旅立ち ~ 到着

 ――いっつもココに居るね?

 ――1人が好きなんだ。

 ――どうして。

 ――なんだっていいだろ?

 ――なら今日は私が傍にいる。

 ――物好き。

 ――なんか言った?

 ――イイエ、ナニモイッテナイデス。


 ※※※


 揺れる船内で目を覚ました。何か、また昔を夢見ていたような気がする。思い出したいような思い出したくない様な昔の思い出。寝覚めは悪い。固いベッドと質素で薄い毛布はそれまでの豪華な物とは全く違い、だから俺は自分が如何に恵まれた場所にいたか理解した。旅から戻ったら改めて感謝の言葉を伝えよう……と、珍しく殊勝な気分になった直後、俺は寝る前と何かが違うの気づいた。温かい感触があるんですが……


 もしかして彼女か?懐かしくも嫌な予感に白いシーツを急いでめくると、ソコには薄着で眠りこけるシトリンの姿があった。まだ姿が戻らないのか少女の姿のままの彼女は、さも当たり前の様に俺のベッドで休んでいた。小さな部屋の2段ベッドの上が君の寝床の筈だけどなぁ。


『ウ……ン?あぁ、おはよう。』


「おはよう。なんでここで寝ているの?」


『君はワシの護衛だろう?』


 俺の質問に対し、シトリンはさも当然の様にそう答えた。理由になってねぇ。


「一緒に寝る必要ある?」


『ワシがあると判断したらある。』


「えぇ……」


 俺の素直な疑問に力強くそう言い切られたらこれ以上の何も質問できない。一方、呆れる俺を他所に随分と華奢で小さい身体へと変わったシトリンは大きな背伸びをした。以前はもっとこう、女性らしく美しい凹凸があったのだが、今のぺったんこな身体は正直何とも思えないというか……正直なところこれに手を出したら犯罪だよねという状況。いや、それ以前に見られただけでアウトだよね。鬼畜野郎という評価にロリコンが合体すれば、ハイペリオンにおける俺の評価は地の底を潜り反対側へ突き抜けてしまうだろう。


 だが一方でその身体を責める事は出来ないし、元に戻れとも軽はずみに言えない。シトリンは、どうやら彼女だけにしか扱えない特殊な魔法を使うと反動で身体が縮んでしまうらしい。正確には桁違いに強い魔力により損傷した肉体を治癒する為、予備の肉体に魂を移し替えているそうだ。で、その肉体は彼女がその特殊な魔法を最初に使用した時期を参照して自動的に作り出すのだが、厄介なことに精神や性格が幼少時の肉体と紐づいた記憶に引き摺られてしまうらしい。


 だからやけに奔放で子供っぽいのかと妙に納得してしまうが、コレはコレでマズいような気もする。大人時の理知的な性格の片鱗は窺えるが、流石に子供っぽ過ぎる。しかも彼女は俺のツガイ……運命の相手の1人。その為か俺への好意を全く隠そうともしない。好かれる事自体は有難いが、この体格差と見た目の年齢差はどう控えめに見ても犯罪臭が漂う。なのに当人はお構いなしに接近してくるのだから堪ったものではない。


 頼むからそう言うのは大人の姿でお願いしたい……と、そんな事を考えているとシトリンの機嫌がみるみる悪くなっていく。やべ、もしかして考えていることが顔に出ていたのか?


『おーす。起きてるか?』


 直後、助け船が入った。アイオライトがノックもせず部屋に入って来た。少々無遠慮だが、ソレはこの際どうでも良い。


『うむ。』


『お、おう?妙に不機嫌そうだが朗報だ。そろそろ港につくぞ。』


 確かに朗報だ。が、ちょっと早くないか?島を出たのが昨日の午前中位だったような気がするが。


「え?早くない?」


『そりゃあそうさ。昨日も説明したが、後方から魔力で起こした風を帆に当ててりゃあな。それにローズも援護してた。早く帰ってきて欲しいんだろうな、ずっと追い風状態だったお陰で到着予定日時が相当前倒しさ。ま、悪い話じゃないがね。』


 そう、悪い話じゃない。んだけども、その言葉を聞いたシトリンの機嫌が更に悪くなった。なんでさ?


『君は今、ワシの事だけを考えろ。それから、今のワシはシトリンであってそうではない。今の名前はエリーナ=クォーツだ、覚えたか?』


「えぇ……」


 そう言うやシトリン……もといエリーナは俺をビシッと指さした。どうやらこの旅の間はずっとこの身体のままでいるらしい。凹凸……いや、考えるのは止めよう。また機嫌が悪くなった。トホホ……


『ハハハッ、もてるねぇ。それじゃあ行こうかね。』


 俺を見て上機嫌になったアイオライトは一足先に甲板へと向かい、そのすぐ後に俺も続いて甲板へと上がった。


 ――絶景。


 甲板から外を見渡せば、ソコには地平線の果てまで続く大地……新しい大陸の姿があった。陳腐な表現だが、正しく絶景だ。人の往来はハイペリオンよりも遥かに多く、何より俺と同じ人間がそこら中にいる。あっちは商業区域に行けば時折見ることが出来る程度で基本的に俺一人だったから、そんな光景だけでも随分と新鮮に感じた。


『じゃあ行こうか。最初の目的、フォーレ海はカスター大陸へは予定よりも早く到着した。この後は都市を2.3跨げばヴィルゴに着く。ゆっくり行けば10日程。早馬を使えば半分程度だが、まぁそんなに急ぐことも無いだろう。何より急いだところでどうせ会議の開催日まで待たされるんだ。って事で道中を楽しもう。』


『お前の場合は酒だろ?』


 アイオライトの提案にエリーナは怪訝そうな表情と共にツッコミを入れ……


『まぁそうともいう。』


 当の本人は臆面も無く肯定し……


『まぁ、呆れた。』


 誰?2人の話に割り込むように相槌を入れたこの女性、誰?さも当然の様にココに居るという事は、何故か顔を合わせる機会が無かったから断定できないけどアイオライトと相部屋の女性だろうか?


『失礼。私、アクアマリンと申します。』


 きっと俺は微妙な顔をしていたのだろう。エリーナとアイオライトが何かに気づいたかのように俺とその女性の顔を見比べる間に、その人は何とも余所余所しい挨拶をしてくれた。何となく避けられている。いや、露骨だな。彼女、俺の顔を見ようともしない。


『そりゃあ。4姉妹に首輪を贈った鬼畜って有名ですし……』


 その言葉は俺の心の傷口を的確に綺麗に職人技の様な美しさで抉るので止めて頂きたい。後、それは騙されたんだと説明したのに終ぞ誰も信用してくれなかった。そもそも俺にその事実を教えてくれた司書さんでさえ"そんな事は言ってない"って否定されたらもう俺どうすりゃあ良いんだ。


『アイオライト様が多分ローズ様に嵌められたと説明してくださいましたが、でも証拠がないので信用するのは難しいですよ。そもそもそんな事をする理由はありません。それからエリーナ様。くれぐれも人前で首輪をつけないでくださいよ。』


 アクアマリンの要求は至極当然だ。今もそうしてつけている首輪の存在が街中で知れたらどんな目に合うか分からったものではないし、何よりソレが俺の贈り物だと分かれば早速居場所がなくなる上に禄でもない悪名が轟いてしまう。が、その程度では外さないだろうなァ。


『ウム。その位は分かっているさ。』


 意外だった。今の子供っぽい性格から判断すれば、絶対に外してくれないだろうと考えていたのだけれど。


『ですよね。』


 アクアマリンもホッと胸をなでおろしているし、無言だがアイオライトも同じ心境だ。が、エリーナは無邪気……というよりも邪悪に近い笑みを俺に向けた。嫌な予感がします。とても嫌な予感。


『ホレ、コレを見ろ。』


 そう言ってエリーナは自信満々に一枚の書類を俺含む3人に見せた。俺はまだ文字が完全に読めなくて何が書いてあるか分からないのだが、しかしおおよそ何が書いてあるかは隣の2人の反応を見ればわかる……と、思いきやそうでもなかった。2人ともに仲良く唖然と紙切れを見つめるばかりで微動だにしなかったからだ。


『オイ、ちょっと待て。まさかこれで提出したのか?』


『ええぇ……コレ、不味いですよー。』


 漸く2人が口を開いた。何が書いてあるかは定かではない。が、絶対に悪い予感がする。それだけは確かだ。


『伊佐凪竜一。ワシ等はココに居る間は夫婦だからな。』


 oh……なんてこった。予想よりも遥かに最悪だった。夫婦だと?という事はそれは戸籍とか、あるいは婚姻届に近い書類なのか……破いたらなかったことにならないかな。と、良からぬことを企んでいたらサッと隠されてしまった。止むを得ない。下手に先が読む頭脳がある分、今の彼女を止めるのはアメジストよりも遥かに難しい。というか、彼女のポンコツ具合を受け入れる悪夢のような日が来るとは思わなかったよ、俺。


『でも、なんでさ?』


『なんでって、異世界から飛ばされてきましたって馬鹿正直に報告する気か?』


 そういやそうだ。異世界から飛んできました、なんて地球でも信じて貰えない話だからキットの世界でも同じ筈だ。でも、他に手段あったんじゃないですか?アイオライトも当初は俺と同じ反骨神溢れる表情をしていたのだが、暫くもすれば渋い顔に変わった。どうやら"俺の素性をどう説明するか"について上手い言い訳を思いつかなかったようだ。


『確かにそうだが、幾ら何でも強引すぎやしないか?』


『しかし、他に伊佐凪竜一という突然この世界に現れた人間の身柄を保証出来る方法があるか?別に書類を偽造しても良いがな、だが犯罪に手を染めれば何れは彼含めココに居る全員の首を締める結果になるのは明白。となれば、素直に誰かと書類上の夫婦になるのが一番手っ取り早い。という訳で……』


 エリーナはとても嬉しそうだ。今までに見たことが無い位の満面の笑みで俺を見つめているし、心なしか顔が上気している様な気もする。


『ヨロシク頼むよ、旦那様。』


 いやぁ、宜しく言われてもコレ傍目に見たら犯罪だよアウトだよ。長いようで短い旅の始まりは、いきなり波乱含みのスタートとなってしまった。コレは酷い。頼むからはよ理知的な大人の姿に元に戻ってくれ。


『あぁ、身体ならもうとっくに治ってるけど。でもせっかくだから当面はこのままでいくからな。』


 希望は脆くも崩れ去った。アメジストが居なくなったかと思えば今度は彼女かァ。俺の人生、なんでこうも前途多難なんだ。

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