大陸編
旅立ち
――アメジストが俺を騙して都市郊外へと連れ出してから凡そ5日程度が過ぎた頃、大陸出発の準備はギリギリ無事に完了した。急がねばならなくなった理由は、数日前に俺がうっかりぶっ飛ばしたローブを纏った男が原因だという。何やらその男、"人類統一連合"とかいう妙な組織の一員らしい。そいつ等が何をやっているかといった情報の全てを教えてもらった訳ではないが、少なくとも俺がこの世界に転移した日に遭遇して、更にその後も断続的に襲来している魔獣や巨人をけしかけているのがこの組織だそうだ。
で、この随分と物騒な組織に対する対策と対応を協議する為の会議に急遽シトリンが出席する事となった訳なのだが、その準備の最中にアメジストが俺を連れ出してしまった為に諸々の準備が遅れてしまい、出発日ギリギリまで準備に時間を取られてしまったというのが今日までのおおよその流れだ。
……とは言え、実のところ俺がすることは全くないのでそんな実感は全くなかった。そんな有り難い状況になっているのは全てシトリンが尽力してくれた結果だそうだ。となれば当然謝罪なり感謝なりの言葉は必要なわけで、彼女に"何から何まで済まない"と、素直な感情を吐露すると当人はご満悦と言った感じでこう返した。
『ならちょっと強引な手段を使うよ。君の場合、異世界から来たという事情を説明するのがとても難しいからね。だから、文句言わないでね?』
「そりゃあ勿論。俺の為に苦労してもらってるんだから、多少の無茶は受け入れるよ。」
『約束だぞ?』
彼女らしくない妙な言い回しに俺が二つ返事で了承すると同時、彼女は途轍もなく邪悪な笑みを浮かべた……様な気がした。気のせいだろう、多分。
ソレは大人だった時から特別な力を使った事で何をどうしてか幼女みたいな姿に変わって以降、今まで一度も見なことが無かった位にアレな顔だったんだけど、本当に大丈夫だよね?俺、信用していいよね?
※※※
そんなこんなで、特に何をするでもなくとうとう船出の日を迎えた。初めての船旅、初めての島外。その日が訪れた時の俺の心境は、まるで子供の頃に楽しみだった遠足当日の様な気分だった。
『では姉さま。アイオライトさん。道中の無事をお祈りしておりますわ。』
『あぁ。そっちも頼む。』
『では行ってくる。』
いい年して浮足立つ俺を他所に、アイオライトとシトリンは出迎えにやって来たローズに対し挨拶を交わしている。その様子に特段の緊張は無くいつも通りといった感じどころか、トラブルによる遅れを取り戻す為に連日忙しなく動いていた気配など一切見られなかった。流石にこの程度のトラブルの対処には手慣れているのだろう。そう考えれば随分と頼もしいと感じる。
『それからナギ様も……』
耳元にそっと、優しく囁くような声が聞こえた。ギョッとして声の方を見れば、何時の間にか傍に来ていたローズが怪しい笑みを浮かべながら俺を見上げていた。俺の
『うふふ。アナタに付けて頂いた首輪。大事にしますね。』
ソレにこの性格だ。近い近い近い。そう心中でぼやく程度、吐息が漏れる声が聞こえる位に直ぐ近くからジッと俺を見上げるローズは、まるで子供の様に細く白い首に付けられたソレを見せつけてきた。穏やかな口調や行動をしてはいるが、ローズの言動の端々にサディスティックな何かを感じてしまう。
ローズがそうやって見せびらかすのは俺がプレゼントした黒い首輪。明らかに彼女に似つかわしくないアクセサリだが、実はそれだけではなく"首輪を贈る"という行為がこの世界においてはシャレにならない意味がある。
「外しちゃあくれませんかね。」
『だーめ。』
だからダメ元で今日も首輪を外すよう説得してみたのだが、俺が絞り出した言葉をローズはあっさり拒否した。やっぱ無理ですか。
「ですよねー。」
『うふふ。でもどうしても……というならば考えますけど?』
いいえ、お断りします。首輪回収する代わりに私を支配してくださいって話でしたよね?ソレ状況悪化してるよね?と数日にわたって散々やり取りした話を蒸し返さないでくれ。
もはや乾いた笑いも出ない。何も知らなかったとは言え、首輪を贈るという意味に"お前は俺の物"なんていうシャレにならない意味があるなんて知る訳がない。が、もう何もかもが遅い。アイオライトから教えられた時には既にこの狭い都市全域にその話が広まりきっていた。道理で道行くエルフ達の視線が痛々しいわけですよ。因みに他の3人からも同じ返答が返って来た。
「嫌。せっかく贈ってくれたんだ。」
シトリンも反対し……
「別に首にしなけりゃあバレやしねぇよ。」
ルチルもそう言って頑なに手放そうとしなかった。君達は俺の中では常識人枠だったんですけど。で、アメジストだが……
『運命の相手からの贈り物ですよ。返す訳ないじゃないですか。ソレに……わた……』
もういいですと、俺は全てを諦めた。感謝の証つもりだった。だから贈るならコレ、と熱弁したローズの知り合いの言葉を信じてプレゼントしたのに、まさかこんなことになるなんて……しかも誰からも回収できず、それ故にこの都市における俺の評価はどん底を突っ走る嵌めになった。
だからこそ今回の旅は渡りに船。同時に4人に告白するどころか全員を所有物宣言した鬼畜野郎って言われたらそりゃあ住みづらいし、しかもそれがよりによって都市でも指折りに強くて美人な4姉妹となればもう目も当てられない。多分……俺、刺されるな。
(ハハハッ。だから気にしなくて良いと言っているのに、君は律儀で真面目だなァ。)
(そうやでナギちゃん。別にあの子等もそんな事気にしてェへんし、男ならドンと4人養ったりや。)
「君ら、ちょっと黙ってもらえる?」
思わず文句が口を突いて出てしまった。この都市の神樹であり4人姉妹の生みの親も、地球の神様とかいうゴツイおっさんも所詮は他人事とばかりに俺の状況を楽しんでいる。羨ましいねホントに。
(しかし、少なくとも私は大まじめだぞ。何せ君は地球人類最後の1人なのだからね。地球人類の存続を願うならば子孫は多い方が良いと考えるのは別に間違ってはいないよ。)
「そういう考え方もあるか。だけどなァ……」
(そんな事よりも、道中は気ィつけてな。最近、カスター大陸がどうにも騒がしくなっとるみたいやさかい。)
「そうなのか。その辺りの話はあとで話すと教えてもらっていないのだけど。」
(シトリンが急遽、アンタの旅に同行するってなったのもソレが原因や。人類統一連合、面倒なやっちゃで。)
「人類統一連合?そう言えばシトリンがそんな言葉を言っていたな。後で聞いてみよう。」
(もののついでに彼女と一線超えてみてはどうだろうか?)
真面目な話の最中になんつー提案するんだオッサン。
『おーい。何1人でブツブツ言ってるんだ?準備できたぞー』
そうこうする内に準備は整ったようで、アイオライトは何もない空間に向けて怒り呆れる俺にそう伝えると足早に大きな帆船へと乗り込んでいった。とりあえずこうなったのは仕方ない。後は戻ってから考えるか……あるいはいっそ逃げるか。
『ではナギ様。』
相変わらず距離感がおかしい、不意を突いて耳元で囁かないでくれ。で、今度は何だ?と目線を少し下げれば、上目遣いで目を閉じるローズの顔が間近にあった。
「君、何故目を閉じて唇をこっちに向けているのかな?」
『いってきますのキス。』
今度は随分とストレートだ。正直なところ、首輪の件が無ければきっと躊躇わなかっただろう。だけど、そのせいで周囲の視線が恐ろしく痛い。彼女は何ら動じていないが、遠くからは"ケダモノ"とか散々に俺を評価する声が小さく届く。
『じゃあ、いってらしゃい。それから渡したモン、絶対に無くすなよ?』
ローズへの対応と周囲の評価に身体が硬直する中、颯爽と俺の傍に来たルチルが頬に軽く口づけをした。しかも何の躊躇いも無く、だ。周囲の声が一層大きくなり、またそれに呼応するかのようにローズの機嫌が露骨に悪くなった。が、"待たせるなよ?"と急かすルチルの言葉と帆船の甲板で叫ぶ船員の声を聞いたローズは、名残惜しいとばかりにルチルとは反対側の頬に唇を優しく押しあてた。遠くから"ケダモノ"、"タネウマ"、"下半身オーク"等々、意味が分かるものから分からない罵り声が聞こえる。
「ルチルも元気で。」
『おう。早く帰って来いよ。』
ルチルは俺の感謝の言葉に柄にもなく照れながら俺の背中をバシバシと叩きながら桟橋へと押し出した。こうして俺は若干1名以外に見送られながら島を後にした。アメジストは……溜まりに溜まった仕事と数日前の連れ出し事件の反省文に掛かりっきりらしい。まぁ自業自得なので何とも言えなかったが、ともかく出航だ。新天地への期待と希望、桟橋から見送るルチルとローズの視線と、その後ろからの露骨なまでの侮蔑的な視線を受けながら俺は旅立った。
……初っ端から先がおもいやられるねコレは。
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