王子は婚約破棄を叩きつける

小説大好き!

第1話

「ミゼリーム。今この場をもって婚約を破棄する!」


 そんな馬鹿な宣言は突然だった。

 国立学園の卒業式。貴族平民問わず優秀なものが集まった国内最高峰の学び舎の、高度なカリキュラムを乗り越えた猛者の前で。私の婚約者である第一王子、ルイスはあろうことか婚約破棄を申し出た。

 先ほどまでいい感じに温まっていた場が一瞬で凍り付く。さっと周囲を見回すと、あまりに馬鹿な発言に理解が追いつかないのが半分、あまりの馬鹿さに頭を抱えているのが四割、一瞬で王子を見限ってしまった人が一割ほどだろうか。

 少なくとも好意的な印象を持った人はいない様子だった。私は唖然として頭を抱えて馬鹿を見る目で王子を見返す。


「馬鹿ですか?」


 おっと、思わず本音が出てしまった。


「……本気ですか?」

「当たり前だ」

「父王様に話は通していますか?」

「通していると思うか?」


 自身満々に宣言する王子。馬鹿だった。

 冷や汗を抑えながら周囲を見回す。さっき半分ほどいた事態を理解できていない人間は既に一割以下になっており、代わりに使えない馬鹿を見る目が九割を超えている。やばい、これはやばい。


「ルイス、どうしたんですか?」


 頭を抱えていると、ルイスの親友のロイド様が間に入ってきた。そうだ。ロイド様なら、ルイスの親友である彼なら、ルイスの乱心を止められるかもしれない。顔を上げるとロイド様の背中が見える。期待の視線を向ける。


「どうして婚約破棄ですか? 彼女は学園の中でも好成績。人柄もよく、少なくとも婚約破棄の理由はないでしょう?」

「気に入らないからだ」


 頭を抱えた。ロイド様も頭を抱えていた。ロイド様、もうちょい頑張ってください。貴方が最後の頼みなのです。

 願い空しく、ロイド様は下がってしまった。終わった。終わってしまった。周囲の視線を見るのが怖い。もう誰もルイスについて行こうとするものはいないだろう。

 ルイスはここで言いたかったのはこれだけだ、と言うと一人会場から出ていこうとする。私もそれに慌ててついて行く。いくら婚約破棄を宣言されたと言っても、正式な手続きを踏むまでは破棄はなされない。ここで彼を追いかけなくても責める人はいないと思うけど。だからこれは婚約者としての意地だ。

 一応、ルイス様に拒絶されることは覚悟のうえで彼の傍に行く。もちろん、王子の横を歩いていいのも婚約者である人だけだ。が、どれだけ待っても怒声が聞こえてこない。

 あれ、と思い隣を見る。よくわからない表情をしていた。不機嫌そうじゃないし、かといって喜んでる様子もない。何だこれ。

 この違和感に気付いているものは他にいないかと後ろを振り向くが、既にこちらを向いている人はいなかった。そりゃそうかと前を向く。ルイスは先に進んでいた。慌てて追いかける。

 さらに違和感。彼は、こんなに速く歩く人だっただろうか。今までは私に合わせてただけ? いや違う。一人で歩いている時もこんなに速くはなかったはずだ。

 ルイスは扉を出て外で待機していた馬車に乗る。少し嫌な予感を感じて、確認のために私も同じ馬車に乗り込む。会場にいたルイスなら確実に私を追い出すだろう。しかし、私が彼の向かいに座っても一切何も言ってこない。

 ますます、嫌な予感がする。何となく、彼の思惑が読めてきたかもしれない。

 馬車が進みだす。途端、ルイスがガッツポーズをした。とりあえず一発殴ろうと拳を振る。しかし腕をやんわり掴まれてそのままの勢いで隣に座らせられた。抵抗しようとするががっちり腕を極められている。この無言の攻防で予想が当たっていたことを悟った。


「これで王子やめられる!」

「こんの馬鹿野郎!」


 声は同時だった。

 あぁ、普通に考えておかしかったんだ。ルイスは学校の成績はトップに近い。それだけでなく、今まで第一王子として社交の場に出てるし、それなりに政治にも関わっている。つまり、馬鹿なわけがないのだ。


「これで父上から失望され、馬鹿は使えないと勘当され、そして私は――俺は、市井に下りて冒険者になれる!」

「やっぱ貴方は大馬鹿野郎だ!」


 ばーかばーか! と罵ると、ルイスは思い出したようにこちらを振り返る。夜空の色をした瞳は真剣に染まっていた。だから、畏まる。ルイスは口を開く。


「ミゼ、君も一緒に来てほしい」

「はあ?」


 嫌だよ一人で行きやがれ。

 何言ってんのお前って顔で睨むと、これ以上ないくらい爽やかな笑顔を返される。


「多分、ミゼも勘当されるから」

「………………は?」

「家、追い出されると思う」

「ごめん何言ってるの頭大丈夫?」


 思わず思っていることをそのまま口に出してしまった。それよりなんて? 私が家を追い出される? そんな馬鹿な。

 ルイスはしてやったり、と楽しそうに笑う。


「そろそろ、カンニングペーパー辺りが見つかってるんじゃないかな?」

「…………冗談よね?」


 背筋を冷や汗が流れる。もちろん、私はカンニングなんて行ったことがない。なら、彼の言葉の意味は一つしかない。彼の顔を見る。にこっとされた。


「貴様ァ――!」


 未だ極められている左手は動かせないので、体を捩って右手で攻撃する。しかしルイスの方が上手で、その手も掴まれてしまう。結果、向き合うような姿勢になった。

 傍から見れば馬車の中で仲良く顔を見合っている婚約者……婚約者?……同士だが、その実は笑顔で婚約者の腕を極める王子と隙を見て王子に殴りかかろうとする婚約者だ。


「なんで私を巻き込んだぁ!」

「だって君も家を追放してもらわないと一緒にいられないじゃないか!」

「だったら大人しく国王になれ!」

「誰があんなのなるか! 国王は弟に任す」


 ワーワーギャーギャー言い合っていると、不意に扉からノック音が響く。ルイスが極めてた腕をほどき、私は向かい側の席に戻りながら彼の額に一発デコピンをかまし、席に着く。

 ルイスの声に反応して扉を開けたのはこの馬車の御者だった。


「ルイス様並びにミゼリーム様。陛下がお呼びです」

「おい、こいつを俺と同列に扱うな」


 ルイスは先ほどまでの喜びを微塵も感じさせない不機嫌そうな声を出す。変わり身が早い。


「ルイス様、それはできかねます。一応まだお二人は婚約者同士ですので」


 ルイスは不機嫌そう、私は困ったような顔で歩き、謁見の間へと辿り着く。扉を開けると、中には国王と王妃、それにルイスの弟が二人いた。王家勢揃いだ。国王の前まで歩き膝を突く。


「ルイスよ、卒業式での話は聞いている。一体どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何も、こいつが気に入らないから婚約破棄を宣言した。それだけだ」


 相変わらず不機嫌そうな声でルイスが言うと、沈黙が下りる。うわぁ、空気が凍っていく。


「顔を上げろ」


 命令に従い顔を上げる。視界に入った光景はすごかった。頭を抱える国王。やれやれって感じの王妃。わくわくって顔の第二王子に、困惑顔の第三王子。ちょっとした地獄絵図だ。

 国王は頭を上げると、懐から手のひらサイズの道具を取り出す。


「これは、音を保持することができる魔道具でな」


 音を保持……? 嫌な予感がする。魔道具にあるスイッチが押される。すると、先ほどの馬車での会話が部屋に流れ始めた。隣を見る。同じくこっちを向いていたルイスと目が合う。二人の目的は一致していた。

 同時に走り出す。目標はあのふざけた新魔道具。馬車内での言葉遣いを誰かに聞かせるわけにはいかない! あれを聞かせていいのは王家に対してだけのなのだ!

 国王の前に第二第三王子が立ちはだかる。くっ、下手に手を出したら国家反逆罪になってしまう。どうすれば。


「ミゼ!」


 隣にいるルイスが叫ぶ。横目に彼の目を見る。それだけで十分だった。

 ルイスの背中に魔法で風を当てて速度を上げる。彼はそのまま弟たちへと向かって走り――弟たちが身構えた瞬間、こちらを振り返る。腰の高さで、掌を上にして両手を組んでいた。


「なっ……!」


 狼狽える声を聞きながら、走ってきた勢いでルイスの手に足をのせる。そして。


「飛べえええええ!」


 下半身を全力で使ったバネと彼のアシストは私の体を上空へと飛ばし、弟たちの頭上を越えた。背中に突風を当てて空中でさらなるスピードを出す。

 斜め下には国王の姿。その顔は唖然としており、右手は魔道具を持って掲げたままになっていた。

 勝った……!

 国王から魔道具をかっさらい、地面に着地する。そのままでは勢いが殺せず、受け身を取りながらゴロゴロと転がり、壁にぶつかってようやく止まった。


「ミゼ!」


 ルイスが傍に駆け寄る。ああ、心配そうな顔をしないで。軋む体に鞭打って、右手を上げる。そこには死守した魔道具があるはずだ。


「ほら……生きてるよ……」

「……よくやった」


 ルイスはそう言うと、私の体を抱き上げて隣に立たせる。流石ルイス、よくわかってらっしゃる。こんないい場面で一人だけ寝ているなんてごめんだ。体は痛いがどこも折れてはない。

 こちらを振り向いた国王は絶句していた。さらに向こうにいる王子たちも同じような顔をしている。ふん、私たちを舐めすぎたな。


「父上。俺たちの――俺と、ミゼの勝ちです。諦めてください」


 ルイスが宣言する。私たちの勝利だ。

 国王がおもむろに口を開く。


「ルイス。それをよく見ろ」


 国王はにやにやしていた。ルイスが私にも見える位置に魔道具を翳す。魔道具には光が走っていた。

 頭を捻っていると、ルイスが弾かれたように顔を上げ、国王の顔を見ると勢いよく魔道具を地面に叩きつけた。そのまま足で粉々に踏みつぶす。そこまで見て、ようやくルイスと国王の意図に気づいた。


「既に、中継済みだ」


 やられた。


「卒業パーティー会場にはお前の真意もミゼリーム嬢と懇意なことも筒抜けだ。そっくりそのまま返してやろう、ルイス。――私の勝ちだ」


 かくして、第一王子婚約破棄騒動は国王の策により、婚約者との仲を周囲に見せつける形で終息した。なお、王子が用意した捏造証拠も国王によって処分済みだった。

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