港町アルレシャ ~ 決闘
不幸は誰であろうが何時であろうが容赦なく牙を剥くもので……
『じゃあ迷わず天国に行けるよう祈れよ人間、覚悟は出来たかァ!!』
ただ歩いて港町から出ようとしていただけの俺はいきなり因縁を付けられた訳ですが、一体前世で何したら新天地で売られそうになった喧嘩があれよあれよという間に決闘にバージョンアップするのさ……
『では勝負を始めよう。だがジャスパー、どんな理由であれコレは部族の掟に則った決闘だ。負けてルールを破るようならば……分かっているな?』
『俺ァ大丈夫だよジルコンの兄貴。そんなに根性腐ってねぇよ。』
俺は大丈夫じゃない。後、お前は腐ってないけどひん曲がってるぞ。しかしどうする?勢いで勝負受けちゃったけど、コレ勝ち負け以前に生き残れるか?身長は俺よりも遥かに高く、鍛えた体は巨木の様にどっしりとしているのに、ソレでいて目は酷く冷静だ。獣だとかその辺のチンピラみたいな雰囲気を感じない。オークという種族らしいが、かなり好戦的な割に戦闘となればとても冷静の様で、まるで戦うために生まれた種族と説明されても違和感がない。
『客人。僭越ながらオレから1つだけ助言を。勝負は最初の一撃で決めるつもりでいけ。真っ直ぐ突進して拳を振りぬく、ソレだけ考えれば良い。君ならできるさ。』
いざ勝負が始まるという直前、背後から助言が聞こえた。背後を見れば何時の間にジルコンの大きな顔が見えた。アドバイスを寄越してくれたのは有難いけど、この人は俺を助けたいのか殺したいのかどっちなんだろう?いや、その目とか態度とか言葉つきから見れば助けたいんだろうけど……ええい。もう後はなるように成れ、だ。始まってしまえばもう逃げるなんて出来ない。なら助言通り、一撃で決める!!
『では、始めッ!!』
ジルコンが叫ぶと同時、周囲をぐるりと取り囲んだ野次馬が怒号に近い歓声が上がり、またその声に惹かれるように更に野次馬が集まる。周囲は完全に人だかりが作る壁に取り囲まれ逃げ場は何処にも無い。そんな状況が作り出す熱に興奮したジャスパーは、戦闘開始の合図を聞きながらもその場から一歩として動かず、ひたすらに俺を挑発し続けた。
『ほらほら、坊ちゃん歩けるかァ?あんよが上手ってなァ。それとも震えて動けねぇか?』
無言の俺と余裕で挑発するジャスパーという対立構図。この状況を見れば誰だって同じことを考える、周囲の人間はジャスパーの勝利を信じて疑わっていない。誰もが彼の言葉に同調するかのように俺を挑発する。
『ホラ、来いよッ。特別に一発だけ殴らせてやるからよォ。オラオラ、どうしたァ!!』
あぁそうかい。ならやってやるさ。思い出せ……数日前、森の中を我武者羅に駆け抜けたあの時を。やることはシンプルに、何も考えず全力で走って、殴る。俺は相も変わらず挑発するジャスパーを睨みつけると、目一杯足に力を入れて石畳を蹴った。あの時、数日前にアメジストを抱えて森を走り抜けた時の同じ感触が肌と足から伝わる。そして思い切り拳を振りぬくと……
『オラ?どうしべぶらぶぼおおおおおおぉぉぉぉーーーー!!』
次の瞬間に聞こえたのは意味不明な叫びとドップラー効果の如く遠くに消えゆく声。勝負は呆気なく終わった。俺の一撃を受けたジャスパーは面白い様に吹っ飛ぶと、あっという間に魔法陣を飛び越え、その向こうで囃し立てていた人だかりを吹き飛ばしながら奥に広がる青い海の中に消えていった。
ドボンッ……誰もが理解不能な光景を目で追い、その音が聞こえても尚呆然としていた。
『あれ?』
『は?』
『え、嘘でしょ?』
誰もがポカンと眺めていた。オーク達は言わずもがな、俺をけしかけたジルコンもそうだしアクアマリンも絶句していたが、何より俺自身が一番驚いていた。が、すぐさま方々から驚嘆や怨嗟の声に混じる様に賭けに負けただの勝っただのと言った叫びがない交ぜになって聞こえ始め、最終的には圧倒的な怒号となって俺を攻め立てる。どうやら大半が賭けに負けたらしい……ってソレを俺に怒鳴られても知らんがな。
『っと、いかんな。このままじゃあアイツ死んじまう。オイ、誰か助けてやれ。』
『ハ、ハイ兄貴!!』
暫しの後、正常な思考を取り戻したジルコンの言葉にいち早く反応したオークの女性が急いで海に飛び込んでいった。残りは相も変わらず怒りに任せて声を上げたり俺をジッと睨みつけているが……ゴメン、何か俺も予想外なんでそう責められても困るんですが。
『オイオイオイちょっとまてやァ!!』
『テメェ、ジャスパーに何してんだゴルァ!!』
と、そんな風に呆けいる余裕もなくなったみたいだ。相も変わらず俺を責める怒号の中に俺への明確な敵意を含んだ言葉が混じり始めた。声の方向を見ると、もはやお約束と言わんばかりに一部の血気盛んなオークが殺気立たせながら俺の元へと向かって来るのが見えた。
『先ずは客人、おめでとう。それからお前等、何をするつもりか知らんが今すぐ止めろ。それでもと言うならば俺が相手だ。』
が、俺とオーク達の間に仁王立ちしたジルコンが睨みを利かせれば、その目を見たオーク達は一様に震えあがるとその場から一斉に後ずさった。直後、ザパンと海から何かが引き上げられる音が聞こえた。オークの女性がジャスパーを抱えて海から上がって来たみたいだ。しかし、誰もが数秒前まで相手を見下していた男の今の顔を見て絶句した。完全に白目をむいている。やべぇ。俺も絶句した。
『大丈夫だよ客人。あの程度じゃ死にやしないよ。ま、1日位は動けないだろうけどな。ソレに若くて鼻っ柱伸びたヤツは適度に折ってやらないと正しく精神が育たないんだ。だからアレで良いよ。君はよくやった。それから我儘を聞いてくれた礼だ。今夜の飯と宿代は俺が奢ろう。』
ジャスパーとは別の意味で顔面蒼白になっていた俺を見兼ねたらしいジルコンは、そう言って慰めつつも無遠慮に俺の背中をバシバシと叩いた。どうやらこの結果にご満悦の様子だけど……
『あの……兄貴。ひょっとしてこの結果、分かってたんじゃないスか?』
だよね。自分でも自信がなくてこの結果が予測できなかったけど、でもこの人は多分俺が勝つと確信していたからこそ決闘を提案したみたいだ。もしかして利用されたのかな?
『だとするなら、ソイツ誰なんスか?幾ら油断してたって言ってもジャスパーが一撃とか、有り得ねぇよ。』
『噂のチキュウジンがこんな出鱈目に強いなんて、島じゃぁ誰も言ってませんでしたよ?』
残念だけど俺もびっくりなんだなコレが。確かに地球の神様から異能の種を貰ってはいるが、正直なところ自分でも種がどんな能力を開花させたのか測りかねていたところだった。今日、この日までは。
『さあね。ただシトリンとルチルが認める程度には強いぞ。』
ジルコンは俺をそう評価した。そうか、シトリン……今はエリーナと、後はルチルの特訓の成果もあっての今日の結果らしい。そう考えれば俺は世話になりっぱなしだな……が、何やらまたしても様子がおかしい。ジルコンの言葉を聞いて以降、全員は一様に押し黙って何も語らなくなってしまった。何?何があったの?
「「「「「そういうことは早く言ってよ!!」」」」」
オーク達の汚いダミ声が奏でる美しいハーモニーが周囲に木霊すと、直後から彼等の俺を見る目が明らかに変わった。ついさっきまでのゴミを見るような目は鳴りを潜め、羨望と若干の恐怖が入り混じった目に取って代わっていた。
『ワハハハハっ。言ってもどうせこうなったさ。さぁさぁ客人。先ずは酒だ。』
何だったんだ?が、すいません飯でしたよね?さりげなく自分優位の目的にすり替えてない?つーかこの人もアイオライトと同じ飲兵衛か。となると、また今日も二日酔いかぁ。俺は未だ喧騒収まらない一角を離れると、何やら上機嫌になったジルコンに案内されるままに港を後にした。が、後ろからの視線が痛い。相当数が負けたらしいけど、刺されないよね俺?
※※※
――夜、恒星が地平線に沈んだ頃。港町アルレシャ ~ 料亭トーキュラーにて。
『ナギ兄さん、お疲れ様です!!』
いあぁ驚いた。ジャスパー、ちゃんと生きてたよ。なんかやらかした俺も引く位に凄い吹っ飛び方してたのに、何なら丸1日は寝たっきりとか言ってたのにぴんぴんしてるよ彼。だけど兄さんは止めてくれ。後、ジルコンも止めてくれ頼むから。
『まぁ好きにさせてやってくれ。』
「まぁ、悪気はなさそうだし仕方ない。ところで……」
俺はそう言うと偉く上機嫌なジルコンから隣に座るアクアマリンへと視線を移した。彼女は何故か店に来る前から偉く不機嫌だった。まだ余所余所しい空気はあるが、でも何かあったのだろうかと気になった俺は、ストレートに理由を尋ねたのだが……
「なんでアクアマリンさんは不機嫌なんです?」
『負けた……』
その一言で全てを察した。君さぁ。あの場にいた数少ない顔見知りなんだから、君くらいはもうちょっと俺を高く評価しても良かったと思うんですよね。だから罰が当たった……いえ、スイマセン。言い過ぎました。ですが、賭けに大負けしてお土産代をスッて不機嫌になるのは良いんですが、俺に当たるのはどうかと思うんですよね。人の道、外れてますよね。人生の迷子ですか?
『よぉ。早速派手に暴れたんだって?』
アクアマリンがめっぽう機嫌を悪くした直後、店一杯にアイオライトの楽しそうな声が響いた。良く見れば後ろにエリーナもいる。君達も大変だったでしょうけど俺も一時、死を覚悟したんですけど……なんでそんなに上機嫌なんですかね。
『アイオスの兄貴!!お久しぶりっす!!』
『よぉジャスパー。それにみんなも相変わらず元気そうで。』
『ジルコンも元気だったか?』
『お。シトリン……じゃなくて、そっちは確かエリーナだったか。なんにせよ久しぶりだな。』
その言葉に料亭が一気に静まり返った。本日二度目だ。今更だけど、ひょっとして4姉妹って相当に有名なのか?
『なんだ、知らずに今まで過ごしていたのか?相当以上だぞ。実力もそうだが、それ以上に全員が美人だからなぁワハハハハッ!!』
『まぁ。その辺は自分から言う事ではないから知らずとも無理はないね。ソレよりもジルコン、君もヴィルゴまでの道中を警護するという話、本当か?確かに君が護衛してくれるなら安心だが。』
『本当さ。我が部族の誇りに掛けて完遂を約束しよう。』
『そうか。感謝する。』
『いやいや。ソレを言うなら彼にいうべきだ。』
ジルコンはそう言うと俺へと視線を移した。特に何もしてないんすけどね。
『謙遜しなくても良い。君は度胸も実力も十分だ。能力に反し少し自信がない様だが、その辺は今後の経験次第だ。だからもっと色々な経験体験を積み重ねていくと良い。どんなに苦しくても、必ず君の糧となってくれるさ。』
その言葉、この世界で聞いた誰の言葉よりも心に染みた。今まで俺をそんな風に評価する人はいなかったが、確かに言われてみればそうかも知れない。異能の種という出鱈目な力を貰ったのも原因だろうけど、俺は俺の実力の程を全く知らない。だから経験を通して自分に何ができるか知る必要があるという事か。そう言う的確な助言をサラリと言える辺り、この人も4姉妹やアイオライト並みかそれ以上に有能なんだろうな。
『そうか、さっすが我が伴侶。偉いぞ。あぁ、分かっている。皆まで言う必要はない、後で頭をナデナデしてあげよう。』
oh……エリートさん、それはマズいですねぇ。まーた周囲が静かになったよ。今日三度目だよ。しかも落としちゃいけない爆弾だよそいつぁ。
『『『嘘でしょ!!』』』
『『『なにぃ!!』』』
方々から驚きやら何やら声が上がり、そして次の日には都市全域に話が広まってしまいました。もう勘弁してくれ。こうして俺は四凶の1人をオトしたロリコンとしてその名を大陸中に轟かせることになってしまいました。笑えないよ……いや、もう寧ろ笑えよ……
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