城郭都市ヴィルゴ ~ 不穏
子供っぽいエリーナを見送った後、手持無沙汰になった俺は何をするでもなく外に出た。流石に室内に興味関心を引くような物はなかったし、正直暇でしょうがなかったという理由が大きい。それにここは治安も良いらしい。なら滅多なことではトラブルにならないだろうし、何より昨日到着した頃には既に夕暮れを過ぎ空に星が輝き始めた頃合い。詰まるところ都市の全景を見ていなかった。
周囲を見回せばハイペリオンかそれ以上に清潔で清掃も行き届いている。家屋は等間隔で並び、ココに来るまでに見た乱雑な造りはしておらず、どれもこれも綺麗だ。木製、石造、色々あるが、さながら中世から近世の世界そのままに、清潔さだけが現代と同レベルらしい。
まぁ当然の話だ。都市の外は魔獣などの危険生物の他にも都市から逃げ出した犯罪者が跋扈する危険地帯な訳で、一般市民目線から見れば都市の治安以上に衛生面の維持は必須だ。何せ汚れて病気が大発生したとしても、"じゃあ隣の街まで逃げよう"という手段を取るには離れすぎ危険すぎる。
清潔であるという事は良いことだけど、この世界に限れば逃げ場が何処にも無いという意味でもあって、そういう視点から見ると綺麗な街並みというのは恐怖の裏返しの様に思えた。
『お客様。』
声が聞こえた。表通りにはソコソコに人がいるが、誰もが何処かへと向かっているから俺を呼んでいるようには見えない。時刻は分からないが、恒星が真上に来ていないところから見ればまだ昼前。カフェなどのドリンクを提供する店は辛うじて開いているがレストランなどはまだ準備中、良い匂いが漂ってくるが客引きの姿もメニューの看板も見えない。気のせいか?
『お客様。』
また声だ。だけど今度ははっきりと分かった。綺麗な街並みの影、表通りから一歩外れた裏通りからフードを目深にかぶった誰かがジッと俺を見つめていた。視線が重なれば、笑みを浮かべた唇に引かれた口紅に目が吸い寄せられる。どうやら女のようだ……が、怪しい。この世界に来てからコッチ、ずっと女難続きだった俺の中の何かが訴えかける。
※※※
怪しいとは思いつつも、最終的に女を無視できなかった俺は案内されるままに裏通りを歩き続けた。店と店の間の狭い通路、曲がりくねった裏道、大人1人が辛うじて通れる程度に狭い階段、ところどころで水路工事をやっているせいで妙に通り辛い場所を通らされたが、その末に漸く目的地に到着した。俺の目に入ったのは通路の袋小路に置かれた小さな机で、更にソコには水晶や見慣れない何枚かのカードが置かれている。どうやら占い師みたいだ。占いは余り信じない性格だけど、こんな魔法万能の世界の占いとなれば俺達の世界とは違うかもしれないという期待も僅かながらにある。
『うふふ。お客様、遠くからわざわざいらっしゃったんですね。』
「わかるのか?」
『その程度は。だってアチコチ珍しそうにキョロキョロしていましたから。でもそれ、直ぐにやめた方が良いですよ。治安が良いとっても他人を騙そうとする連中は何処にだっているものですから。』
「そうですか。でもそれってアナタにもいえるんじゃ?」
ちょっと嫌味っぽかっただろうか?とは言え、こんな人通りが絶無の場所に店を構えるなんてどう考えても怪しい。
『ウフフ。では今日のところはサービスさせて頂きますよ。』
女は俺の言葉を軽やかに交わしながら会話を続ける。サービスというならばタダで占って貰えるのか?
「ただって、そっちの方が怪しいよ。タダより高い物はないってのは俺の
『まぁまぁ、お気になさらずに。さて、貴方……会いたい方がいらっしゃいますね?』
またも軽やかに交わされた。女は俺の嫌味に対し微塵も動揺しないまま、更に会話の主導権を握った。だけど、よくある常套句だ。田舎から来た旅行者と思っているなら故郷に会いたい人が居ると考えても不自然じゃない。だから"会いたい方"なんて抽象的な物言いをして、具体的な名前や関係性に言及しない。
『おや……貴方、不思議な方ですねぇ。貴方には複数の
4本?4姉妹の事か?まだ何も話していないのに4姉妹との関係を言い当てるなんて有り得ない。この占い師は本物なのか、そう驚く俺を他所に彼女は言葉を続ける。
『そうですねぇ。だけど貴方、ちょっと絡まり過ぎていて正確な本数が分からないんですよ。でも……一際強く太い糸が見えます。それは4本の糸とは違っていて……とても、とても遠い場所から繋がっていますね。どうやら貴方は本当に数奇な運命にあるようです。貴方には幾つもの糸が絡まっていますが、その中でも一番強い糸が貴方を手繰り寄せようとしています。そして、その糸はやがて別の世界からこちらの世界にやってくると、占いにはそう出ています。そして、貴方もその糸に手繰り寄せられたいとそう思っていますね?』
その単語に俺は驚いた。別の世界。この占い師、俺が異世界から転移してきたのを言い当てたぞ。異世界からの転移という出鱈目な手段でこの世界に来たという事実を誰にも信じて貰えないと判断したからこそ、エリーナは俺を(問答無用で)夫に仕立てる事でこの世界での俺の立場を漸く作れたのに。何も語れない俺を他所に占い師はさらに畳み掛ける。
『さて、ここから先は商売のお話になります。もし私の言葉が貴方の心境を言い当てていたのならば、運命の糸を自らの元に手繰り寄せたくはないですか?』
「出来るのか?」
俺の問いかけに占い師は微笑んだ。そんな事、本当にできるのか?
『勿論。但し、別の世界なんて想像していなかったので相当に準備が必要になりますがね。』
「そんなに持っていないぞ?」
『分かっております。なので先ずは貴方の意志を確認したい。異世界の糸を断ち切り元の世界に戻りたいか否か、教えてくださいますか?』
正直なところ、半信半疑だった。が、俺の疑問に占い師は淀みなく回答した。異世界を選ぶか地球に戻るか。少なくとも何れかを選択する日が来るならば、ソレはあの4姉妹に伝える時だと考えていたのに、その機会がまさかこんな場所で巡ってくるとは思わなかった。
『さぁ。』
占い師が急かす声が聞こえた。俺は……
※※※
次に気が付いた時はベッドの上だった。
『オイ大丈夫か?』
大声に驚いた俺が反射的に声の方向を見ると、ソコにはアイオライトの顔があった。その表情は酷く心配していたようだったが、俺と目を合わせて無事を確認すると、何時もの穏やかさを取り戻した。
『君は今まで何処で何をしていたんだ?』
その顔に強引な形でエリーナが割り込んで来た。彼女は俺が目を覚まして以降も心配そな表情を一切変えない。どうやら相当心配させてしまったみたいだ。
「ゴメン。ところで、何処だココ?」
『酔っぱらってるわけじゃないよな?都市が管理する宿泊施設だよ。で、ココはお前の部屋。』
未だ自分の身に何が起こったか理解できない俺の質問に、アイオライトは半ば呆れたように答えた。
『兄貴ッ大丈夫ですかい?いやぁ心配しましたよ、いきなり姿が見えなくなったってエリーナのねぇさんが必死になるもんで!!』
ジャスパーまでいる。どうやら俺を探す為にオーク達にも声を掛けたようだ。彼等にも随分と迷惑をかけてしまった。
『そうよ。ところでどこ行ってらしたのです?何時まで経っても戻ってこないから心配になってアチコチ探したのに、疲れて部屋に戻ってきたら寝てるから驚きましたよ。』
アクアマリンもいる。彼女は外とは違って呆れ気味だが、心なしか少し息が上がっているように見えた。恐らく彼女もアチコチ走り回っていたのだろう。
「ゴメン。なんか迷惑掛けちゃって。でも……おかしいな。占い師の話辺りからどうも記憶が……」
そう。何故か分からないが占い師と話した以降の記憶がプッツリと途絶えている。一体何を話したのか、その後どんな経緯でココに戻って来たのかも含めた何もかもが完全に喪失している。
『占い師?詐欺られてないよな?金とか大事な物はちゃんとあるか?』
確かにその可能性は考えなかった。金は……確認したが全く減っていないし、それ以外にも特に無くなったものはない。というかロクな物を持っていないのだけれど。高価な物と言えば、精々護身用の短剣位だ。
『そうか。まぁ無事ならソレで何よりだ。』
『そうだな。身体の方にも異常はなさそうだし。記憶が曖昧なところが気になるが、しかし記憶喪失中のことを知ろうと思ったら転写の魔法陣があるハイペリオンに戻らないとなぁ。』
『流石にソレは持ってきてませんからね。』
エリーナとアクアマリンがさも当然の様に言っているが、持ってこれるんだ?運べるんだ?
『同じ機能を持った簡易式の魔法陣を展開する道具があります。使い切りですが、その代わりに効果は折り紙付きですよ。』
『何なら
相変わらず細かい部分にまで気が回るな、アイオライトは。本当に感謝しきりだし、申し訳なさで胸が痛くなる。
『頼むぞアイオス。早ければ2,3日で君の失った記憶についても分かるだろう。が、浮気だったら覚悟してもらうぞ?』
エリーナは前半部分は感謝したいけど後半は冗談だよね?と、思っていたのだがどうやら本気でそう考えているらしい。目が怖い。
『あぁ。で、明日から会議開催までは俺達と行動を共にしよう。ナギ君が狙われる理由なんて思いつかないけど、
『そうですね。なら俺達も協力しますぜ。』
一緒に行動と、そう濁してはいるが護衛だろうな。確かに俺が狙われる理由なんて思いつかないし、アイオライトの予測も間違っているとは思えない。要求を突っぱねる理由も特にないし、アイオライトとジャスパーには悪いが……
『駄目じゃ!!夫婦水らずの邪魔をするな。』
『『『えぇ……』』』
と、ソコでエリーナが即断で否定した。全員が呆れて彼女を見るが、本人は頑として考えを変えるつもりが無く、このまま仮初の夫婦という関係をごり押しするつもりらしい。どうしちゃったの?なんで子供になるとそんな性格になるの?アメジストのあの性格ってもしかして血筋なの?いずれアナタもああなっちゃうの?俺、凄く心配です。
『俺は別に構わんが、だが流石に目立つから方々で夫婦って喚き散らすのはなしだぞ。』
後半には同意しますが前半はどういうこと?アイオライトさん……お願い、俺の目を見て?
『駄目!!』
エリーナはやはり即断で否定した。もはや駄々を捏ねる子供だ……嘘です、素敵な女性の間違いでした。だから怒らないで、機嫌直して?
『お前なぁ。移動許可申請を出した時に何度も何度も本当?って聞かれたの忘れたのか?それにお前、自分が相当な有名人だって忘れてるだろ?今のところ市民側にまでは知られていない様だけど、バレたら今まで通りとはいかないぞ?』
『構わんよ。』
『いや、構えよ。ナギ君、このままじゃあ幼児性愛者の汚名被りまくりだぞ?』
『構わんよ。』
いや、構ってよ。ねぇ頼むから2人とも俺の目を見て話そう?
『俺も兄貴が納得してるなら何も言いませんが……でも、どの世界でも子供に手ぇ出すのは最低のクソ野郎ってのは常識ですよ?一時的な姿だってのは俺達知ってますが、でも知らない連中から見たら確かに勘違いされちまうでしょうね。で、悪い噂ってのは広まるのが早いモンですから、用心するに越したことはありませんよ。エリーナのねぇさん。』
ジャスパー君、意外と冷静に物事判断できるじゃない?ならなんであの時、俺に突っかかったの?と、まぁその後も喧々囂々の意見交換が狭い部屋の中で交わされ、何時の間にかワイワイと騒然としだし、最終的に周囲の宿泊客から怒られた辺りで一旦今日のところはお開きとなった。
静かになった部屋で天井を見ながら今日の出来事を思い出せば、確かに占い師の話辺りからどうにも記憶があやふやだ。だけどそれ以上に気になったのは……
『異世界の糸を断ち切り元の世界に戻りたいか否か、教えてくださいますか?』
ふと思い出したその言葉だけが妙に俺の中に残った。俺は……一体なんて答えたんだ?どうして思い出せないんだ?俺に一体何が……ソレよりも何よりも……
『さぁ、じゃあ寝ようかの。』
エリーナさぁ。なんで当たり前の様に一緒のベッドに入ってくるんです?ってもう寝ちゃったよ。考える暇も思い出す暇もないねコレは……
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