお相子だなあ」と含み笑いを浮かべいた。その笑いはこれまで三島が見たことが無い屈託の無い笑いだった。それだけに倉島の存在感が否応なく際立ってくる。いったい倉島はどうやって代理と交渉したんだろう。素朴な疑問が湧き上がるほどあの男に、それ程の話術は持ち合わせて無いと思われていたからだ。それがどうだろう、もうすっかりと長い付き合いのような振る舞いに三島は唖然としているようだ。
「倉島さんはここへ来てまだ半月そこそこですねその間に景山さんは何度が会って話されたんですか」
「いや、めったに無いがたまたま少なくともフロント辺りで顔を合わせた時に会釈する程度だった」
と言われてもまだ合点がいかないらしい。そこで倉島は三島に言った。
ーー景山さんのホテルマン時代は接客態度では
「まあそう云うこっちゃ」
と景山は此処でゆっくりと糸を抜くまで養生しろと云って先に帰った。やはり此処が事務的なことしか言わず一線を画した天下りの官僚とは違った。
「糸はいつ抜けるんだ」
一週間で糸が抜萃出来ればそれから、あと一週間位で退院だろう、と三島は云った。そして今日の昼休みにはさっそく仁和子さんが見舞いに来てくれたそうだ。
「彼女には手術が遅れた理由は話してなかったよただ急性で緊急入院した話をすると毎日ぶらぶらしててどう言う事なのと呆れていたよ」
「どうして言わなかった彼女の為に危うく手遅れになるかも知れなかったことを」
「あの状態ではまだ言えるわけないだろう却って同情心を煽っているように見られるだけだからなあ」
「それは考えすぎだろう」
「まあいずれ落ち着けばこう謂う事もあったと笑って話せば良いんだろう」
と相手の気持ちをまだハッキリ掴んでない内は当てつけがましく思われたくないようだ。まあ三島にはそれだけ今は彼女が気になり、慎重に事を運んでいると謂う事だろう。
病室の窓から西に暮れかかる夕陽が窓から差し込みだした。
アラ嫌だわこんな西日の入る部屋に病人を宛がうなんて、と云いながらごめんなさいねと
「この部屋は中年夫婦ばかりで奥さん連中が交代でやって来てついでにこっちの面倒も見て貰ってる」
と三島は西日がきついとクーラーの効きが落ちるんだと、さっきのおばさんにこくりと頭を下げて礼を言っている。どうやら此処のおかみさん連中は三人詰めるよりひとりずつ交代で三人の世話にやって来ているようだ。
「子供の送り迎えやパート勤務で中々詰めて来られないそうだ。ここへ来てからついでに世話になって貰ってる。その中のおばさんからじいちゃんからの又聞きだけどいろいろ聞かされたよ」
戦前は
「深泥池で消える乗客。その話はかなり
と隣の入院患者が、あの施設に帰るのならあんたも暗くなるまでに帰った方が良いと忠告してくれた。陽は既に西山に暮れかかっている。
あの陽が沈むと極楽浄土から、あの池に迎えが来るそうだ。丁度足元が暗くなる今時が一番危ないらしい。
あたしはまだバスがあるけれどあんたは隣の施設なら歩きだろう。もう帰った方がいいと追い立てられるように倉島は病院を出た。
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