第19話 見張りアリ
幼虫は成虫とは違い甲殻を持たず、満足な攻撃手段も持っていない。
まずは子守をしていた成体のアリを仕留めようとアルヤが肉薄する。
「っしゃ、まずは鬱陶しそうな護衛からや!」
懐に飛び込み、関節に刃を差し込もうとした時だった。
「アルヤさん! 危ない!」
ジャイアントアントは強靭な顎で噛みつくのではなく、その牙の外側をまるで剣のようにして頭を振った。
「ごふっ――!?」
まともに食らったアルヤは吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
もう一匹のアリが追撃を仕掛けようとするが、どうにか俺が間に割って入る。
「大丈夫か!?」
「ヒュー……だいじょうっ……カヒュッ」
上手く息が出来ていないようで、口元からは少し血が垂れている。
アルヤはポーションを飲み、どうにか体勢を立て直そうとする。
「えいっ!」
流石に非常時だと判断したのだろう。ユーリから魔法の矢が放たれ、一匹のアリの側頭部に命中する。
しかし、有効打とはならなかったのか、アリはユーリを敵と認識したようで、彼女の方へと近付こうとしていた。
「マズいっ――!」
俺がアルヤのフォローの為に移動したせいで、今ユーリは一人でいる状態だ。
「あ……」
杖を両手に握りしめたまま、ユーリは腰を抜かしていた。
どうにかしなくては彼女が危ないのは明白だ。
「このっ!」
俺は剣を地面に突き刺し、盾を両手で握り締めた。
そして全身に全力で魔力を流し、盾を思い切り放り投げた。
回転をかけられて投げられたそれは、鈍い音を立ててアリの頭へと命中した。
頭は妙な方向にねじ曲がり、盾が命中した部分は大きく凹んでいた。
盾と言うのは相手の攻撃を防ぐために頑丈に作られている。上質な物となれば話は変わるだろうが、俺のような駆け出しが使う盾は基本的に重い。
魔力によって強化した肉体で大きな質量のものを投擲すれば当然威力は高くなる。
まだピクピクと動いてはいるが、ひとまずユーリへの危険は去ったと判断していいだろう。
「ぐっ……!」
まだ安心は出来ない。
アルヤと同じように俺へと向かって牙が剣のように振るわれる。
その一撃は非常に重く、思わずのけぞってしまうほどだ。
身体強化をしているとはいえ、やはりこいつの甲殻はかなり堅いのか刃のついた武器でも斬るというよりは殴るという感覚だ。
どうにか一度間合いを取るとこちらの出方を伺っているのか、ギチギチと関節を軋ませながら睨み合うような恰好になった。
「気いつけえな……ソイツ、中々やりおるで」
「噛まれたらシャレにならなさそうだよな」
あくまで牙を振るうのは攻撃手段の一つだ。振る事しかしないのであれば対策もしやすいのだが、噛みつきを考慮するとなると話は変わってくる。
威嚇をしているのか、アリは口を開閉させているが、牙が閉じるたびにガチンガチンと音を立てている。あの大きな牙で挟まれれば、人間は簡単にバラバラにされてしまいそうだ。
「アルヤさんは動けそう?」
「何とかな、あいつも盾ブン投げてどうにかするんか?」
「拾いに行く余裕は……無さそうだからなあ」
「ウチとユーリの攻撃じゃどうにもならんっぽいし……レイ、あんたの馬鹿力に頼りたいとこやけど」
「二人でかく乱してもらえると助かるよ。出来そう?」
「や、やれますぅ!」
真正面から剣を叩き込むのは難しいだろう。
ユーリの魔法攻撃とアルヤの回避力でかき回し、その隙を俺が全力で叩き斬るというシンプルすぎる作戦だ。
「いきますぅ!」
最初に動いたのはユーリだ。
魔法の矢が飛翔し、アリの身体の中心を捉えた。
少し体液が流れ出ているようにも見えたが、それほど大きなダメージにはなっていないようだ。
「行かせへんで!」
ユーリへと向かうアリの前にアルヤが躍り出る。
アリの牙はアルヤをもう少しで捉えられそうな所を空振りする。
アルヤの表情は真剣そのものだが、動きはどこか余裕があるように見える。
アリからすればもう少しで当たる、と思えるような避け方をすることで自分に注意を惹き続けているのだろう。
「ユーリさん、同じ個所を攻撃し続けて!」
「はいぃ!」
俺は息を整えて、全身に魔力を巡らせる。
盾を投げた時の疲労はあるが、後一撃くらいなら問題なく使えそうだ。
ユーリの魔法によって、何度も攻撃を受けた箇所は他の箇所とは明らかに違いが出ていた。
あの箇所に当てられれば間違いなく両断できる。そう確信できた。
アルヤは少しずつではあるが、壁際へと追い込まれているように見えた。
しかし、彼女からの目配せによってそれが追い込まれているのではなく、引き込んでいるのだと確信できた。
「レイ! 一発頼むで!」
「おう!」
アルヤへと突き出された牙を寸でのところで回避する。
その牙は壁へと深々と突き刺さり、大きな隙を晒す事となった。
「くらえええぇ!」
俺は剣を両手で握り締め、ただ力任せにアリの胴体、ユーリが攻撃を加えていた箇所へと思い切り剣を振り下ろした。
剣が叩きつけられるとその箇所からヒビが広がり、無理やり叩き割るような形でアリの上半身と下半身は真っ二つになった。
「はぁ……はぁ……全力は疲れるな……」
「お疲れさん! 向こうのはもう死んだみたいやな」
盾をブン投げた方のアリはどうやら既に息絶えていたようだ。
「この辺の雑魚はウチらに任しとき、ほな!」
アルヤはそう俺の肩を叩くと、残りの幼虫を駆除しに駆け出して行った
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