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 ピピノアが家族になって一年以上が過ぎた。アレクお兄様は現在13歳になり、どんどん色気が増している。ピピノアもまだ幼さは少し残るものの既に顔面美であり、彼らは会うたびに眩しい推し達になっていた。

 

 私は成長記録用のアルバムも推し活としてしっかり残している。

 この成長記録用のアルバムというのが、前世で残した遺言ノートに記されていた一つらしく、『推しの姿を詳細に記録できるようなアルバムと、推しのリアルを無限に撮影できるカメラも欲しいです』と書かれていたらしい。その遺言通り、上質なアルバムと高性能のカメラが今私の手の内にある。

 

 ふっ、ふっ、ふっ。

 これを見ると顔が緩む。

 前世の私の行動は、黒歴史などという羞恥を越えてもう天才よ! 感謝しかないわ……

 しかもプラスして、前世の頃集めていた漫画やお宝も同時に私は手に入れた。

 漫画が生きがいだった前世の私はダメ元で遺言ノートに書いていたのだ。

 『私のお宝を次の魂へ渡して下さい。それまで綺麗な状態のまま保管をお願いします』と……。


 なんと注文の多い転生者なのか。ここまでくると用意周到さと、まるで転生することがわかっていたような文章に笑ってしまうけど。

 おかげで前世の宝が手に入ったのだから前世の私と無茶苦茶な遺言……というより、願望を叶えてくれたマチルダに感謝である。


 そしてそれは全てクローゼットの奥の異空間に全て入っている。

 マチルダにその話を聞いた時、クローゼットの奥の異空間だなんて、そんなファンタジーみたいなことがあるわけないと思ったけど、実際に見てみたらしっかりちゃんとファンタジー……だったのだ。もしもこれが転生者へのオプションです、と言うのであれば贅沢すぎるオプションである。

 

 そんな内緒のお宝も手に入れて、充実した推し活&オタ活の日々を送っていた。

 今ではピピノアもこのローランス家に慣れているはずだ。社交の場には一切参加しないものの、将来ハレルヤ学園に通うことになるし、二人がいずれここを離れることを望む可能性もあるため、最低限の貴族マナーや礼儀作法等は教えていた。一緒に勉学もし、こうして推しが元気にスクスクと成長していることは喜ばしいこと。

 ……なんだけど! 問題は、ピピとアレクの仲が思っていたより良くないということ。成長する度に悪化している気さえするし……


 ピピとアレクをカプにすることは、私にとっての重大な任務。だから合間合間にラブハプニングを起こそうと仕掛けてみるが、なぜか私、セリンセの奪い合いが始まってしまい、最終的には板挟みにされた私をノアに助けてもらうという構図が日課になりつつあった。


「うーん、うまくいかないなー……」


 自室の机に頬杖をつき、ただ独り言を言っているわけではない。そばにはマチルダがいて話を聞いてもらっていた。

 どうやらマチルダが喋る声が聞こえるのも私だけらしいので、みんながいるところではマチルダと話ができない。それで何度か失敗して、ノアに変人を見るような不審な顔をされたこともあった。

 思い出したら泣けるで……でもそういうとこも好きだ!


「私にとってはお二人は仲が良いように見えますが……それよりも今は、アレク様をヒロインとどう出会わせるかをお考えになるのではなかったのです?」

「はっ、そう! そうなの! あ〜〜、やっぱりヒロインと出会わないとダメかな〜……」


 私は机に項垂れる。ついにアレクがヒロインのローズと出会い、恋に落ちる日が迫っていたのだ。

 そう、その日からアレクは長く一途で報われないまま終わってしまうローズへの片想いをすることになる。つまり二人が出会うことすら率直に言うと嫌なのである。


 原作通りに進むとすれば、アレクは今度城下町で開催される祭典でローズと出会い恋に落ちる。というより、魅了の力で好きになってしまう、と言ったほうが正しい気がするけど……

 アレクを行かせない方法もある。でもそうすればアレクが秘密裏に潜入して捕まえるはずの強盗犯を捕まえられず、犠牲者を出してしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。


「でしたら、セリィも一緒に行ってはどうですか? アレク様が強盗犯を捕まえるのはヒロインと出会う前です。捕まえた後アレク様とすぐに帰ってくれば、出会わずに済むのでは?」

「うん、私もそれは考えた。でもアレクお兄様は元々犯人が来ることを知っていて内密に潜入するわけだから、私が一緒に行くって言ったら『そんな場所に連れて行けるわけないだろ』って……」

「あ……過保護でしたね」


 マチルダのため息を吐くような言い方に、私は深く頷いた。


「こうなったら変装して行くしかないわ。お父様にねだってみる! みてなさいよローズ。魅了の力だかなんだか知らないけど、私があんたの好きにはさせないんだからっ」

「セリィ、あまり無理はしないで下さい。彼女の近くは特に何が起こるかわかりませんので」

「わかった。気をつけるね」


 意思を固めた私はその夜、こっそりお父様がいるはずの書斎へ向かった。そこには思った通りお父様がいたのだが、もう一人真剣に本を読んでいる推しの姿があった。


「セリィまで、こんな夜に勉強かい?」


 お父様が私に声をかけると、真剣な眼差しの推しが頭を上げこちらを向く。


「ノアもいたんだね」

「……はい」

「……」


 ノアの敬語は一年以上経った今もずっとそのまま。距離を作られてるみたいで寂しい気持ちもあるけど、そっちのほうがノアっぽいので結果どっちでも推せる。


「私は残念ながら勉強ではなく、お父様にお願いがありまして……」


 危うく推しの美しさに意識を失いそうになったところを、なんとか本来の目的を果たすため軌道修正した。


「お願いとは?」

「それは……、今度行われる秋の祭典に、一人で行かせてくれませんか? どうしても行きたくて……」


 正直祭典なんてどうでもいいし人混みは苦手だった。

 でもアレクの切ない片思いが始まってしまうと思うと、じっとしていられないじゃない……!


「うーむ。……行かせてやりたいのは山々なんだが、どうして一人がいいんだ?」

「あっ、えっと……変装してこの国に暮らす人々と、なんのしがらみも無く接してみたいのです。どうしてもローランス家の人間だと、距離をとられてしまうので」


 よくもまあこんな口から出まかせが言えるもんだと自分でも驚く。しかし実際にローランス家の人間が、祭典で町中を歩いていたら纏う独特のオーラでバレてしまうだろう。「それなら……」とお父様は振り向いた。


「ノアに一緒に行ってもらうのはどうだろう?」

「え……?」


 ノアも驚いたようにこちらを見ている。


「ノア。セリィのために一緒に行ってもらえないかい?」

「お父様? 私は一人で行きたいと……」

「ノアがローランスの人間だとは世間は誰も知らない。養子が二人できたという情報だけは知られているかもしれないが、セリィも学園に入学するまでピピとノアがここにいることはバレないようにしてほしいと言ってただろう? だから顔を見たところで誰もノアがローランス家の養子だとは気づかないよ」


 確かにそれはそう……って、ダメダメダメ、ダメよっ! そんなことしたらノアがヒロインに会ってしまうかもしれないじゃない! それで第二のアレクができてしまったらどうするのっ! 危ない、納得させられるところだったわ……

 

「ノアは男の子だから何かあったときセリィを守れるだろうからね」

「違うんですお父様! 私は一人でやらなきゃいけない使命がっ……」

「行きます」


 私の声を遮るように、ノアの落ち着いた声が静かな書斎に響いた。

 わあ、いい声。ドキドキしちゃうなあ……って、…………ん? 今、行きますって聞こえた気が……


「お嬢様と一緒に行きます。その祭典」

「……⁉︎ ノ、ノア…? ノアってお祭りとか興味なかったよね?」

「興味はないですが社会勉強に」


 う、そーーん! ねえ、嘘でしょう……?

 あまりの衝撃に空いた口が塞がらない。ノアの表情は至っていつも通り美しい男の子である。

 顔が良いのよほんと……

 いくら顔が良くてもノアを連れていくのはやっぱり危険すぎる。ヒロインと出会う心配だけじゃなく、黒髪がもし見られた場合ノア自身が傷つく可能性だってあるのだから。


「うむ。それから遠くから護衛する騎士を一人行かせる。それでいいなら祭典に行くことを許可しよう」

「うっ……わかりました、この件は少し持ち帰って考えさせて下さい。お時間いただき、ありがとうございました……」


 そう言ってフラフラと書斎から出ていく私を不思議そうに見守るお父様と、何かを考えるようにじっと見つめるノアを残し自室に戻る。

 予想外の展開になったけどまあいい。ノアを連れて行かない方法をまた考えればいいだけの話。

 

 しかし、結局私はノアと二人で祭典に行くことになってしまう。そして危惧していた事件は起きた──。



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