第4話:衝撃と停電
「ジ……ジジー……これで放送を終わります」
不気味な言葉を残して終わった放送。「嵐がくるぞ」という御風様の声が頭の中で
「食事時なのだから、もっと気のきいた言葉が欲しかったわ」
「そうだねぇ。嵐がくる、なんてさ。私たちにはどうにも出来ないじゃん」
「でも、ちょっとわくわくしない?」
「……言っておくけど外出禁止だからね」
「釘を刺さなくたって分かっているわ。ねー、シェルタ」
「うん! 後で探検ごっこだね!」
「任せなさい!」
「ナターシャ……!」
「でも、アリアお姉ちゃん。他のみんなは遊びに行っちゃったよ?」
「え? いつ?」
「お姉ちゃんたちがお料理をしてる間!」
アリアが頭を抱えた。そういえば、走り回っていた子供たちがいつの間にか居なくなっている。呑気に放送を聞いている場合ではなかったのだ。
「本当にあの子たちは……まぁ、すぐに嵐が来るわけじゃないし後でナターシャと探しにいこっか」
子供たちの様子が気になりつつも、二人は料理を再開した。
○
街の頭上をドームがゆっくりと閉じていく。月明かりの森を迂回しようとしていたヌークポウだが、日没とともに近くの窪地で活動を停止した。窪地といっても、ヌークポウがあまりにも巨大すぎるため半分も隠れていない。申し訳程度の避難場所だ。
「私もさっさと帰らねーとな」
商業区を小走りに抜けるジャンク屋のリンベル。彼女は背中に大量の遺物を背負っており、入りきらない遺物がリュックの口元から飛び出ていた。
「おーい、リンベルじゃねーか! 久しぶりだな! 買っていかねーか!?」
「
「相変わらず失礼なやつだなぁ。うちはヌークポウに生まれてからずっと続けてきた店なんだ。そう簡単には潰れねーよ」
声をかけてきたのは以前にナターシャを呼び止めた肉屋の店主だ。名はフェルミ。大パイプの下、商業区の隅っこで様々な肉を売っている。本人
「おい、それ何の肉だ?」
「ローレンシア産の牛だぜ。こんな上物は滅多に入らねーよ。どうだ? 買わねーか?」
「ハッ、本当かよ。牛にしては随分と色がきたねーな」
「それ以上は黙りなリンベル。うちの肉にケチつけようってか? 商売人は信用が命! 俺は一つも嘘をついていないぜ!」
リンベルは胡乱な目を店主に向ける。確かに嘘は言っていないだろう。問題は、この色あせた肉が牛以外に何を混ぜているかだ。
(牛肉は二割……いや、一割ってとこか。残りは蛇肉か?)
何にせよ、買うという選択肢はありえない。リンベルは手をひらひらと揺らした。
「どう言われても買わねーよ」
「つれねーなぁ。この前もナターシャのやつに冷たくされてよぉ、俺は悲しいぜ。最近付き合い悪いぞってリンベルからも言ってくれよ」
「あいつがお前の店で買わないのは昔からだ。諦めて真面目に商売することだな」
「あぁ? 俺は昔から真面目だぜ?」
よく言うぜ、と少女がため息をこぼす。
「そっちは最近どうなんだ? ジャンク屋は繁盛しているのか?」
「全然ダメだ。やっぱり月明かりの森に近付くと稼ぎが悪くなるな」
「むしろ遺物だらけで稼ぎ放題じゃねーの?」
「確かにガラクタはどこに行っても転がっているが、同じぐらい結晶の数も多いんだ。命がいくつあっても足りねーよ。ほら、あそこの光が見えるか?」
リンベルは南西の空を見上げた。閉じかけたドームの向こうに、夜空を七色に染める光が見える。あれは月明かりの森から発せられる光だ。
「月光が森の結晶に反射しているんだ。空を染めるほどの結晶だぜ?」
「ほぇー、綺麗だな」
「あほぬかせ。あれだけの結晶が集まっているんだ。いくら私でも手を出せねーよ」
話は終わり。達者でな、と手を振って店を出た。
少し歩いてから振り返れば、偽肉屋は違う客に対して声をかけている。あれが彼なりの生き方なのだろう。他人を騙すような商売はとても誉められたことではないが、あの男もまた壊れた世界を生きるのに必死なのだ。
他人の生き方を馬鹿にしてはいけない。というよりも、大抵の人間は他人を馬鹿にできるほど立派に生きていない。自分だって灰かぶりのジャンク屋だ。街のルールを破って外に出ているのだから人のことは言えないだろう。
明かりが灯るパイプ道。路地を外れれば深い闇が口を開く。リンベルは軽い足取りで闇に消えた。
○
大鍋のふたを開けると、白い湯気が視界いっぱいに広がった。軽くすくって味見をしてみると、今までで一番上手くできたのではと思うぐらい美味しい。これは店に出せるのではないか。いや、出すべきだ。
「みんなはまだ帰ってこないのかしら。もうカレーができちゃったわ」
「遅いねぇ。どこまで遊びに行ったんだろう……あれ? シェルタは?」
ハッ、とアリアは息をのんだ。まさか料理に夢中になっている間に他の子供たちを探しに行ったのではないか。
「どっ、どうしようナターシャ。シェルタが居なくなっちゃった……」
「うーん……大丈夫じゃない? あの子なら複雑な船内でも迷わないだろうし、お腹が空いたら他のみんなも帰ってくると思うよ」
「……本当かな?」
「心配しないで。遅かったら私が迎えに行くから。さぁ、待っていても冷めちゃうから先に食べちゃおうよ」
「そう……うん、そうね。よし、切り替えよ! 私も食べる!」
きっと遊ぶのに夢中になっているのだ。疲れたらそのうち帰ってくるだろう。綺麗に磨いたお皿を用意し、ご飯を少なめに盛り付ける。この割合が大事なのだ。子供たちのために甘口で作ったから卵は必要ないだろう。
大好きな食材をたくさん入れたのだからきっと美味しいに決まっている。自分の分をついでから離れると、待ってましたと言わんばかりにアリアが飛びついた。えへえへ、と頬を緩ませながらお皿に盛っている。彼女は決まって大盛りだ。
(……うん?)
ふと、どこか遠くから、鉄を引っ掻いたような甲高い音が聞こえた。気のせいだろうか。硬いもの同士がぶつかったような、もしくはうめき声が風にのったような。嵐の夜だから気にするだけ無駄かもしれない。
ナターシャはそう思って意識を切り替えた。
――ドガンッ!!
「きゃっ!? なに!?」
突如、衝撃。つづけて轟音。
体が浮かぶほどの揺れだった。ナターシャは並外れたバランス感覚で両手に持っていたお皿を落とさずに支える。しかし、そんな芸当ができるのは彼女だけだ。
アリアは綺麗に盛り付けたお皿を手放してしまった。あっ、と言葉にならない声がもれる。放物線を描きながら飛んでいくカレーがひどくゆっくりに見えた。
ガシャン、と床に落ちるカレー。友人が作ってくれた大切なカレー。
「あぅ……」
がくりと肩を落とすアリア。楽しみにしていたのだ。久しぶりにナターシャの料理が食べられる。それだけでアリアは駆け足で船を走り回りたくなるほどワクワクしていた。
「落ち込まないでアリア。カレーはまだまだあるんだから」
「でも……」
――ブーッ、ブブー……。
アリアの言葉を遮るように、今度は明かりが消えた。アリアが怯えたように肩を震わせる。月明かりが差さないヌークポウにとっては室内の明かりが唯一の光源だ。それを失った食堂は深海のように暗い。
「さっきの揺れで電源が落ちたのかな。ここで待ってて。私がちょっと見てくるよ」
「一人で大丈夫?」
「問題ないわ。ここから管理室までは近いからね」
やがて非常用の照明に切り替わり、食堂が薄暗い雰囲気に包まれた。遠くから誰かの悲鳴が聞こえる。子供たちは怪我をしていないだろうか。もしくは暗闇で迷子になったりしないだろうか。
「お皿の破片が転がっているから明かりがつくまでじっとしていてね。すぐに戻るわ」
「気をつけてねナターシャ……」
不安げな友人に笑顔を返したあと、ナターシャは食堂を出た。
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