第2話 転生

「――ハッ!?」


 俺は草原に立っていた。

 すぐ傍には世界樹かと思わせるような巨大な木がそびえ立ち、少し遠くにはいくつかの木造の家が見え、小さな集落なのだという事が分かった。


「いって……これって……」


 同時に俺の頭の中にいくつもの情報が浮かび上がってくる。

 思わず頭を抱えてその場にうずくまっていると、かなり身長の高い女性が俺の方へと駆け寄ってきた。


「大丈夫? 何かの病気かしら……」

「大丈夫だよ……ママ」


 半ば無意識にこの女性の事をママと呼んだ。

 意味が分からない。俺の母親はもっと違う顔で――いや、彼女は俺の母親だ。名前もハッキリと分かる。他の誰かの記憶をいきなり叩き込まれたような。


「レイ!?」


 気が付いた時に視界に映ったのは知らない天井。正確に言えば俺は知らないはずの天井だった。


「治癒……無事……」

「病気……まさか……」

「いえ……安静……」


 断片的にそんな会話が聞こえてくる。

 一度気を失ったおかげなのか、頭の中で今の状況が大方理解できていた。


 まずは俺。変な話だが主人格なのだろうが、前世の事は大雑把にしか思い出す事が出来ない。

 出身地、自分の名前、好きなもの……その殆どが霧がかかったように思い出せない。ただ、俺が何らかの原因でこの体の持ち主、レイ・プレストンの中に存在しているという事は確かだ。

 そして、俺の名前は分からないとは言ったが、俺はレイ・プレストンだ。何を言っているのか分からないし、自分でも意味が分からないが、俺はこいつでこいつは俺なのだ。


 先ほどの女性も彼女が大きいのではなく、俺が小さい子供なのだ。という事も理解できた。


「気が付いたのね……良かった」

「ここは……」

「おうちよ、いきなり倒れちゃったから心配しちゃった」


 ベッドの横に屈んで俺と目線を合わせる女性。彼女が俺の母親であるシェリル・プレストンだ。


 正直な事を言えば、俺は母親と言う存在は嫌いだ。詳細は思い出す事が出来ないが、逆に前世について殆ど覚えていないような状態ですら、それを漠然とはいえ覚えているという事は余程だったのだろう。


「安心して、もう何ともないからさ」


 出来るだけ自然な笑顔を作りながら、俺はベッドから体を起こした。

 母親というものが嫌いであったとしても、それは前世の母親であって彼女ではない。半ば息子を乗っ取ってしまったような状況であるという申し訳なさもあるが、理不尽に彼女を嫌う必要はないはずだ。


「何か手伝える事はある?」

「こらこら、今日は一日じっとしてなきゃダメよ?」


 すぐに抱きかかえられた俺は再びベッドへと寝かされる。


「それじゃあ……本。何か本が読みたいな」

「それならいいわよ。ちょっと待っててね」


 しばらくして彼女が持ってきたのはいくつかの絵本だ。


 その内容は特に珍しいものでもなく、とある英雄譚だった。

 王によって一人の英雄が巨悪へと立ち向かい、仲間とともに討伐する話。一つのマジックアイテムをめぐって冒険者パーティーが分裂してしまう話。魔物とのパーティーに女の子が誘われて、食事に毒をもられてしまう話。


「いや、重くね!?」


 最初の物語はともかく、冒険者のネガティブキャンペーンの嵐と言われてもおかしくないような本が目立つ。

 子供向けならばもっと明るい話の方が良くないか。そう思ってもこうして出回っているという事には何か理由があるのかもしれない。


「どうしたの? 大きな声を出して」

「いや……えーと……ママ、何でみんなこう……暗い話ばかりなの?」

「そうねえ……言われてみれば確かにそうだけれど……何事も都合よくはいかないって事を伝えたいのかもしれないわ」


 社会的価値観を持たせるのが目的なのだろうか、少なくとも前世にもこういったおとぎ話の類はあったと思うが……向こうも大概だったような気がするのは気のせいだろうか。


「ママ、僕冒険者になってみたい」

「冒険者に? 危険なお仕事よ?」

「でもカッコいいもん!」


 どうやら冒険者という仕事は実際に存在するらしい。ただ、彼女の様子からして気楽になれる、あるいは気楽になろうとしていい職業ではないのだろう。

 俺の記憶の中に一つ、ハッキリと覚えている異質な武器の存在がある。


 それは銃だ。


 剣よりも早く、矢よりも速く。

 驚くほど遠くから一方的に敵を攻撃し、時として攻撃されたことにすら気付かせない理不尽さ。

 剣と弓の時代を終わらせた、前世を代表する武器の一つだ。


 俺の中に強くその記憶が残っているという事は、恐らく前世の俺はよっぽど銃が好きだったのか、それとも生まれ変わる時に所謂チートじみた何かを持ち込みたかったのか、それは分からない。

 ただ、折角ハッキリと分かるその武器を使わない手はないだろう。


「そのためにも色々勉強しないと……」

「あらあら、頑張るのよ」


 そう優しく微笑みかける彼女を見て、俺はどこか後ろめたいものを感じた。

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