第2話:灰かぶりのジャンク屋

 

 移動都市ヌークポウ。それがこの街の名前だ。国と国を渡り歩く生きた街。背中には様々な人種・国籍の人間が住んでいる。ナターシャのような身よりのない子供も珍しくない。あえてヌークポウで暮らす物好きだっている。住む理由は人それぞれだ。


 街全体をドーム状の屋根で覆われており、夜風に吹かれないよう街を守ってくれる。夜が危険なのは街の共通認識だ。そのせいで、例えばヌークポウで生まれたアリアは夜空を見たことがない。ナターシャもこの街に来てからは空を見上げる回数が減った。見上げてもパイプと鉄くずしか見えないのだから。


 移動都市ヌークポウは大きく分けて三つの区域に分けられる。


 ナターシャが暮らす居住区。少しでも多くの人が住めるように所狭ところせましと家を建て、家が増えればパイプも増設され、結果として迷路のような居住区が形成された。壁一面が埋まるほど大量の水道管が設置されており、もはや家がパイプに埋まっているかのようだ。


 二つ目が設備区。貯水タンクや動力庫といったヌークポウの根幹部分が集まっているのがここだ。基本的には街の地下に形成されている。ちなみに、街と呼ばれるほど大きな船を動かしているのだから設備の数も膨大だ。居住区に負けず劣らずの迷路である。


「相変わらずの活気ね」


 そして三つ目が商業区。ヌークポウは貿易船の役割も果たしており、様々な国の商人が目を光らせながら集まってくる。人が集まれば交易が生まれ、金の流れは格差と夢を生む。ヌークポウで最も欲と熱気に包まれた場所だ。


「もうすぐ街に到着するから、それまでに売りさばきたいのかも。こうも人が多いと歩きにくいわ」


 居住区と違って商業区は明るい。無理に家を増やす必要がないからだ。ナターシャは人混みの間をすいすいと抜けた。道の両脇には様々な露店がある。売れない商人が鉄の床に敷物を広げ、道行く人々を必死に勧誘していた。


「へいナターシャ。いい肉が入ったんだ、寄っていってくれよ」

「しばらく料理はお休みなの」

「つれねぇなぁ。金は貯めたって仕方がないぜ? パァーっと使おうぜ、パァーっと!! そうだ、パーティーなんてどうだ!?」

「無駄を楽しめる時代は終わったわ。豊かな生活になったら呼んであげる」

「けっ、可愛げのねーガキだぜ」


 今日は金の無駄遣いをしに来たわけではない。とある知り合いの店に用があるのだ。肉屋の店主を適当にあしらった後、ナターシャは道を急いだ。


(……一体、何の肉なんだか)


 世界が壊れたこのご時世。店主が提示した価格はあまりにも安すぎた。動物の肉かどうかも怪しいものだ。


 その後もナターシャに声をかける者は多かった。ナターシャが急いでいるのは見て分かるはずだが、彼らはお構いなしに呼び掛けてくる。もしかして嫌がらせだろうか。「人気者はつらい」とナターシャは泣いた。


「はぁい、ナターシャ。金が足りないって聞いたわよ。どう? うちで働かない?」

「……子供にどんな仕事をさせようとしているのよ」

「あなたぐらいの年齢は人気よ? それに……」


 派手な女がナターシャの腰に手を回した。あっという間に抱きつかれているのだから恐ろしい。


「子供っていうなら腰に刺している鉄の塊は何かしらぁ?」

「客を詮索するのは良くないわ。商売は信用が命でしょ?」

「ナターシャは従業員候補だから大丈夫よ。うちは繁盛しているし」

「私がいつ従業員になったのさ……ほら離して。急いでいるの」

「ちょっとした冗談じゃない、もぅ……」


 もぅ、はこっちの言葉だ。なおも離れようとしない女を無理やり引き剥がすと、彼女は名残惜しそうに手を振った。


「気が向いたらまた来てねー!」


 誰がいくもんか。ナターシャの小さな呟きは雑踏に消える。


 その後もナターシャは目的地を目指した。商業区を右へ、左へ。人ごみに押されながら薄暗い繁華街を抜け、崩れかけのパイプをくぐり、錆びついたドアを開けて階段を降りる。意味もなく光る看板がナターシャを歓迎した。細い路地を抜けてもう一つ階段を下がり、その途中にある古びた店の扉を開けた。


 ここが本日の目的、灰かぶりのジャンク屋だ。長く店を空けていたのだろう、店内に入ると同時に大量の埃が舞った。店というよりは物置小屋に近い有り様である。

 灰かぶりのジャンク屋はその名の通り、街の外に転がる遺物ジャンク品を修理して売っている。武器や弾の調達、整備も担っており、ナターシャが街一番の腕前だと褒めるほどの整備士だ。欠点は滅多に店を開けないこと。故に、嫌味を込めて灰かぶりと呼んでいる。


「ケホッ、けほ……いつ来ても埃まみれね、ここは」

「しょうがないだろ? 普段は店にいることの方が少ないんだ。私の活動場所はヌークポウの外だからな」

「そのせいで客が少ないんでしょ。開いていないことの方が多い店なんてどうかしているわ」

「私は客を選ぶ。気に入ったやつにだけ物を売る。だから有象無象はうちの存在すら知らないさ。まさに、知る人ぞ知る名店、てな」


 店の奥からぬっ、と現れたのは、だぼだぼの服を着た少女だ。彼女がジャンク屋の店主・リンベルである。船が活動を停止する夜の間に、街の外で遺物を漁るのが生業だ。彼女が来ている作業服も遺物の一つであるらしく、頭まですっぽりと被れば夜の結晶風も平気らしい。


「それでどうした? 銃が壊れたか?」

「壊れたのは消音器の方。おかげで練習ができないの」

「はぁ? もう壊れたのか? 前に直したばっかりだろ……まさか、お前に売った弾薬も全て撃っちまったのか?」

「うん、もちろん」


 得意げな顔で「当たり前でしょ?」と言うナターシャに、店主は呆れた顔をした。


「弾ぐらい外に行けばいくらでも転がっているけどよ、さすがに早すぎるだろ」

「不思議よね。いつの間にか弾が無くなっているの」

「不思議なのはお前の頭だよ。まぁ、私にとってはありがたい顧客だけどな。これからも贔屓ひいきにしてくれ」


 ナターシャは腰に刺していた愛銃を机に置いた。リンベルが先端部分を確かめてみると、ナターシャの言うとおり消音器が壊れている。リンベルは不可解そうに唇を曲げた。粗末品を渡したつもりはないのだが、一体どんな使い方をしたのだか。


「練習はいいけど気をつけろよー? ヌークポウ内での発砲は禁止されている。見つかれば一発でお縄だぜ」

「もしかして心配してくれているの?」

「お前が見つかれば芋づる式で私も危ないんだよ。心配なのは自分の身だ」

「薄情者め」

「何とでもいいな。持ちつ持たれつは素敵な関係だが、それで道連れにされたら世話がない。最後は我が身が大事なのさ。ヌークポウってのはそういう街だぜ」


 棚を漁っていたリンベルが器具を引き抜いた。同時に崩れ落ちる古代の遺物たち。そんな扱いでいいのかと思わなくもないが、あの扱いから察するに、乱雑に置かれたものは使えなくなったガラクタなのだろう。ナターシャはそれなりに遺物となった兵器を見てきたが、店内に放置された遺物は初めてみるものばかりだった。


 リンベルは取り出した消音器を指で弾いたり、耳元で振ったりしながら「こいつはまだ生きているか……」と呟いている。


「外の様子はどう?」

「あと二日ほどで森にぶつかるな。前に来たときよりも広がっているから、大きく迂回が必要そうだ」

「月明かりの森ね。ちなみに、リンベルは森に入ったことがあるの?」

「流石にないぜ。あそこは禁足地として指定されているし、結晶きが多いから近寄りたくないんだ」


 結晶憑きとは、生きたまま結晶に飲まれてしまい、死ぬこともできずに彷徨さまよう成れの果てだ。結晶に飲まれた人間が全て結晶憑きになるわけではないが、大抵の場合は脳から先に結晶化して正気を失ってしまう。

 空っぽの脳は結晶を生むのに丁度いいのだ。ナターシャは勝手にそう解釈していた。


「ナターシャはなぜこの辺りに遺物がたくさん転がっていると思う?」

「戦争があったからでしょ?」

「その通り。まだ国が隣接していた頃の話だ。世界のどこかで絶えず戦争が起きていた。考え方の違いや価値観の違いによって、大人が本気で喧嘩をした……まっ、国と国が潰しあっていたら、先に世界が潰れたんだから笑っちまうぜ」

「それと結晶憑きがどう関係あるの?」


 ナターシャの愛銃を手際よく整備するリンベル。ナターシャはその姿を興味深そうに見つめた。自分の相棒が調整される瞬間は何度見ても面白い。


「戦争が終わり、行き場を失った浮浪者ジャンカーが、結晶憑きになってもなお、戦争の残り香に惹かれてしまう。だから遺物の墓場であるこの場所へ集まるんだ」

浮浪者ジャンカーっていうなら、あなたが回収してあげたらいいじゃない」

「冗談きついぜ。私の回収対象はジャンク品であって、完全に壊れちまったゴミをジャンクとは呼ばないんだよ」


 ナターシャは「手厳しいわね」と呟きながら愛銃を見つめた。彼女にとっては結晶憑きの成り立ちよりも相棒の方が大事なのだ。リンベルが調整を終えた銃を手渡すと、ナターシャの表情がパァーッと華やいだ。


「終わったぜ。次はもっと大事に扱ってやれ」

「ありがとうリンベル。いつも助かっているよ」

「弾も買ってくか?」

「たくさん買ったらまけてくれる?」

「それなら遺物の一つでも買っていきな。まとめて安く売ってやるよ」

「ガラクタはいらないわ」


 リンベルは「確かにガラクタだけどよ」と肩をすくめた。いかに強力な兵器も使い方が分からないければ鉄くずと変わらない。リンベルが空の薬莢やっきょうを放り投げた。ガラクタの一つにぶつかって空虚な音を響かせる。


「じゃあ代わりにこれをやるよ」

「イヤリングかしら?」

「遺物の中から見つけたんだ。ガラクタに眠る宝石ってのも綺麗だろ。飾り気のないお前に餞別だぜ」

「珍しく粋なことをしてくれるじゃない。ありがたく貰うわ。代金はここに置いておくね」


 ナターシャは整備代と弾代を渡して店を出た。パイプだらけで空も見えないが、そろそろ日が暮れる頃だろう。ドームがゆっくりと閉じる光景が目に浮かんだ。


「なぁ、ナターシャ!」


 階段を登りかけたナターシャに声がかかる。振り返ると、大きなポケットに両手を入れたリンベルがこっちを向いている。


「もしもお前が結晶憑きになったら、その時は私が回収してやるよ!」

「壊れたゴミは要らないんじゃなかったの?」

「お前みたいなやつは壊れたって面白い。私なりの愛情表現ってわけさ!」

「ひねくれた愛をどーもね!」


 灰かぶりのジャンク屋は上機嫌で戻っていった。「誰が回収されてやるものか」とナターシャは口を曲げながら階段を登った。



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