第21話 景山代理

 倉島が施設に戻ると矢張り景山かげやまさんの方から声を掛けてきた。実際に声を掛けてくれたのはフロントに居たパートのおばさんだ。入り口の自動ドアから二階へ上がる階段に向かうところを急に呼び止められたのだ。おばさんはどうも倉島がこの前を通るのを監視していたようだ。いつもならフロントの向こうに居る人が、今日はフロントの前に座っていた。なにもホテルでもないし、この施設には事前に面会許可が下りた人しか来ない。後は施設の入居者だけだ。それなのにフロントで店番していたのは、矢張り事務所の人に頼まれたのだろう。案の定おばさんは倉島をフロントに待たせて、奥に入ると入れ替わるように暫くして景山代理が「あんたを待ってたんや」と顔を見せた。初めて二人きりで面と向かって立ち話を始めたにもかかわらず、その顔には、話は三島から大体聞いて居ると謂う風な顔付きをされた。

 景山はフロント端の出入り戸を押し開けてロビーに出ると、此処では話しにくいからと外へ誘われた。施設の周りは大古の池を囲む秘境のような佇まいだが、数分も歩くと住宅街に出て更に数分で北山通りに出ると、おしゃれな店が建ち並んでいる。代理は座敷席が有る居酒屋風の店に入った。勿論そこに行くまでには三島さんが倉島に託した謂れの説明をいちいち頷きながら聞いていた。中でも代理が驚いたのは倉島がここへ来て、まだ顔と名前を覚えて日が浅いのは三島と同じなのに、どうしてそこまで信用を得ていたかだ。もちろん事務所の奥に居る影山と、ロビーや食堂で顔を合わす機会が多い倉島と三島では比較出来ないが、それでも倉島が来てから日が短いのに関わらず任されたのには驚いている。

 梅雨も明けて本格的な日差しを浴びて冷たいビールで先ずは喉を潤してから、三島さんとはどれ具合の付き合いなんだと聞かれた。まさか此の施設に来る人は普段は活発な人でも、直ぐに店頭の野菜が強い日差しで萎えて仕舞うように余り人付き合いはしない。それで影山は、来て半月しか経ってないのに、これ程の要件を託される倉島に関心を持った。

「大体の話は三島さんから聞いてるがこんな話をなんであんたに頼もうとしたのか、こうして眼の前でビールを交わしていてもなんか気になってしゃないが……」

 と前置きされて峰山とは、と喋り出した。いきなり本題に入る前に代理も先ずは外堀を埋めに掛かったか。

 わしが大阪でホテル勤務を始めて六年ほどで宴会課長に抜擢された。まあその前の大学時代からバイトでホテルマンはやっていたが。峰山は高卒で地方から出て来てわしの勤めるホテルへやって来た。丁度わしがバイトでやっていた頃と同じ歳で、あいつは社員として働き始めている。それだけ根性が座っていたから教え甲斐もあった。なんせ峰山の実家は長野の高原で民宿をやっていた。夏の観光客より冬のスキー客で持ってる宿だった。だから夏は一服の清涼感を求めてやって来ても、冬のスキー客が主だから他に観光資源がない。峰山はそれに見切りを付けて地元の高校を出ると大阪へやって来た。旅館業なら京都の方がいいただろうと言うと、観光資源の少ない都会で如何どうすれば人を呼び込めるかを勉強したかったそうだ。なるほど京都や奈良なら黙っていても人は寄り付くが、ビジネス客やその会合に、京阪神の財界や老舗しにせのお披露目が集客の柱になる。祇園のお座敷にはないおもてなしをしなければ大阪のホテルは使って貰えない。まあそこで色々と試行錯誤して、記念パーティーをするのならあのホテルしか無いやろと言われるまでになった。そこまでの苦労を途中から入った峰山に叩き込んだ。あいつもよう付いて来てこの男なら後を任してもええやろうと思った。丁度その頃にホテルのような洒落た公営宿泊施設を作ると言う話があってわしはそれに乗った。そこに居る頃に峰山があのホテルを辞めたと三島さんから聞かされた。これにはガッカリしたがあいつなりの考えを知りたくて「会ってみたいんや」と話している最中に急性盲腸炎で入院してしもたんや。

「それで倉島はんは峰山とは何処どこで会ったんや」

「いや、まだお目に掛かってないです」

「なんやそれは、どいうこっちゃ」

 景山さんに怪訝そうに見詰められた。ご心配なく会った事はなくても峰山さんのことは良く知ってます。と言うと景山さんには益々変な顔をされてしまった。それでいて倉島を怪しむ素振りは全くない。いやそれどころ次第に寄せた眉を緩めると、面白いやっちゃなあ、と頬まで緩め出した。これで倉島は良い感触を掴んだようだ。

「実は松木先生についてお話ししたいんですがこれは三島から聞いてますか?」

「いいや、その前に彼はぶっ倒れた。それで松木が如何どうした?」

 一転して景山は神妙な顔付きに変わった。それで肝心な事を言えずに倒れた三島さんはさぞ辛かっただろうと察した。

「実は三島が景山さんに相談したかったのは峰山さんより松木先生の方なんです」

「松木の診断方法に問題があるんか」

 どうやら景山さんも、あの藪医者には問題があるようだと薄々感じているようだ。ならば話し易いと喉まで出掛かっていたものに踏ん切りが付いた。

「松木先生の診察ですが……」

「なんか問題があるんかッ」

 景山さんは益々乗り気になっているが、まさか此処で施設の担当医を替えられて、辞めた松木に過去の資料を持ち出されては困る。そこで倉島はどのように話を運ぶか思案した。

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