第11話 篠田を誘う

 帰りにはあのホテル方向へ行く三島と会った。何処へ行くと聞けば言わずと知れたあのホテルだった。仕事中に行ってもしゃあないだろうと聞けば、都合を付けて話を聞いてくれるらしい。そこまで進展しているのかと気を揉めば、殆どがあの施設に関わる話ばかりだと知って気分は良くなる。それでも三島さんは篠田さんの勤務時間を把握しているのでは、と思うほどのジャストタイミングでやって来るのだ。いったいあいつは何処まで関わっているのだ。と思うまもなく今日の松木先生のカウンセラーはどうだったと穏やかな顔をして訊いてくるから、余計にムカッと来たが顔だけは三島に合わした。

「どうも胸くそが悪い、あれはカウンセラーでなく尋問だ」

「じゃあ診察室は取調室っていうのか」

 と高笑いされた。

「あれも一つの心理作戦だ。宥め賺して脅して、飴と鞭を使い分けるまんまと引っかかったなあ」

「笑い事じゃないぞあれで苦情は来ないのか」

「この待遇で何処へ苦情を言えば良いんだ。もっとも事務所の佐伯はなんと言っていた別になんとも言ってないだろう。あいつらには想定内で収まっているんだ。そんなことでゴチャゴチャ言ってたらこの先、身が持たないぞ、それこそ深泥池でお陀仏だ」

 神経が持たないと言うのか。じゃあいったい何しに此処へ来てるんだと言いたくなる。まあ三食昼寝付で派遣した会社からも給料が出れば、あいつらに言わすと何が不服何だと思っているだろう。

 あいつらはある程度は自己判断で責任を任されているから、余りとやかくは言わないだろう。だから布引のように体力の維持に努力している者もいる。それだけの待遇をしても価値ある資料を導き出せる、と三島は倉島の疑問に説明して、だから暫く様子を見ろと言った。

「だから俺はこうして気楽に彼女の元に通っていられる」

 まあものは考えようか、しかし競輪選手の布引は災難だろうなあ。これには三島も同意したが、多分参考資料だろうと訳の分からん事を言い出す。

「とにかく今は真面目にカウンセラーを受けてあいつらの方針を探らないと対応の仕方が判らないだろう」

 そんな風に思い詰めると、仙崎三等陸曹のようにドツボに嵌まるぞ、と冗談半分に脅された。

「あの人はそれほど深刻なんですか?」

「まあ見た目は普通だが、と言ってもあの施設では普通の基準が曖昧で解らんがなあ」

 自衛隊では腹に一物を持つな、と戒めている。どんな些細なことでも根に持つな。全て起こったその場で双方が気の済むように解決しろと暗黙の了解がある。なんせ訓練に実弾を使う場合は、いつまでも根に持っていれば銃口が何処を向くか解らないからだ。一兵卒から下士官に成ったのだから、仙崎もそんなことは百も承知だろう。その彼が一物を持つと言うことは、人に向けられたので無く、世間や社会に向けられて余程、腹に据えかねるものが在るんだろう。

「しかも倉島さんは一度、深泥池みどろがいけからお迎えが来ている、だからあの施設の遣り方に根を持つな。それまではこうして愉しめ」

 と篠田の居るホテルへ入った。どうやらホテルの受付は、暇な昼の時間帯に合わせて休憩を取る。三島はいつもそれに合わせてやって来ると、さっそくフロントで篠田さんを訪ねた。

 さっきと違って制服に替わると彼女も凛々しく成るから、人は身に付けるものでこんなに変われるのか。きっと仙崎さんもあの迷彩服を身に着けると心構えまで変わって仕舞うのだろう。

「あら今日はさっき会ったばかりの倉島さんまで一緒なんですか」

 いきなり三島は倉島を見るなり顔を顰めた。

「何だ! さっき会ったのかッ」

 どうして隠していると言わんばかりの目付きをされたが、偶然だと知ると三島は隅に置けん奴だと愁眉を解いて笑っている。

 ちょっと遅いですけれどこれから昼食にと誘った。

 一面の田圃が宅地化されて垢抜けした街並みに、一層小綺麗な店ばかりが並んでいる。あの施設と緑に囲まれた公園しか知らない倉島には山向こうのホテル近くがこんなに拓けているとは知らなかった。

 この辺りは国際会議に来る客を目当てに懐石料理もあるが、三人は国際会館を通り抜けた駅前通りには、モダンな店が幾つもあって値頃感からいつものグリルの店にした。

 二人には行き付けの店があるのか。

「篠田さんとはよく来るんですか」

「最近はね、でもここまで連れ出すのにどれほどの金と手間が掛かっているか倉島さんはそれを一回目から同伴で来れるのですからそこは肝に銘じて下さいよ」

「ちょっと三島さん、同伴なんてあたしはホステスじゃあ無いですよ」

「それは仁和子になこさんに対して失礼ですよ」

「ウッ、なんでもう彼女の名前を知ってるんだ」

 さっき会って訊いたと言えば、益々三島さんには怪訝な顔をされてしまった。

「どう言うことだ」

 と二人を交互に見て問い掛ける。さっき公園で偶然に会ってお互いに名前を交換で名乗り合ったばかりだった。

「成るほどサービス業はどうしても名札を隠せないから、そこを倉島さんはつけ込んでついでに名前を訊いたのか」

 そんなに人聞きの悪い話じゃあ無く、ごく自然の成り行くだと倉島は強調した。それに対して三島は、此処までのお膳立てに対しての報酬として昼食代を肩代わりされた。これには篠田さんも「そんなん有りなの」と大笑いした。

「と言うことで好きな物を頼んで下さい」

 と三島は慇懃に篠田さんに食べ物を勧めた。

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