第9話 診察始まる
朝食が終わり今日も隣の宝ヶ池に在るホテルへでも行こうかと部屋で寛いで居るとドアをノックされた。ここ数日で入居者の顔触れは半数ほど覚えたが、七人しか居ない事務所の顔触れはまだ全員一致しなかった。
三島さんの云う一人しか居ない女の子は、今日は表のフロントで受付のおばさんと一緒だったのを見かけた。確かにお世辞でも可愛いとは言えない。もうちょっと愛嬌もあればいいが、倉島はまだ声も掛けてないし、向こうからは皆無だからお互い言葉を交わすのは先になりそうだ。
彼女の次に館長(パートのおばさんは支配人と呼んでいた)と副館長だろう此の二人は遠くから偶にしか見ないが、神棚のお飾りさんのようにふんずり返っている。ましなのは後の四人だろう、その中でも
「到着早々からお待たせしましたが今日神経科の
と最初ですから先生への紹介かたがた同行させて貰いますと先導してくれる。
「支配人と云うか館長はあまり見かけないですね」
「
彼の話では、どうやら此処は厚生労働省の外郭団体の理事長にも成れずにその出先機関である此処の館長に着任できたらしい。それでどうも機嫌が悪くあまり喋らない人だから気をつけるように忠告された。
二人は長い階段を下りるとなぜエレベータを設置しないのか訊くと、建物が古すぎて一部でも三階までの吹き抜けを作ると、耐震基準に合わなくなるらしい。此の付近は風致地区であまり大がかりな工事も出来ない。もし建て直すとなると、此の深泥池から遠く離さないと、許可が下りないから内装だけで済ませているらしい。
何しろあの池は天然記念物に指定されている。建てた当時は軍部の強い意向が働いてごり押しされたが今はそうはいかない。
「どうして此処で無いとダメなんですか」
「患者の貴重なデーターを取るには此処は最適なんです」
良い立地条件に恵まれていると言った三島の言葉が脳裏に焼き付いた。
「あの浮き島は栄養の乏しい植物の死骸が分解されずに残って出来ているんでしょう」
「倉島さんは詳しいですね」
ネットで調べた。
「でも死体は分解されてしまってると言う噂ですが、詳しいことは誰も知らないようです」
それはネットには載ってい無かった。
「取り敢えず今日は初めての診察ですから下手に自分を作らずに思ったまま先生の質問に返答して下さい」
と佐伯に案内されて倉島は長い階段を三階から一階に下りるとそのまま診察室に案内された。
中へ入ると事前に聞かされていたとおり診察室は殆どの医療設備が置かれていない。神経科の松木は、椅子に座り大きい目のスチールデスクに片肘突いてこちらへ向き直った。先生に前の丸椅子に勧められて周囲を見ながら座ったが、本棚に並べられた医学書以外は何もなかった。事前に緊急の場合は外科も内科も
さっそく事故の状況を訊ねられた。ありのままに事故は冤罪だと主張した。何も報告を受けていないのかこれはそのまま素直に聞き入れてもらった。
「停止信号にも関わらず列車を止めようとしない運転手にあなたはどうしましたか」
「構内信号は赤ですと言いましたが聞こえていないのか減速せずにそのまま走り続けていましたから今度は大声で叫びました」
「それで運転手は停止操作に入ったのですか」
「いえ、全く動ずる気配は無く逆に私が発作でも起こした様にうるさいと云わんばかりにチラチラとこっちを見ている内に列車は切り替え線路を乗り越えて脱線して停止しました」
「その時の運転手の状態に変化はありましたか」
「彼はただ茫然と何が起こったのか暫くは解らないようですから私で無く彼が此処で治療を受けるべきではないでしょうか」
「君はただ質問に答えるだけで意見は他の第三者に委ねたまえ」
と余計な事は言うなと、此処で初めて先生は感情を露わにして態度を変えた。何だこいつはこんな問診治療があるか、とこちらも先ほどまでの冷静さが鳴りを潜めて、感情が高ぶったが表には出ないように努めた。
「事実を認識して補填しただけですけれど治療に影響しますか」
「それは君が心配する問題じゃない、わしが決める事だ。第一此処では問診に基づいてどう云う考えを持っているか、それによってそれが正しいかどうかはこれから受ける心理テストに依って判断されるから、今は君の考え以外に思う事をどうすれば正しく引き出せるか、そのテスト用の問診だと肝に銘じてこれからは正しく問診を受けるように。今日はこれぐらいにして君もだいぶ精神に不安を受けて乱れているようだ」
「先生、私はいたって冷静に答えてけして気持ちに乱れはありませんけれど」
「そうやって諫める処がもう正常な状態じゃ無いから正しい心理テストを受けれる状態になるまで問診はまた日を改めて行うからもう帰ってよし、下がりたまえ」
と追い出された。何て奴だと怒り浸透して、あいつに俺の気持ちを左右されてたまるかコントロールされるか、やれる物ならやってみろ。こうなれば意地でも自分の考えを貫いてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます