第13話 篠田の告白
「そうだろうなあ」
と三島は一等航海士としては様にならないように、少し気落ちしてポツリと呟いた。あそこにいる人はみんな以前の肩書きが様にならない貌をしているのは何だろう、と倉島も鏡があれば自分も見てみたいものだと思った。
「で目的は何なのだ」
三島さんをコケにしたとは言わないがそんな風情が漂っているのは解った。おそらく篠田さんも感づいている、それは瞳の輝きを落としたすまなそうな目許で解った。
「あの深泥池ですの」
「あの池がどうしたんだ」
「気に食わないんですの」
「でもそれじゃあ来なければいいんじゃないんですか」
「あたしだけならそれでいいんですけれどね」
「ウン? 誰か別に来たのか」
「兄があの施設に……」
「来たのか」
篠田は黙って頷いた
「何しに」
「兄はあなた方二人と似たような境遇であの施設に来たのです」
「それはいつ頃」
「二年前の丁度今頃の梅雨の鬱陶しい季節だった。あの日は朝から激しい雨が降って夕方には
「でもそれだけでは分かりませんよ、大の大人ですから警察もどこも動きませんよ」
「なぜ身を隠す必要があるんです! 」
と声を荒げた篠田を二人は落ち着かせた。
「だから此処で働きながら様子を窺ってましたら丁度三島さんが色々と情報を持ってきてくれますからとお近づきになったのですそれで倉島さんはさっきの出来事は三島さん以外は言ってないんですかどうして」
「
「でも兄の場合は既に五年近くも運用を任されていたから運転技術に磨きが掛かっていて油の乗りだした時期だから此処での療養生活は獲得した技術の維持と革新には痛手になるらしく、それと噂も気にしていたらしいです」
ーー深泥池が十四万年前から存在する池だった。それで有史以前からほぼ永遠にこの池は極楽に繋がっている、と謂う伝説が生まれたと兄は近郊の人から聞かされた。でもこの国の地殻変動から見るとそんなに古くはない。それでもここはあの世との入り口だと信じる人が後を絶たない。そんなバカな話を鵜呑みする方がおかしい、と兄は注意したが、ここに長く滞在すると普段の生活では考えない死と云うものが現実味を帯びる。それを真剣に考え出すと、そう云う思いが惹起してくる、そんな池だと真面目な顔して話した。失踪する前の兄からそんな話を聞かされていたから、彼女はご覧の通りあの池と目と鼻の先にある此のホテルに就職した。ホテルのラウンジなどへやって来る近所の人とはできる限り接触を図ってあの池にまつわる伝説の部類をかなり仕入れていた。そこへ兄と同じ施設に居た三島さんがやって来たから直ぐに飛びついた。
「だって最初からあの施設に居るなんて、殆どの人は言いませんから。隣の病院の入院患者さんだとばかり思っていた三島さんがおっしゃって施設の人だと知ったのよ」
「それで本当にお兄さんが失踪したのかそれともあの池に呑み込まれたのかそれを知りたくて俺に近付いたのか」
「だってあの施設の人はみんな此処へ来ても隣の病院の入院患者さんを装って口が堅いんですもの」
「じゃあ正直すぎる道化師は俺ひとりか」
「いえ、三島さん、人を喜ばすだけなら此処にもう一人居ますよ」
と倉島も加わった。
「冗談じゃないわよそれで無くてもこれから二人の手を借りようと思っているのにそれじゃあ困るわ」
ハアッ、どう言う事と二人は顔を見合わした。
「だって三島さんは研究熱心で倉島さんは実体験を持っているから二人は必要不可欠で他の人も薄々感づいていたかも知れないけれど誰も告白しないからまあ周りから変な目で見られたくない所為でしょうか一人で胸に秘めて悶々と日々を過ごして居るんでしょう」
「三島さんの研究ってなんなのですか」
よく聞いてくれたと倉島の質問に、三島は特に彼女に聴かせるように話した。
ーーあの池はそれぞれの心の中に普段は封じ込めている死と言うものを、現実の世界に思い起こさす何かを秘めた池なんですよ。でもそう思ってもみんな御身が大切で、池には踏み込まないでしょう。普通はね、でも現実の世界に追い詰められた人が、この池の底に極楽があると信じ込んでしまったらもう止めるものはないんだ。だからそんなものを屁とも思わない人は研究の対象外で、此の施設ではサッサと退院さして行くと俺は確信している。
「じゃあ三島さんは信じる振りをして此処で真相を探しているんですか。だから篠田さんが興味を持ったのだ。いや、逆か? まあ彼女を引きつける要素も含まれていると解ると俄然張り切りたくもなるわな、それで」
と倉島は冷やかし半分に続きをそそのかした。
「一番攻略しやすいのは事務所に居る中では佐伯だろう後の連中は巻き込まれたくないのか口が堅いようだ。その佐伯から得た感触ではどうやら此処は精神療養委託施設でどこかの公の出先機関だろうとしか今は解らないんだ」
どうやらまだ確信は掴めてないが、彼は航海士だけに、乗り掛かった船を見捨てられないようだ。
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