第17話 倉島の問診成果
三島は佐伯が去った後で、おもむろに胸ポケットから煙草を取り出し、プカリプカリと紫煙をまるでなにかの合図の狼煙のように、踊り場のリビングで上げ始めた。
この男は一区切り事に煙草を吸うかと訊けば、部屋で一人の時は勿論、禁煙も有るが吸わない。後は食後の一服感が堪らなく脱力感を誘って恍惚となるらしい。今の一服はその逆で神経を研ぎ澄ますためらしい。同じ煙草で清涼感と脱力感を招き入れるのは
その紫煙の向こうで議論が展開した。
二例とも季節こそ違うが状況は似ている。どう似ているかは佐伯の来る前の出来事だから彼は詳しく知らないからどうする。
「今聴いた佐伯の話とこの前に此処へ着いた当日の夕暮れ、いやいつもならそうだがあの日は厚い雲に覆われていつもより早く辺りは夕闇に包まれていたんだが時間といい気象条件といい佐伯の話と合致する」
しかし違いは倉島さんは着いたばかりで、あの裏庭の灌木が茂る芝生に足を踏み入れたのは初めてだが。片や篠田の場合は既に半年は経っていて、あの辺りの地形には見慣れていた。があの池は一旦大雨が降ると、あの辺りは
「成るほどでも問題が一つある私の場合はあの池の淵がどうなっているか知らないが篠田さんなら何処まで近付けば危険なのか解っていながら引きずり込まれたとすれば危険ラインを超えさす何かが無いとその仮説は無理だろう」
「確かに倉島さんは人影を最初は風が木を揺らしたと勘違いしたならば矢張り篠田さんも夢中になる何かを見たから足元の恐怖に気付くのが遅れて引きずり込まれたと推理するのが妥当だろう」
「それでは仁和子さんは納得してくれないよ。それこそ三島さんが当日に訳の分からん幻視と決めつけたものを覆すんですか」
これには三島も頭を痛めたらしく、又々プカリプカリと新手の紫煙を次々と上げ出している。
翌朝は今までのモノトーンの天気とは打って変わって太陽が東の空を紅く染め出した。何日ぶりかでの雨が止み久しぶりの青空が望まれ診察も終えて昼から宝ヶ池に向かった。
この朝は昇る日差しの中で仁和子さんからメールが来たばかりだった。なんせ入院患者だから、施設からの特別許可が出ないと遠くへは行けず、向こうから来てくれたのは有り難い。
今度は食事抜きで純喫茶店を選んで三人は顔を合わせた。お兄さんに付いて新しい情報は無かったが……。
そこで今日の話題は倉島が松木先生からの問診で訊かれた内容だった。前回は施設へ来る前の出来事を、特に事故前後を訊かれた。
今回は過去は一切なしでここへ来てからの気持ち、心の変化を入念に訊かれた。最初は言うつもりがなかったのが上手く言わされてしまった。そこで一番の大きな変化である、あの池に引きずり込まれた事実を話した。すると先生は、それは生死が頭の中で交錯すると
「どう言うことだッ」
「生きたいと死にたいは同じ思い同じ出来事として表裏一体と成って脳裏で思考活動しているんだろう」
即ち生を考えるから死が在り、死を考える処に生もある。
「私は又あの池の深淵に誘い込まれそうになりはしないかと思うととても不安に成ってくるおそらくあなたのお兄さんがもし同じ錯覚に囚われて仕舞ったなら同じ行動を取っても不思議じゃ無いと思いました」
これには仁和子さんも沈痛の思いに駆られたようだ。
そこで倉島は、何とかあなたのお兄さんの問診記録が手に入らないか佐伯さんに頼んでみた。そしてこれにはわたし自身の自殺予防の為に必要なんだと脅すように強く訴えた。
「それで佐伯はなんと言ったッ」
松木先生と相談して決めたいと言われて、篠田さんのカルテの閲覧は保留になった。
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