第5話:真夏の夜の惨劇

 例えるのなら、その夜空はまるで上質な天鵞絨びろうどの生地を敷き詰めたかのよう。

 埋め尽くす勢いで散りばめられた小さくもとても輝かしい星に交じって、ぽっかりと浮かぶ金色の輝きはさながら黄金の如く。どこか冷たくも神々しい月明かりの下、人気のない公園にたむろする彼らの喧騒はせっかくの自然が生んだ芸術品をも台無しにする。



「くっそ……あのクソガキ。マジでなんなんだよ」「まったくッスよねぇ」

「次にあったら今度こそボッコボコにしてやる」

「俺も! やっぱりガキには大人の怖さってもんを教えてとかなきゃなぁ?」



 今日の日中、景信に怖気付いた男達は口々に愚痴を言い合う。

 ナイフを素手で折るような輩を前にしたというのに、まったく懲りた様子が皆無である彼らの一人が、突然立ち上がった。腰の辺り、隠れた右手が再び露わになった時、一振りのナイフが顔を覗かせる。刃長はおよそ一尺約30cmと、アーミーナイフが月光を浴びてぎらりと怪しく輝く。

 明らかに殺傷を目的としたそれの出現は、男達の目を一様に集めた。



「このナイフ高かったんだぜ? でも切れ味はマジで抜群だから」

「え? お前まさか、人とか刺したのか……?」「マジで……?」「お前ヤバいじゃん」

「……ステーキだけしか切ってないっての」「なんだよそれ! 驚かしやがって……」



 その一言に男達の顔には安堵の色が浮かんだ。

 夜も更けて町も完全に眠りに就いた頃、田舎とあって街灯の数は都会よりもずっと少なく、数mと先は完全なる暗闇が広がっている。故に暗闇が突然人がぬっと現れれば驚くのも無理はなく、男達にとってそれが日中に絡んだ少女であれば猶更だろう。



「…………」



 大きなマスクをしたまま、少女はのそりのそりと歩く姿は不気味さをこれでもかと醸し出し、ここで一人が声を荒げる。アーミーナイフを手にした男だ。



「な、なんなんだよお前。てか、なんでお前ここにいんだよ!」

「お、おいもう行こうぜ。なんかあいつやばいって……」

「だ、だいたいお前がいたから俺らはあいつに――」



 その続きは、絹を裂くような悲鳴が代役を務めた。

 少女は、いつの間にか一本の鋏が握られている。布を裁断するための鋭利な刃が特徴的な裁ちばさみは、人間を両断できるほど大変よく手入れが行き届いている。しかし何よりも男達に驚愕と恐怖を与えたのは、そのサイズそのものなのは、まず間違いなかった。


 少女の身の丈がおよそ165cmぐらいだとして、その小さく華奢な体躯からは不釣り合いにも程があろう、身の丈と同等の大鋏がしゃりんと刃鳴すれば鮮血が飛び散る。

 穏やかで静謐せいひつだった時間は突如として、殺戮者と被害者による殺戮劇場の舞台へと変貌を遂げた。



「こ、この野郎!!」



 拾ったアーミーナイフの切先がまっすぐと空を切り裂く。

 人殺しは悪いことだという認識は一応あるらしい。だが生命の危機に瀕した彼らにもはや倫理観は皆無であり、容赦ない刺突が少女のマスクを切り裂いた。結果として言うのであれば一矢報いたと、してやったり顔を示す彼らだったがすぐに後悔の色を濃く浮かべることとなる。



「……マスクが……」



 骨と肉がボコボコと歪な形へと変形する。



「……この顔を見られたら嫌われちゃう……」



 少女、と果たして形容してよいものかはさておき。不釣り合いだった大裁ちばさみがしっくりとくるサイズにまで少女――だった者へと変貌した姿に男の気勢はこの瞬間より呆気なく消失した。

 形容する言葉は多々あれど、共通点は一つのみ――化け物、と。



「ねぇ、アタシ……きれい? ねぇアタシきれい?」



 そうにこやかに笑う少女だったモノの口は耳元までぱっくりと裂かれていた。

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