旅立ち ~ 船内

 初めて乗船した俺にアイオライトは船内の仕組みやらを一通り教えてくれた。船は基本的に帆に風を受けて推進力としているそうだが、それとは別に幾つか独自の推進力を持っているそうだ。例えば船の後方から魔力で起こした風を帆に当てたり、周囲の水を取り込んで後方から勢いよく排出したりといった感じ推力を出しているが、何れもデリケートなので付近への立ち入りは厳禁となっているそうだ。


『さて、早く船内に入った方が良いぞ。この辺はまだ結界内だから荒れてないが、外はローズの結界で荒天状態だからな。』


 確かに今は揺れていない……というか寧ろ空を見上げても嵐の様子など確認できないが、少し視線を傾ければ曇天が島を覆っているのが分かるし、心なしか風も強くなってきたような気がする。


 ※※※


 木製の大型帆船は基本的に荷物の運搬が基本だが、客室もそれなりに用意されている。が、メインではないので基本的にそこまで広くはない相部屋が一般的だそうだ。因みにオレと一緒の部屋なのはシトリン。良いのか?普通は同性同士じゃない?と、アレコレ聞いてみたのだけど、アイオライトは既にこの形で予約されていて今更変えられないと苦虫を嚙み潰したような顔で教えてくれた。多分、シトリンの仕業だなコレは。


 次、食事などは部屋に置かれた冷蔵庫の様な箱の中に期日分がキッチリと分けられているので食堂の類はなしだそうだ。船員は小間使い用の使い魔と呼ばれる人工生命体が仕事の手伝いをさせるので最低限度の人員で済むが、積荷狙いの海賊や一部危険な海の魔物との戦闘を考慮した護衛兵が連れ添っているので相応の人数になっているそうだ。


 で、この連中は帆船を持つ大陸の商人ギルド(商工ギルドとも)とは別口、一般的には武装ギルドと呼ばれる荒事を専門に担当する職業組合所から派遣された兵士なので、もしトラブルを起こしても商人側は助けてくれない。向こうも商売だから誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるような真似はしないが、基本的に大人しくしていた方が無難と教わった。んだけどなァ……


『よぉ、兄ちゃん!!なあ、待てよ。アンタ、あの島に住んでるんだって?』


 いきなりこれだ。甲板から階段を数段下りた直ぐ先にあるやや広めのフロアは武装ギルドが専門で使う。この場所を経由して船底の荷物置き場や宿泊者の部屋へと向かう構造上、守りの要となるこの場所を避けて通ることは出来ない。つまり頭の悪い連中がいた場合、嫌でも顔を合わせなければならないという意味にもなる。で、どうやら今日乗り合わせた連中の大半は頭が悪いらしい。周辺には空の瓶が何本も転がっていて、顔を見れば大半が真っ赤になっている。全員が全員して既に出来上がっていたのだが、特にその内の2人の態度は最悪だ。


『ならアレだろ?あんたが噂のチキュウジンってやつかい?大陸じゃあ、いろんな意味で噂になってるぜぇ。美男美女だらけの島にいきなり現れた正体不明の人間だってなぁ?』


 柄悪ッ。酒臭ッ。


『しかも、島一番の美人姉妹に手ェ出したんだって?羨ましいねぇ』


『だがよぉ。こんな貧相なガキに靡く位に男の趣味が悪いんなら俺達にもチャンスあるよなァ?』


『丁度今1人いるらしいし、今晩後相手願おうかね。ギャハハハッ!!』


 下品な奴等だけど我慢我慢。しかし、アイオライトの助言通りに大人しくしていればコイツ等はどんどんつけ上がり始めた。それだけなら我慢すれば良いが、シトリンに手を出すとなれば話は別だ。今の彼女は潤沢な魔力があるがソレをうまく使えない、要約すれば爆弾みたいな状態らしい。大人の時とは違い繊細な調整が出来ず、周囲に甚大な被害を及ぼしてしまうから俺という護衛が必要だと話していた。


 だから……俺は躊躇いなく拳に力を籠めた。こんなところで海の藻屑になりたくねぇと考えたのもある、アイオライトとの約束を反故する事への後ろめたさもある。だが、俺に良くしてくれたシトリンに何かあるのはやはり我慢ならない。


「オイ待てッ。」


 俺は矢も楯もたまらず叫んだ。ココまで勢い任せなのも珍しいな、なんて考えが頭の隅に過った。


『お?なんだヤンのかオイ!!』


『だが喧嘩売る相手間違えてんぜ?テメェみてぇな貧相なガキが俺達に勝て……』


 何だ?やる気満々だった空気が突如として消え失せたゴロツキ共は、俺への侮蔑を言い終える前に言葉を止めると背後へと視線を動かし、そしてギョッとした。俺も同じだった。奴らの後ろには鬼のような形相をしたアイオライトが立っていて、更にその1人の首にナイフを押し付けていた。


 船内を照らすランプの灯りの中に浮かび上がる美しい光沢は、触れれば人の首など容易く跳ねそうに鋭い光を放っている。何時の間に?俺はともかく、武装ギルドの連中は相応に腕が立つはずなのに、その連中の誰一人としてアイオライトに気づかなかった。


『死にたくなきゃあ酒臭い口を閉じろ。それ以上喋るなら首を掻ッ切って海に放り出すぞ。』


 珍しいと、そう思った。彼の口調は俺が今まで聞いたことが無い位の怒気が溢れていた。少なくともアメジスト相手でもあそこまで怒ったことは無い筈だ。


『おい。ちょいとマテ、待って。』


『な、なんでぇ。アンタまで乗ってるのかよ?』


 一方、ゴロツキ共は大いに焦り出した。口調には現れないアイオライトの感情を肌で感じ取ったらしく、誰もが恐怖で顔を引きつらせている。全員が全員、酒で赤らめた顔が一瞬で真っ青に染まった。


『俺がいちゃあマズかったか?それよりも、お前達の仕事は海賊や海獣が来た時の護衛だ。こんな時間から酒浸りで仕事放棄するつもりならギルドに報告しなきゃあならんよな?カスター大陸の武装ギルドマスターと俺は知り合いだ。つまり、お前達の今後は俺次第になるがどうする?酔ったまま水泳大会でもするか?仕事クビになって家族と仲良く路頭に迷いたいか?それとも大人しくするか?』


『わ、分かった。済まねぇ。』


『なら、まずは酒を抜け。甲板出て胃の中モン全部吐いてこい!!』


『『は、はいッ!!』』


 俺への態度を一転させしどろもどろになるゴロツキ共は、アイオライトからの三択を即決するとすぐさま大人しくなった。その顔を見れば先ほどまでの強気な態度も威勢の良さは見る影もない。アイオライトに委縮した彼等は数言会話すると急いで階段を駆け上がり、その奥の扉の向こうへと雪崩れ込んでいった。


『全く。仕事に出る以上、何かあればギルドの看板に泥を塗る事になるって理解してるのかねぇ?』


 そう気さくに話しかけるアイオライトの態度は、もう既に何時もの良く知る彼の態度に戻っていた。


「してないみたいすね。」


『だろうね。だけどまぁ仕方ないさ。ああいう奴は何処にでもいる。地球にもいただろ?』


「まぁ、何処にでもいますよ。有難うございます。」


『気にするな。さ、俺達は早いけどもう休もうかって、おっとッ。』


 少々酒臭いフロアに辟易したアイオライトが部屋へと戻ろうとした直後、船が大きく揺れた。


「揺れるなぁ。」


『まだ結界の中だしな。あの島には簡単に入れないように2層の結界が展開されている。島を目視出来ないように隠す第一層と、魔法で嵐を起こして物理的に阻む第二層。何れもローズの仕事だ。』


「へぇ。」


『さ、今度こそ戻ろう。ホントなら酒でも思ったんだが、アイツ等が結構な量開けちまったせいで残りが心許ない。』


 彼はそう言うと殊更に不満そうな表情を浮かべた。もしかして……機嫌悪かったのってソレが原因じゃないよね?と、非常に聞きづらい質問を胸に仕舞うと俺達はそれぞれの部屋へと引き上げた。

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