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 書斎での一件からノアに一人で行かせてくれないか頼み込んでみたものの、断固として彼は祭典に行きたいらしい。変装しなきゃいけないから面倒だとか、人の多さに疲れるよとか、何とか説得しようと試みたけれど、ノアは一切譲らなかった。最終的に『お願い来ないで〜〜』と縋りついても、『この状況じゃ俺が行かなきゃお嬢様も行けませんよ』とノアのほうが一枚上手だった。

 そしてとうとう祭典の日がやってきてしまった。


「やっぱり納得できないっ、何でノアだけセリィとデートできるのよ〜〜!」


 マチルダと一緒に留守番してもらうピピを目の前にして、私とノアは祭典に向かおうとしている。

 私は髪の毛を束んで帽子の中に隠し、ラフな格好で平民の子どもに見事に変装。ノアも黒髪だとバレないよう茶色のカツラを被らせ、フード付きローブを着せた。

 茶髪も似合いすぎるので、変な輩に連れて行かれないためのフードである。


「デートじゃない。社会勉強だから」

 

 ノアはピピにそう言って聞かせるがピピは半泣き状態だった。ノアだけ連れて行ってピピだけ置いてくなんて私も本当は嫌なんだけど、今日はノアが例外のため仕方がないのだ。なんせ遊びに行くのではなく戦場に行くようなもの。何が起こるかもわからない場所に、笑顔がキュートで愛らしいピピまで連れて行けるわけがない。


「ごめんピピ。今度安全な場所に二人で買い物に行こう。お詫びにピピの欲しいものをたっくさん買うわ!」

「絶対よ? 私とセリィの二人だけのデートよ?」

「うん。約束……」

「無事に帰って来てね」


 寂しそうなピピを見るのは心苦しいが、「お土産買って来るから、良い子で待ってて」とぎゅうっと抱きしめる。そんな光景をノアはまたか、とため息をつきながらも待ってくれた。

 そしてピピ達に見送られながら、私達は祭典が行われる城下町へ向かったのだった。

 

 目的地に着くと祭典というだけに、色々な出し物や出店が立ち並んでいて、人手で賑わっている。大広場ではサーカスのような大道芸もやっていた。そんな楽しいイベントの中でも、アレクは今ターゲットを探しているはずだ。

 アレクが強盗犯を捕まえる時は、町にちょっとした騒ぎが起きるはずだから、それまでは散策していよう。

 それにしてもこの大勢の人がいる中で、アレクは犠牲者を一人も出さずに強盗を捕まえるのだから本当にすごいと思う。

 原作の中でアレクはなんの力も持たなかったけれど、身体能力は抜群に良く次期伯爵でありながら騎士としても幅広く活躍している。そんな彼が恋をして、ローズが学園で暗殺者に殺されそうになった時、身を呈して彼女のことを守るのだ。絶対に原作通りにはさせない。


「お嬢様、お腹空きません?」

「何言ってるのノア! 今日は遊びに来たんじゃなくて……うぐっ」


 私の気も知らないでついてきたノアに八つ当たりしようとした瞬間、串に刺された揚げ餅のようなものが口に入る。


「さっきから匂いに反応してお嬢様のお腹がグーグー鳴ってます」

「⁉︎」

「あ、毒味はしたんで安心して下さい」

「っ……⁉︎」


 そそそれって、まさか関節キス……⁉︎ ノア(推し)と、私が……?


「お嬢様? 顔真っ赤ですけど、どうかしまし……」


 そこまで言って今度はノアの動きが止まる。多分気づいたのだ。私が顔を赤くした理由を。その証拠に徐々にノアの顔が赤くなっていく。


「やっぱそれ俺が食べます」

「だめっ!」


 ノアに揚げ餅を取り上げられようとしたので、私はそれを阻止した。

 私の口に入ったものをノアにまた食べさせられるわけないでしょう……?

 

「食べる、から」

「……汚いことしてすいませんでした」

「汚くないっ、ただ、その……ノアだから」

「え?」

「ノアだから緊張するっていうか、落ち着かないっていうか……とっ、とにかく私が食べるから!」


 それは本音だった。同じ推しでもピピと食べさせ合いっこはたまにしていたし、こんなにも動揺しない。自分でも感じたことのない推しへの感情にどうしていいかわからなくて戸惑ってしまった。

 ノアは孤児院で生きるか死ぬかの生活をしていたので、そんなことを気にしてられるわけがないし、癖で出てしまうこともあるだろう。それでも相手が私で良かったなんて思ってしまうのは、どうしてかな……


「ん? これ中のチーズがすごい伸びる! おいしいっ!」

「そうですか……」

「ノア、買ってくれてありがとうっ!」

「……いえ」


 気まずいのか私と目を合わせてくれなくなったノアは、まだほんのり顔が赤い気がした。

 ノアくん、それはちょっと可愛すぎない……? 彼の照れ顔は貴重ですからね?

 私は無意識に隠し持っていたカメラでノアのその表情を撮っていた。きっとこれはオタクの執念だ。


「お嬢様、今俺のことっ」

「シー……お嬢様だと私がセリンセだってバレるかもしれないから、今日のところは姉さんって呼んで?」


 至近距離で人差し指を口に当てそう言うと、ノアは大人しくコクンとひとつ頷いた。

 珍しい……なんだか今日のノアは借りてきた猫みたいだ。そんなノアが可愛くて抱きつきたい衝動を、私は必死で抑え込んだ。


 それからしばらくいろんなお店を回り、ピピのお土産も無事に買うことができた。久しぶりに多くの人々と交流をした気がする。前世ぶりじゃないだろうか……でも前世の時に比べて、今は興味のない他人のために生きていないので、人と接するのも気楽なもんだった。その分推しを失うかもしれないという恐怖は重すぎるけど。

 

「ねえノア……、運命って変えられると思う?」

「急にどうしたんですか?」


 遠くから私達の動向を見守る騎士を尻目に、私は引き続きノアと賑わう城下町を歩いていた。

 こうしていると私達は本当に貴族ではなく、平民の子どものようだ。

 

「ちょっとね、こわくなって……」

「……運命が決まってるなら、壊せばいいと思いますけど……姉さんは今、そうやって生きてるんじゃないですか?」

「っ! どうして、そう思うの?」

「なんとなくです」

「……うん。運命が決まってるなら、壊しちゃえばいいんだよね!」

「はい……俺もそうするつもりなんで」

「え?」


 小さくボソッと呟かれたノアの声は、なんと言ったのか聞き取れなかった。


「キャーーーー‼︎」


 と、突然悲鳴が聞こえたと共に、アレクが動き出したことを一瞬にして悟った私は、アレクの元へと走り出そうとした……のだが、その視線の先を見て、私の心臓はドクンっと止まるかのごとく大きく動く。

 騒動の中道端に、何人かの男性に囲まれる一人の女の子の姿が見えた。その後ろ姿に見覚えがある。ブロンドの髪につけた薄紅色のカチューシャ。


「今向こうの店の近辺に強盗が出たらしいんだ」

「危ないから一旦避難しよう」

「さあ行きましょう、ローズ様」

 

 ローズ……!

 そこには紛れもなく幼少期のヒロイン、ローズの姿があった。



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