ヴィルゴ領内 ~ 城郭都市ヴィルゴ
――お酒飲める?
――余り
――じゃあ飲もう
――答え、聞かないんすね
――ウフフッ。実はもうあるのよ。
――飲兵衛
――いいじゃない?1人より2人よ
※※※
――城郭都市ヴィルゴ
あぁ、また昔の夢を見た。それもこれも二日酔いのせいだ。港町アルレシャを出発し、途中にある2つの都市"フム・アル・サマカー"と"レーヴァティ "という名前の都市を恙なく抜け、その後も順調に旅を続けた甲斐あってか予定通り最短5日で最終目的地であるヴィルゴに到着したのはもう昨日の話だったような気がする。記憶が妙に曖昧なのは都市に着けば先ず酒、仕事終わりに酒、野宿の時は焚火を囲んで酒、とにかく酒、酒、酒……と、それ以外に無いのかというレベルで振る舞われて記憶が無いから。しかも昨日は更に多かった。
※※※
『コレ、ウチで作ってる酒っす。』
『さぁ飲め飲め。美味いぞ?』
『勿論っす。俺達、とにかく栄養補給が第一だって考え方してるもんで。だから酒にもその一面が出てるんすよ。』
飲兵衛のアイオライトが毎日毎度の如く俺に酒を勧る光景を見たジャスパーまでもが俺に酒を勧めてきた。何処かへ何かを取りに一旦姿を消し、戻って来たジャスパーが簡潔な説明と共に差し出したのは見た目だけならばおおよそ酒と呼べない何か。無色透明の液体の中に大量の果肉を追加した様に見えるソレは殆どドロドロの液体だった。コレが酒なのか、世界は広いな。
『酒とか食い物ってその土地の考え方や生き方ってのが強く出るだろ?オークって昔は結構厳しい環境で生きててさ、だから当時は略奪とかにも手を染めてた訳だけど、なんやかんやで一緒に暮らすようになって。で、そうする中で昔の野蛮な考えと今の合理的な考えが組み合わさって出来たのがこの酒って訳さ。』
『そうっす。値段だけみりゃあただの安酒ですがね、でもコイツには俺達が積み重ねた歴史とか記憶とかそう言う見えないモンが詰まってるんです。しかもこれ、ウチの妹が作ったんすよ。この辺でも人気の絶品なんで是非、是非ッ!!』
アイオライトが得意げに補足を入れるとジャスパーは頷きながら更に顔を近づけてきた。部族の記憶や歴史が詰まってる、か。良い事をいうな。が、分かったから濃い顔を近づけないでくれ、暑苦しい。
と、まぁ半ば強引に勧められて飲んだ訳だけど、コレがドロッとした見た目とは違って意外と美味しかった。酒と一緒に甘い果実を食べているという、見た目通りの食感やのど越しではあるのだけど、アルコールと果実の甘さが丁度良い感じで混ざっている。酒と言われたら賛否分かれるが、成程これなら確かにこの周辺で人気という話も頷ける。
『でしょ?でしょ?さぁさぁもう一杯。』
『待て待て、次はコッチだ。』
君達さぁ……あぁ、隣のエリーナが露骨に不快な顔をし始めた。駄目だコレ、早々に引き上げないと……と行動に移した頃にはもう遅い。適度に酔いが回った
※※※
ヴィルゴに到着した夜の事を思い出せば結構最悪だったが、コチラの想定以上に早く到着してしまった気の緩みもあったんだろうと思う。何せあっという間だった。ジャスパーとジルコンが早馬を用意してくれただけに止まらず、護衛として常に目を光らせてくれたお陰でトラブルらしいトラブルはなし。
やはり厳つい見た目のオークが護衛に立つというのは略奪者側から見ると相当に躊躇するらしい。そりゃあ筋骨隆々でアチコチに部族の証である入れ墨まで彫っている厳つい連中が四六時中近寄ろうとさえ思わせない位に凄まじい威圧感を放っているだけに止まらず、今回に限れば族長ジルコンが付き添っているという事実が一番大きい。
この名を聞いただけで大抵のゴロツキや野党崩れの連中はそそくさと引き上げる程度にその名は通っているらしく、本当に問題の1つさえ起らなかった。アイオライト曰く、"大抵は大小の差はあれど何らかのトラブルに巻き込まれる"と言っていた辺り、同行してくれたジルコンの影響力の大きさが窺い知れる。
そういった功績を考えれば彼等からの酒を断るのはどうにも忍びなく、だから安全な旅と引き換えに連日二日酔い寸前まで飲まされる訳で……だからこんな酷い有様でも現状に何の問題もない。
しかも目下最大の問題の二日酔いも恐らく異能の種の影響により軽減されているみたいで、地球にいた時と同じかそれ以上に飲んでもソコまで後を引く辛さを感じないのが幸いだ。しかし気になるのは、俺はともかくアイオライトもジルコン達も相当に飲んでいる筈なのに全くそんな影響を見せないところ。
『じゃあ会議終わるまで俺達ココに居ますんで、何かあったら遠慮なく呼んでください。』
『あぁ。有難う。ジルコンにもよろしく伝えておいてくれ。』
『オス。アイオスの兄貴。それじゃあ兄貴、また後で!!』
『じゃあ俺は庁舎に顔出してくるから、夜までには体調治しとけよー。』
俺の部屋の扉の向こうから元気な声と遠ざかる足音が幾つも聞こえた。昨日、俺と同じかそれ以上に飲んでいたジャスパーもアイオライトも、二日酔いなんて知らぬ存ぜぬとばかりに振る舞う。頭痛と軽い酩酊感にが残る俺もそうだが、昨日酔っ払いに絡まれしこたま飲まされたアクアマリンは完全にダウンしているというのに随分とタフだなぁ。
『聞こえるかー?』
なんで部屋の中から声が聞こえるんですかね?嫌な予感に頭まで被っていた毛布を取っ払うと、ソコにはもう当たり前のように俺の部屋で寛ぐシトリン(カスター大陸のすがた)もといエリーナ。俺と目があった彼女は"よぅ"と気兼ねない挨拶をすると同時に透明なコップに入った乳白色の飲み物をベッド横の机に置いた。
触るととても冷たい。恐らく俺が起きるまで冷やしていたか、あるいは持ってきてからそこまで時間が経っていないのか。なんにせよ手に伝わる冷気にエリーナの労わりを感じた俺は、ソレをグイっと飲み干した。でも、受け取っておいて今更だけどコレは何?
『豆を煮詰めて作った飲み物に果物を混ぜたヤツ。二日酔いに効くぞ。』
有難い。子供の姿になってもこういた部分に気が回るのはやはり長姉として苦労してきたからだろうか。もしや、今はっちゃけてるのは手間がかかる妹達(特にアメジスト)がいないからなのか?そう考えれば今まで300年近く苦労してきたんだろうな、と酷く同情してしまった。
『後はコレも飲むと良い。』
そう言って次に手渡されたのは粉末状の薬。口に流し込めば程よい苦みから来る不快感が舌から脳へと伝わる。成程、この懐かしい感覚は整腸薬とか胃腸薬の類が近い。この世界にも漢方薬みたいなモノがあるんだなと、奇妙な類似点から地球で味わった懐かしい苦みを思い出しつつも粉薬を全部口に含んだ直後……
『あぁ、それな。精力剤……って汚い!!それに勿体ない、吐き出すな飲みこめッ!!』
いいや無理だね、俺は勢いよくソレを噴き出した。
「何考えてるんだ!!」
口調が強くなるのは当然。ソレは少なくとも朝っぱらから渡していいブツじゃない。
『え?何って、何が?』
が、ソレに対するエリーナの反応がコレですよ。君、なんで俺の方がおかしいみたいな反応するんですかね。いや……もしかしてコレも体調が良くなるからと貰って来たのか?
『え?いやだって夫婦だし?』
ちょっとでも同情した俺が馬鹿だったよ。君は朝っぱらからナニをするつもりだったんだい?
『時間帯がどうだとか、私はそんな些細なことは気にしないぞ?』
いやもっと大きなことを気にしようよ君はさぁ。と、何時もの如くそんな常識的なツッコミが頭を過るが、同時に多分今の彼女に説教しても無駄なのだろうという話を思い出した。アイオライト曰く、300年以上生きたシトリンという魂には経験の蓄積により育まれた性格と知識、そして何より俺との
アメジストが派手に破壊した島の環境を復活させる為に使用した創造の魔導という力の影響により破損した肉体が復活するまでの間、魂を保管してく為に用意した仮の入れ物がエリーナ。本来ならば魂と肉体の力関係は魂側が強いらしいが、創造魔導行使による疲弊と、その魔導によって作られた強靭な肉体という二つの要素により魂と肉体のバランスが逆転しているのが今の状態。
そう言えば、憑依とか地球で言う狐憑きみたいな状態も魂の力関係が強いことが関係していると言っていたな。強力な魂の欠片が何かの切っ掛けで別の肉体に入り込み、操る。魂とは、本来ならばそれ位に強いのだそうだ。
つまるところエリーナとシトリンは魂こそ同じだが微妙に違う個体であり、そう言う訳だからシトリンとしての性格に期待して説得しても無意味。と、いう事は彼女が戻らない限り今後もいい様に扱われるのは確定しているという事だ。何よりエリーナの護衛を買って出ている以上、逃げる訳にもいかない。
『仕方ないなァ。じゃあ仕事を済ませに中央会議場に行ってくるからな。元気になったら外に出ても良いが、余り無茶はするなよ旦那様。それから金も渡しておく。ある程度の知識は教えたけど、でも最低限度だから場合によっては面倒なトラブルに巻き込まれる可能性もあるから気をつけるんだぞ。最後、夜までにはちゃあんと帰ってくるのも忘れずにな?』
エリーナはそう言うと小悪魔ッぽい笑みを浮かべながら部屋から出ていった……かと思えばUターンして俺の元に戻ってくると額に軽く口づけをした。その顔に先ほどまでの笑みは無く、頬は上気し目は潤んでいる。何故?
『え?続き?仕方ないなぁ……』
「何も続いていないから、はよ仕事行ってきなさい。」
これ以上は色々マズいと判断した俺は即断でツッコミを入れた。俺はあと何回彼女にツッコミを入れ続ければいいんだろうか……
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