第12話 篠田の思惑
彼女はカニクリームコロッケ、小エビのエビフライとホタテ貝柱を二つずつチョイスして頼んだ。三島と倉島は煮込みハンバーグとエビフライのタルタルソースを頼んだ。
メニューを片付けると今日は新しい情報を持ってきましたと三島は隣の倉島を名指しした。この人もあの施設に着いた当日の夜にあの池に引き込まれたんだと話すと篠田は身を乗り出して耳を傾ける。
「それってもっと詳しく聞きたい」
倉島は煮込みハンバーグを切り分ける手を止めて「なんでそんな話に興味があるんです」
と切り分けた別のエビフライをフォークで突き刺すとそのまま口に運んだがバリバリと迂闊にもエビの尻尾を囓ってしまった。
「熱心に話してくれるのは有り難いですけれどそれに気を取られて間違えて何も身でなく尻尾を囓ってしまって」
とクスクスと笑い出した。それを見た三島は彼女から、なんか
「面白い方ねさっき出会ったときは堅物な人と思ったのに見事にすり替わったのねそのエビの尻尾で、でもカルシウムはからだに特に精神には言いそうですよ」
そう言われても矢張り身の方が良いに決まっている。幾ら神経に良いからと好んで捨てる尻尾を食べるバカはいない。俺はただ彼女の受けを狙わずとも緊張すれば自然にこうなって仕舞う。そう言う性格が気に入られて、これで取り敢えず好感を持たれたようだ。
一方で三島もホットしてこれ以上は余計な詮索はしないで、彼女が知りたがっているあの池について、倉島の体験談を語らせようと本題に入った。
「それであの晩はどうだったんだ 着いた当日の夜にあの池に引きずり込まれるなんて」
彼女は尻尾の無い小エビを咀嚼するとホタテ貝柱に挑みながらも平静を装って急に耳を傾ける。
ーーあの晩は雨は上がったけれど遠くではまだ雷が鳴っていた。そこでどんな池なのか見てみたいと歩き出した。広葉樹の森が木陰を作って昼間は寝転ぶのに都合の良い芝生広場だが、夜に成ると返って視界が遮られて見通しが悪くなる。全く昼夜で雰囲気が逆転してしまい気分まで滅入ってくる。すると視野までも虚ろに見え、木々までが歩速に合わせるように動いているように見えた。錯覚かと足を止めて注視すると矢張り動いていた。よく見ると人影にも見えて追っかけると、ぬかるむ足元に気を取られて見失った。そこで立ち止まると、見る見るうちに引きずり込まれた。
「そこであたしが駆け寄って引き上げたんですよ」
「その時に倉島さんは本当に人影が見えたんですか」
篠田さんは何か疑心暗鬼に駆られたように不安視した。
「そう言われると自信が無いんですがなんせ初めての場所で昼間に部屋の窓から池とおぼしき辺りは雨に煙り良く見えず。だから夜に外へ出ても木々がどんな状態で在るのかも全く把握していませんからでも確かに動いたんです」
「それは確かですか」
トーンダウンした篠田さんに更に突っ込まれた。
「その時は確かだったけれど今となっては三島さんにも初めての場所での体験で疲れもあって幻視だと言われると心配になってきています」
「おいおい今さら俺の
「だいたいあんな感じでしたが篠田さんはどうして関心があるんですか」
と聞くと彼女は急に寂しそうな表情を湛えたまま食事が進まなくなった。あれほどさっきまで他人事のように、カニクリームコロッケを美味しそうに食べながら、耳を傾けていたのが嘘のようになり、倉島は三島に解釈を求めた。
「だから言ったでしょうこんな席で無くあなたのお部屋でしんみりと話を聴いた方が良いと勧めたのにあなたが部屋に招いてくれないからいつもの様に此処で話を聞く羽目になってしまって……」
どうも彼女は居場所を他の人たちには知られたくないらしい。
「篠田さんはあの施設の人には根掘り葉掘り今まで訊いていたのにどうして、まあそのお陰であなたとの繋がりがこうして出来たんでそれはまあいいかと思っているんですが、此処へ来て急にしんみりしちゃって今まで陽気に聞いていたのは何なんです」
「ゴメンナサイあたし今まで三島さんに近付いた本当の
「エッ! 何ですか急にじゃあ今までは私に興味を持っていたのじゃあ無いんですか」
道理でおかしいと倉島は思った。第一この付近の人達はあの施設の収容者にはあまり関わりを持たないようにしている。あの施設で働く人たちはそれなりの覚悟で来ているが、そうでない人は、なるべく近付かないようにしている。勿論入居者は殆ど健全な人達で実際に施設で働く人々にすれば隣の病院と何ら変わりが無く、一種の偏見で見られているだけだ。
あの宝ヶ池のホテルで働く人達もそうだから、三島さんが施設の入居者だと判れば誘ってもそう簡単に来るわけが無い。篠田さんはそれを知って付き合ってくれている。とすれば訳ありなんだろう。実際に倉島の体験談を目の当たりにして、今までとは表情が変わったからだ。
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