後編 〜追放ざまぁビジネス始めました〜


〈エクス・パルション〉

 それはかつて、バニッシュさんという人が率いる冒険者パーティーの名だったらしい。しかし現在は、『追放屋』というビジネスを行なっている、ある種スクールのような場所の名だ。


 なんでも、ここの追放生(卒業生)はその後ほぼ確実に成り上がることができる、という話なのだ。

 かく言う僕自身も、成り上がりを求めて〈エクス・パルション〉の門を叩きに来た新人冒険者の一人。


 とある小国の外れにある森林地帯。

 その中にひっそりと佇む山小屋のような建物が、追放屋〈エクス・パルション〉の受付である。


「すみませーん、新規入会したいんですが」

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」


 扉を開けると、受付カウンターに座る黒髪の女性が出迎えてくれた。凛々しい顔つきの、前髪をセンター分けした真面目そうな印象の女性だ。

 あれ、この女性、どこかで見た覚えが……。


「お名前と年齢、役職を伺っても?」

「あ、はい。エグザと言います。十七歳、タンク職です」


 書類作業をするためか、受付の女性はおもむろに眼鏡を掛けた。しかしサイズが合っていないせいか、すぐにズリ落ちてしまったので、クイっとフレームの中央を押し上げる。

 綺麗に突き立てた、その中指で。


「あっ! も、もしかして、魔王を倒した伝説の勇者、キューファさんですか!?」


 そうだ。間違いない。この顔。この髪型。この中指。

 王都に建てられた、魔王討伐記念の銅像で見たことがある。


「えぇ、そうです」

「うわー! すごい! こんなところで出会えるなんて! 僕、ファンなんです!」

「それはどうも」

「あ、あの! 例の決めポーズやってもらえませんか!?」

「仕方ないですね、おほん。……クソボケカスコラァ!」

「で、出た〜! クロス中指立てのポーズ! このポーズの銅像が建ったけど、教育に良くないとかで速攻撤去された伝説のポーズ!」

「子供に見せたくない勇者ナンバーワンとは私のことですよ」


 そういえば、キューファさんも〈エクス・パルション〉の追放生(卒業生)だったはず。

 魔王を倒した偉業自体も有名だが、〈エクス・パルション〉をゼロ秒で追放されたことでも有名だ。それもあって『追放勇者』や『社会不適合勇者』とかいった二つ名もある。


「あの、失礼ですが、キューファさんほどの実力者が、どうして受付をやってるのですか?」

「実は……魔王討伐記念に国王と会食することになったのですが、挨拶代わりに紅茶ぶっかけたら国外追放されてしまいまして……」


 国外追放されて行く当てが無くなったところ、経営者のバニッシュさんにバイトとして拾ってもらったそうだ。


「そういえば、直接手を出さずに魔王を倒したという話は本当なんですか?」

「えぇ。中指立てて挨拶したら凄い怒ってしまって。それで脳の血管が切れて死んじゃいました。もともと高血圧だったようで」


 すごいなぁ! キューファさんほどの腕になると攻撃せずに敵を倒せるなんて!

 確かに、五秒に一回くらい中指突き立ててメガネクイッ!ってしてくるせいか、話しているだけで何かすごいイライラしてくる!

 しかもこのメガネたぶん伊達だ。突き立てた中指でクイッ!ってするためだけに掛けてるんだきっと!


「さて、私の話はこの辺にして……入会手続きを進めても?」

「あ、はい。お願いします」

「ではまず最初に、入会するコースをお選びください」


 言いながら、キューファさんは二つのコース説明が書かれた紙を差し出してきた。


「プライベート追放コースとグループ追放コースがございます。どちらになさいますか?」


 プライベート追放コースでは経営者兼講師のバニッシュさんがマンツーマンで追放してくれるとのことだ。その分料金は跳ね上がる。


「できるだけ安く追放されたいので、グループ追放コースでお願いします」

「グループ追放コースですね。こちらのコースでは、他の受講生の方と一緒に擬似的なパーティーを組んで、座学と演習を行なっていただきます」


 座学……。追放されるためにお勉強が必要なのか……。


「座学と演習をそれぞれ十時間ずつ受講していただくと『仮追放』されます。その後、再び座学と演習を十時間ずつ受講して、最終試験に合格すれば晴れて追放です」

「結構大変なんですね。大体どれくらいで追放されるものなんでしょうか?」

「人に寄りますね。早ければ一週間、遅い人は半年とかでしょうか。最終試験に合格できるかは、追放されるセンスが求められますので」

「キューファさんはゼロ秒ですもんね、すごいなぁ」

「いえ、それほどでも」


 小屋の壁には『追放タイムランキング』なるものが掲示されているが、キューファさんの記録は殿堂入りとなっているようだ。記録の横には中指を突き立てた顔写真が飾られている。うわぁ、すごい、写真見てるだけでもイライラしてくる!


「当スクールでは、生徒様に快適に追放されていただくことをモットーとしています」


 快適な追放とは一体……。


「そこで、追放のされ方を生徒様のご希望に合わせてカスタマイズするサービスを行なっているのですが、されてみたい追放とかございますか?」

「うーん、例えばどんな追放があるのでしょう?」

「オーソドックスなのはエグザさんが無能だというパターンですね。無能だから邪魔だと責め立てられるパターンです。責め立てられるのが嫌でしたら、優しさゆえの追放のパターンもあります」

「優しさゆえ……。『お前の実力では戦いについて来れないから追放だ』的なやつですか?」

「その通りです。あとは、NTR追放も人気ですね。恋人がバニッシュさんに寝取られたという設定で」

「僕は普通の……責め立てられるやつでお願いします」


 いろいろな追放のされ方があるんだなぁ。追放も奥が深い。


「承知しました。最後に、追放後のザマァについて決めましょう」


 キューファさんはザマァに関する説明資料を見せてくれる。こういう何気ないやり取りの合間でも、中指でメガネクイッ!とするのを忘れない。さすがだ。


「ザマァのサブスクはご利用されますか?」

「ザマァにサブスクがあるんですか?」

「はい。月に一回以上、定期的にザマァしたい方にオススメです。ベーシックざまぁプラン、スタンダードざまぁプラン、プレミアムざまぁプランがありますよ」

「いやぁ、僕は一回だけでいいかなぁ」


 聞く所によると、〈エクス・パルション〉へ入会する人間には二つのタイプがいるらしい。単に成り上がる目的の人と、その後のザマァが目的の人だ。僕は前者なので、そこまでザマァに興味はない。


「では従量課金ざまぁプランの方ですね。ザマァした分だけ料金が請求されますので、ご利用は計画的に」

「わかりました」

「ザマァの土下座オプションというのもあるのですが、お安く済ませたいのでしたらこちらは不要ですかね?」

「あ、いえ。土下座は付けてください」

「でも、土下座オプションを付けると料金が結構上がってしまいますが……」

「大丈夫です。土下座お願いします」

「土下座されるの、お好きなんですね」


 分かります、とキューファさんは微笑んだ。


「あ、僕がされる方ですか?」

「そうですよ。エグザさんがザマァする方ですから」

「そっかそっか。そうですよね。すみません、勘違いしてました。僕が土下座する方かと……やっぱり土下座オプションは無しで」

「はぁ、分かりました」


 なんだか会話が噛み合っておらず、キューファさんは釈然としない様子だったが、そのまま手続きを進めてくれる。


「それでは、これで入会手続きは完了です。今は『春の追放キャンペーン』中ですので、入会金は不要です」

「ラッキー。受講料は後払いですか?」

「はい。追放時にお願いします。バニッシュさんが『その金はパーティーのものだ! 置いていってもらう!』と言うので、その時に代金をお支払いください」

「凝ってますね〜。装備……服も脱いで行った方がいいんですかね?」

「いえ、服は着たまま帰ってもらって大丈夫ですが」

「なんだ、そうなんですか……」


 またも会話が噛み合わない。キューファさんはますます不思議そうな顔をしつつも、書類を完成させてくれた。

 これにて晴れて入会完了。僕も〈エクス・パルション〉の生徒だ。よ〜し、頑張って追放されるぞ〜!


「これからグループコースの演習があるのですが、せっかくですしご一緒に参加されてみます?」

「はい、ぜひお願いします」


 ちょうどそのタイミングで小屋の扉が開かれ、誰かが中に入ってきた。


「キューファ先生、こんにちは! 今日もよろしくお願いします!」


 元気良く挨拶するのは、目を見張るほど綺麗な女性だった。

 鮮やかな緑色のサラサラストレートな長髪。輝くエメラルドグリーンの瞳。まるで全身が宝石のような女性だ。

 髪と同色の胴当てを身に着けており、腰に直検を携えている。見たところ剣士職。歳は僕より一つか二つ上だろうか。


「こんにちは、イルさん。こちらは新入生のエグザさんです。エグザさん、あちらは先輩受講生のイルさんです」

「よろしくお願いします、イルさん」

「ああ、よろしく! エグザくん!」


 キューファさんに仲介され、僕とイルさんは握手を交わす。

 僕とイルさんは同じグループ追放コースのクラスメイトだそうで、一緒にレッスンを受けるようだ。こんな綺麗な人と一緒に受講できるなんて、グループコースにしておいて正解だった。


「今日の生徒さんはお二人だけですね。バニッシュさんを呼びますので、少々お待ちを」


 言いながらメガネを外したキューファさんは、何故だか机の下から弓矢を取り出した。

 そして小屋の窓を開けるなり、特に何も狙う様子も見せずに矢を番え、そのまま外に向けて無造作に矢を放つ。

 何をしているのだろうと首を傾げていると、少し経って小屋の扉が開かれる。そこに立つ人物を見てギョッとした。肩に矢がぶっ刺さった男性が立っていたのだ。


「キューファ……矢を射て俺のこと呼び出すの止めてくれって言ってるだろ……」

「お? バイト追放ですか? 追放しちゃいますか??」

「お前、追放されると無職になるけどいいのか?」


 あ! この人が追放のカリスマ、追放を愛しザマァに愛された男、追放のスペシャリスト・バニッシュさんか!

 矢をぶっ刺さしても追放どころか怒りもしないなんて。僕はこの人に追放されることができるのだろうか。不安になってきた……。


「バニッシュ先生! 本日もよろしくお願いします!」


 イルさんが深々と礼をするので、僕も釣られて礼をする。


「おう、イル。今日こそ追放されるように頑張ろうな」

「はい!」

「君は? 新入生?」

「あ、はい! タンク職のエグザと言います! 今日からお世話になります!」


 挨拶をする僕のことを、バニッシュさんは目を細めてじっと見つめてくる。まるで何かされるのを待っているようにも見える。


「あの、何か……?」

「君は、初対面で何もぶっかけてこないタイプか?」

「はい?」

「追放の道のりは遠いぞ。頑張れよ」

「はぁ……」


 どういうことだろう、と首を傾げていると、イルさんが耳打ちをして説明してくれた。


「優秀な追放されラーは初対面で紅茶をぶっかけるらしいぞ」


 なるほど、追放レッスンはもう始まっていたのか。

 しかしそんな失礼なことをしないと追放されないなんて。追放の道は険しいな。


「あら〜、どうもこんにちは〜」


 バニッシュさんの後に続いて来たのは、金髪ウェーブをなびかせる、これまた美しい女性だった。

 純白の修道服のようなものを身にまとっているが、お腹が大きく膨らんでいる。妊娠しているみたいだ。


「ホプレス先生、こんにちは!」

「こんにちはイルさん〜。そちらは新入生さんですね? バニッシュの妻で共同経営者のホプレスと申します〜。はじめまして〜」

「はじめまして、エグザです」


 ホプレスさんはバニッシュさんの肩から矢を抜き取ると、傷口に手をかざして緑色の光を当て始めた。回復魔法なのかな。すごい、みるみるうちに傷が治っていく。ヒーラーとしての腕はかなりのもののようだ。


「バニッシュさん、結婚されてたんですね。こんな綺麗な方が奥さんだなんて羨ましいです」

「は? お前、俺の嫁を寝取る気か? 追放か? さっそく追放されたいのか?」

「えぇ……そんなつもりじゃ……」

「バニッシュさん、ただのお世辞かと〜」

「なんだ、びっくりした。思わず追放しそうになったわ。エグザ君、キミなかなか追放されるセンスあるよ」


 何がなんだか分からない。僕は褒められたのだろうか?


「それじゃ、さっそく演習と行こうか。今日は森で魔物狩りだ。各自、追放されるような動きをしてみてくれ」


 イマイチ何をすればいいのか理解しきれぬまま、僕らは小屋を出て森の奥へと進んだ。ホプレスさんの出産の予定日は間近らしいのだが、軽い運動がてら同行してくれるそうだ。


 バニッシュさんとホプレスさんが先導し、続いて僕とイルさん、最後尾にキューファさんが続く形になる。

 イルさんと並んで歩いていると、横からキラキラとした尊敬の眼差しが向けられていることに気が付いた。


「エグザくん凄いな! さっそく追放されそうになるなんて! 私はまだまだだ……」


 聞く所によると、既に入会して一年近くも経っているのだが、一向に追放される気配がないのだという。


「どうやら私には追放される才能が無いらしい……」


 イルさん、真面目で頼もしそうな感じだけど、見かけによらず劣等生なのかな。

 ん? でも冷静に考えれば、パーティーを追放されないということは普通に有能ということでは?


「バニッシュさんによく言われるんだ。『お前はパーティーから追放する理由がない』とな」


 やっぱりそれ普通に優秀なだけなんじゃ……。


「イルさんは剣士なんですか?」

「ああ。基本的には剣で戦うが、魔法も全属性の中級魔法までなら全部使える。それとパーティーメンバーの全ステータスが二十パーセント向上するスキルも持ってるぞ。アイテムボックスのスキルもあるから荷物持ちも任せてくれ!」


 超有能じゃん! 一人何役もできる人じゃん! 追放する要素なにもないじゃん!


「はぁ、こんなんじゃ追放されないよな……。ごめんな、みっともない先輩で」


 悲壮感を漂わせながらガックリと肩を落とすイルさん。

 多分ですけど、あなたは努力の方向間違ってますよ……。


「イルさん、今日こそは『アレ』できるようになりましょうか?」


 後ろを歩くキューファさんはそう言いながら、落ち込むイルさんに水筒とコップを差し出してきた。


「キューファさん、これは?」

「アッツアツの熱湯が入ってます」

「アッツアツの熱湯? なんのために?」

「バニッシュさんにぶっかけるためです」

「なんのために!?」


 どうやらバニッシュさんに嫌がらせをして追放を促す、初歩的なテクニックらしい。

 真面目なイルさんはそれがどうしてもできないと言う。いや、できなくていいと思う。


「紅茶とかじゃないんですね……」

「えぇ。もったい無いですからね。ぶっかけ用ですので。経費削減です。ささ、イルさん。ひと思いにバシャっと」


 アッツアツの熱湯が注がれたコップを受け取ったイルさん。コップを持つ手がブルブルと震えている。波打つ水面を見つめて葛藤しているが、なかなか決心が付かないようだ。


「や、やっぱり無理だ。目上の人に熱湯をぶっ掛けるなんて……」

「イルさん、それなら僕で練習してみませんか? 僕後輩なので目下ですし」


 なんだか応援したい気持ちになって、そう提案してみた。


「えぇ!? そんな! 同級生だから対等な立場だろう!」

「いえいえ、目下だと思って見下してもらって平気ですよ。どうぞ見下してください」

「エグザくん……きみはなんて優しいんだ! それじゃ、お言葉に甘えてお願いするよ!」

「こちらこそ」

「こちらこそ?」

「あ、なんでもないです。どうぞ、一思いにバシャっと来てください」

「わかった! では行くぞ? ……ふぅ〜ふぅ〜」


 ふーふーして冷ましてる……。可愛い……。


「ちょっとイルさん! ふーふーしてどうするんですか! 熱湯はアッツアツのうちにぶっかけないと!」

「す、すみません。つい……」

「なんなら唾液でも入れるくらいしないと!」

「いや、それはちょっと……」

「そうですよ、それだとご褒美になっちゃうじゃないですか」

「え?」

「え?」

「え?」


 なんだか会話が噛み合わず、僕らは三人でお互いの顔をパチクリと見合った。


「……まぁイルさん、唾液は別にいいとして。せっかくのエグザさんのご好意です。思い切ってぶっかけてみましょうか」

「は、はい!」


 イルさんは腹を括ったように顔を引き締める。そして、勢い良くコップを引っくり返し、中身を僕にぶっかけてきた。

 あぁッ! イルさんの熱湯がッ! 僕の顔にッ!

 迫り来る熱に備え、ギュッと目を瞑る。

 そして、


「熱い!?」


 熱湯をぶっかけられた男の、悲痛な叫びが森に木霊する。

 しかし、その言葉は僕の口から発せられた物ではなかった。


 驚いて目を開けると、イルさんとキューファさんが足を止め、呆然と正面を見つめているのが目に入る。彼女らの視線の先にはビッショビショになっているバニッシュさんが。

 どういう訳か、僕に向けてぶっかけられた熱湯が、前方を歩くバニッシュさんにぶっかかったらしい。


「な、なぜ!? エグザくんにぶっかけたつもりが、不思議な軌道を描いてバニッシュ先生に!?」


 イルさん自身も状況が飲み込めていないようだ。

 首を傾げる僕らに答えるのはホプレスさんだった。


「あ〜、すみません。実はこの森全体に支援魔法を掛けておりまして、飛来物は全てバニッシュさんに命中するようになってます〜」

「おまっ、なんてことを! どおりで鳥のフンがよく落ちて来ると思った!」


 生徒が追放されやすくなるよう、ホプレスさんなりにサポートしてくれているらしい。

 なるほど、さっきキューファさんが小屋から適当に放った矢も、ホプレスさんの支援魔法の力でバニッシュさんに向かって飛んでいったという訳か。


「まぁいい。今ぶっかけてきたのはイルか?」

「は、はい! 申し訳ありま——」

「悪くなかったぞ、その調子だ」

「は、はぁ……」


 心底困惑した表情を浮かべるイルさんは、僕に助けを求めるような視線を向けてくる。


「はじめて褒められた……これが追放への道なのだろうか?」


 イルさん、心優しいあなたはそっちの道に進まない方が……。


「まずは追放への第一歩ですよ、イルさん。最終的にはこれくらいできるようになってください」


 言いながら、唐突に矢を放つキューファさん。

 矢は一直線に飛んでいき、そのままバニッシュさんの首にぶっ刺さった。


「ぐぇ」


 間の抜けた声。そしてバニッシュさんの体が地面に倒れる音が、森に響き渡る。


 ……え? え? 何やってんのこの人? なんで急にバニッシュさんの首に矢をぶっ刺したの?

 理解ができていないのは僕だけか? と思って周囲を見渡すと、イルさんもホプレスさんも僕と同様、理解が追い付かない様子でピクピクと痙攣するバニッシュさんを呆然と見つめていた。


「えぇっと……」


 そんな状況を飲み込めない僕らを見て、キューファさんが逆に困惑したような声を出す。


「私、また何かやっちゃいました?」


 人を殺してんだよォォォォ!!


「ちょ、ちょっと何してるんですかキューファさん! く、首に矢が! これ死んじゃったんじゃないですか!?」

「かひゅ〜、かひゅ〜」

「かひゅ〜、かひゅ〜って言ってるので大丈夫だと思います〜」

「それは大丈夫な人間が出す音じゃないと思います!」

「まぁまぁ〜。急なのでびっくりしましたが、これくらい日常茶飯事ですよ〜」


 いつもこんな危険なことやってんの!? このスクールやばいな!


「バニッシュさ〜ん、ムカつきました? 追放ですか? 追放しちゃいますか??」

「言ってる場合ですか!」


 倒れて痙攣しているバニッシュさんに対し、中指を突き立てるキューファさん。さ、さすが、勇者になる人はぶっ飛んでるな……。


「さささ、イルさんも何か追放されそうな事をやってみましょう」

「で、でも一体何をすれば……」

「バニッシュさんが今一番嫌がることをすればいいのです」


 嫌がるとかそういうレベルを超えてますって……。

 イルさんはう〜んと唸りながら熟考した後、答えを絞り出した。


「首を……切り落とす?」

「いいと思います!」


 絶対に良くないと思います!


「あ、あんた達、バニッシュさんをこの世から追放する気ですか!」

「エグザくん上手いこと言いますね〜」

「はは、どうも……って違う! 早く回復を!」

「そうですね〜。そろそろ出血量が限界なので回復しましょうか〜」


 そういうとこで限界攻めないでください!

 バニッシュさんの首に刺さる矢を引き抜くと、ホプレスさんは傷口に手をかざして緑色の光を発する——のだが、どういう訳かすぐにその光が消えてしまった。


「どうしたんですか、ホプレスさん?」


 質問に答えずうずくまるホプレスさん。

 不審に思って彼女に近づき顔を覗き込むと、その顔は苦悶の色で満たされていた。汗をダラダラとかき、苦しそうに顔を歪めている。


「ホ、ホプレスさん!?」

「……しちゃいそうです」

「えっ!?」

「追放しちゃいそうです〜!」


 急に何言ってんだこの人!?


「もしかして、赤ちゃんが産まれそうなのでは!?」

「そうです〜! お腹の中から追放しちゃいそうです〜!」


 出産って言いましょ!?


「えっ! ちょっとやばくないですか!?」

「えぇ、この場所で出産となると……」

「いや、それもそうですけど、バニッシュさんが!」

「あばばばばばば」

「ほら、あばばばばばば、とか言って痙攣してますよ!? イルさん、回復魔法とか使えないんですか!?」

「中級のヒールならできるが、この傷を塞げるかどうか……」


 さすが有能のイルさん! 何でもできる!

 イルさんはバニッシュさんの傷口に手を翳し、黄色に輝く光を当て始める。傷はゆっくりと塞がり始めるが、しかしホプレスさんの緑の光のようにすんなりとは行かない。


「イルさん、あなたのその緑色の髪の毛をバニッシュさんに見せてあげてください」

「えっ? こ、こうですか?」


 イルさんは言葉の意味が飲み込めていなかったようだが、言われるまま自身の髪の毛先を掴み、猫じゃらしのようにバニッシュさんの目先で揺らめかした。

 すると、


「えっ、傷が……もの凄い勢いで塞がっていく……?」

「バニッシュさんは緑色の光を見ると自己再生するのです。思った通り、イルさんの緑の髪で代用できましね」


 なにその特殊体質! 気持ち悪っ!

 ともかく、その謎体質のお陰でバニッシュさんは命の危機を脱したようで、無事に目を覚ました。


「はっ……!? あっぶね〜、この世から追放されるところだったわ。イルが回復してくれたのか?」

「は、はい!」

「サンキューな。でも、お前回復までできちゃうのかよ。また追放から遠のいたぞ」

「すみません……」


 命を救ったのに……。謝るようなことは何もしてないのに……。


「そうですよ、イルさん。トドメを刺すぐらいしないと追放されませんよ?」

「お前はバイト追放だ、キューファ」

「え!?」

「え、じゃない! 雇い主を殺そうとする奴があるか!」

「二度も追放されるなんて……私はどこまで成り上がってしまうのでしょう……?」


 バイトから追放されても、成り上がった先にあるのはバイトリーダーくらいしか無いんじゃなかろうか……。


「つかどうしたんだホプレス!? 大丈夫か!?」

「追放しちゃいそうなんです〜っ!」


 だから出産って言いましょ!?


「まずいな。ここから一番近い医者でも三十分はかかるぞ……。今ここで産むしかないのか?」

「あ、それなら私に任せてください! Aランクの助産スキル持ってるので!」


 助産もできるの!? ほんと何でもできるなこの人!


「道具とか無くて平気なのか?」

「はい。でもお湯は欲しいですね」

「あ、アッツアツの熱湯なら持ってますよ。冷まして使いましょう」


 嫌がらせアイテムがまさかこんなところで役立つとは……。

 兎にも角にも、僕達はイルさんを中心に出産の準備を始めた。


 だが、順調に準備を進める中、トラブルが発生する。


「グルルルル……」


 不意に聞こえる、低く唸る獣の声。

 慌てて声の方向を見ると、人間の倍くらいの大きさはある巨大なシカのような魔獣が。頭から生える禍々しい二本の大きな角が特徴的だ。


「ツインホーンだと!? Aランク魔獣がなんでこんなところに!?」

「あ、私が連れてきました」

「なんで!?」

「バニッシュさんが言ったんじゃないですか。演習に使うから魔獣を捕まえて森に放てって」

「低ランクの雑魚魔獣を連れて来いって言ったよな!?」

「ふふっ。魔王を倒したSランクの私からすれば、全ての魔獣が低ランクの雑魚ですよ?」

「ナチュラルに無能感出すのやめてくれる!?」


 しかし不幸中の幸い。ツインホーンはAランクとはいえ普段は温厚な魔獣だったはず。こちらから刺激しなければ攻撃してくることもない……のだが、何故だろう。やけに興奮しているような。


「なんか、すごく怒ってませんか?」

「あーすみません、私の煽りスキルかもしれません。魔獣は私の顔を見るとイライラするようで」


 なんて迷惑なスキル!

 つか魔獣に向かって中指立てるのやめてもらっていいですか!? イライラしてる原因多分それですよ!?


「や、やばい! こっちに来るぞ!」


 地面を蹴って勢い良く突進してくるツインホーン。

 ここはタンクとして、僕がホプレスさんを守らなければ!

 相手はAランク魔獣。対して僕は駆け出しのFランク。奴の攻撃を真正面から受けたら、一体どれほどの痛みに襲われるのだろうか。一体……どれほどの痛みが……ッ!


「ハァ、ハァ」

「大丈夫か、エグザ君!? 呼吸が荒いぞ!」

「だ、大丈夫です! 気分を高めてるだけなので!」


 痛みに期待……じゃなくて覚悟をして、盾を構えて一歩前に出る。

 しかし、その僕のさらに前に、何やらオレンジがかった半透明の壁が出現した。


「『絶対防御結界』!」


 そう唱えたのはイルさんだ。


「イルさん、これは?」

「『絶対防御結界』という防御魔法だ! この中にいれば物理攻撃は全て無効化されるから安全だぞ!」


 いやほんと何でもできるなこの人! タンクの僕とか用済みじゃん!


 イルさんを中心に展開された半径五メートルくらいのドーム状の結界。それは全員を守るには十分な広さだった。

 突進してきたツインホーンは結界に激突。衝撃で一度は倒れ込むが、すぐに起き上がって結界の外からこちらを威嚇するように睨みつけてくる。


「イルよ、お前は本当に有能だな。それで追放されると思っているのか?」

「すみません……」


 役に立ったのにまたも怒られるイルさん……。もうこんなところ辞めて普通に冒険者やりましょ?


「ともかく、これで安全は確保されたな」

「それじゃ、状況が状況ですし、私がサクッと倒してきますよ。バニッシュさん、囮になってください」

「分かった」


 おお、珍しくキューファさんが頼りになる。相変わらずバニッシュさんの扱いは雑だが。


 結界から出たバニッシュさんがツインホーンと対峙。その隙にキューファさんはツインホーンの背後に回り込み、目にも留まらぬ速さで矢を放つ。

 ほば同時に放たれる三本の矢。それはツインホーンのお尻に向かって一直線に向かって飛んで行った——のだが、矢はツインホーンを避けるような摩訶不思議な軌道を描いて、その向こう側に居るバニッシュさんへと突き刺さる。


「痛っ!? 痛いっ!」


 あぁ! そうだった! ホプレスさんの支援魔法! その効果のせいで、全ての飛来物はバニッシュさんに飛んで行くのだった!


「ホ、ホプレスさん! 支援魔法を解除してください!」

「追放中なので無理です〜!」


 出産って言いましょうって!


「困りましたね……これでは私の攻撃が魔獣に届きません」

「痛っ! 痛いって!」

「キューファさん!? 分かってるなら矢を射るの止めましょ!? バニッシュさんが矢まみれに!」


 矢まみれバニッシュさんとキューファさんは敢え無く撤退。防御結界の中に戻ってきた。


「接近戦しかないな。となるとエグザ君。どうやらキミが戦うしかなさそうだぞ」

「えっ!? バニッシュさんは戦わないんですか!?」

「武器を持って来るの忘れた……」


 ナチュラルに無能感出すのやめてもらっていいですか!?


「しかし、僕は駆け出しのFランクですよ!? Aランク魔獣に勝てるわけが……」

「俺を誰だと思ってる? そしてここが何処だか忘れたか? 免許皆伝にはまだ早いが……やるしかない」

「えっ、一体何を——?」


 僕の疑問の声は、バニッシュさんの次の一言に掻き消される。


「追放だ」

「えっ!?」

「エグザ……お前を追放する!」


 『追放』。

 僕に向けて発せられたその言葉。

 それを聞いた瞬間。体の奥底で、ふつふつと何かが芽生えたような気がした。

 

 ————したいか?


「えっ!?」


 ————ざまぁ、したいか?


 突然聞こえた、謎の声。

 それは脳に直接語りかけるように、体の内側から聞こえてくる。


 ————ざまぁ、したいか?


「……したい。ザマァしたい! 僕を追放したバニッシュさんに、ザマァしてやりたい!」


 考える間もなく、反射的にそう答えていた。

 内なる声に応えた途端。体の奥で芽生えた何かが溢れ出し、力となって全身を駆け巡るのを感じる。


「こ、これは……」

「エグザくん! どうしたんだ!?」

「イルさん、僕、新しいスキルに目覚めました……。Sランクスキルです」


 バニッシュさんの噂は本当だった。

 彼に追放された瞬間、自分の奥底に眠る才能が開花したのだ。


「一体どんなスキルなんです?」


 頭の中にスキルの効果が湧き上がってきた。それをそのまま読み上げる。


「Sランクスキル『神の防壁』……僕に対する全ての攻撃を無力化する、タンク職最強のスキルです」


 全ての攻撃を無力化するなんて無敵じゃないか。なんというチートスキル。

 あまりにもチート過ぎる効果に圧巻されたのか、その場に居る全員が押し黙ってしまう。


 しばしの静寂。

 それを打ち破ったのは、イルさんの戸惑いの声だった。


「それは……私の『防御結界』と何の違いが……?」


 ですよね! 僕もそう思ってました!


「むしろ、複数人を同時に防御できるイルさんの結界の方が凄くないですか?」


 やめてください! 本当のこと言わないで! せっかく僕もチートスキルゲットしたというのに!


「イルよ……またお前の優秀さが発揮されてしまったな。お前を追放する理由は一切無くなった。正式にパーティ組まない?」

「そんなぁ」


 なんかイルさんまで巻き添えにしてしまってすみません……。


「ま、待ってください! 実はもう一つSランクスキルが覚醒していまして!」

「おお、どんなスキルが?」

「Sランクスキル『悪魔の挑発』。敵を興奮させ、全ての攻撃を僕に集中させる、タンク職最強のスキルです!」

「それは……私の中指立てと何の違いが……?」


 ですよねぇぇぇぇ!


「ま、まぁ、なんだ。今は役に立たないが、普通に考えれば十分チートなスキルだと思うぞ?」


 慰めないでくださいバニッシュさん!


「うわああああ!」

「あ、エグザくんがヤケクソになって結界の外に……」

「意味ないのに……」


 やめてください! そんな残念そうな目で見ないで! 興奮しちゃう!


 結界の外に出た僕は、直後にスキル『悪魔の挑発』を発動。

 ツインホーンは怒りに顔をしかめ、僕に向かって一直線に突進してくる。僕は盾も使わず全身でその突進を受け止めることにした。

 角が僕の体に触れた瞬間。スキル『神の防壁』が発動。衝撃が全て跳ね返され、ツインホーンの体は壁に激突したように吹っ飛んでしまう。


 結果だけ見れば最強の防御スキルだろう。

 しかし、僕にとって重大な欠陥があることにすぐに気が付いた。


「え? こ、これって……」

「どうかしたのか?」


 呆然とする僕に気がついたのか、バニッシュさんが心配したような声を掛けてくれる。


「痛く……ないんです」

「え?」

「攻撃されても、全然痛みを感じないんです……」

「それは……良いことなんじゃ?」

「それじゃあ一体何のためにタンクやってるか分からないじゃないですか!」

「一体何のためにやってるんだ!?」


 なんてことだ……。敵の攻撃を全て集中させ、それを全て無力化できるなら、無限に痛みを享受できる最強のスキルだと思ったのに。肝心の痛みも無効化されてしまうなんて……。

 痛いのが大好きなので防御力をノー振りにしている意味が無いじゃないか!


「あの! そんなこんなでもう産まれそうです!」

「ひっひっふ〜!」


 愕然とする僕にイルさんの声が届く。

 まぁ僕のスキルのことは今はいいか……。無事に出産が終えられそうで一安心だ。


「ひっひっふ〜! あぁー! 追放します〜!」

「産まれました! 元気な女の子ですよ!」

「ざまぁ〜! ざまぁぁ〜!」


 これ赤ちゃんの泣き声!? すごい独特!


「よかった……よく頑張ったな! ホプレス!」

「はい〜……」

「早く病院に行きましょう!」

「でもこの魔獣をどうにかしないと、ここから動けないですね」


 いくら僕が最強の防御スキルを持っているとはいえ、生まれたての赤ちゃんと出産直後のホプレスさんを守りながら移動できるか自信がない。

 僕の挑発スキルとキューファさんの中指で魔獣を足止めしようかという案も出たが、やはり絶対に安全とは言えず却下となった。


「やはり魔獣を倒すしかないな」

「でもどうやって? Aランク魔獣と戦える人なんて、今この場にいませんよ?」

「……この中に、まだ追放されてない奴がいるだろ?」

「私ですか!? ホプレス先生のケアをしなといけないので今は手が離せません!」

「違う。イルじゃない」

「も、もしかしてホプレス先生を追放するんですか!? 赤ちゃん産んですぐ追放なんて! ひどい! 外道!」

「違うわ!」

「え、じゃあ赤ちゃんですか……?」

「なワケねーだろ! 俺が大切に育てるわ!」


 僕にはバニッシュさんの考えが分かった。

 一人だけいる、まだ追放されておらず、今戦える人物。


「魔獣を倒す方法、それは——」


 バニッシュさんは大きく息を吸い、その答えを高らかに口にする。



「俺自身を『追放』することだッッ!!」

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追放のスペシャリスト 〜俺が追放する奴はみんな成り上がる。『戻ってきてくれ』って言わなきゃダメですか?〜 鍋豚 @nbymnbt

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