第2話 アクト・ツーは疑問と共に

 私は三つ子の末っ子として生を受けた。母と兄たちとの生活だった。父は、私たちが生まれるのを待たずして、他にたくさんの女を作って出て行ってしまっていた。私は力の強い兄たちにいじめられたが、母に助けを求めたくても母は遅くまで帰らないことが度々あった。家も定まらず、邪魔だと何度も心無い人たちに追い出されたりした。私たち家族は引っ越しを繰り返していたのだった。

 そんなある日の事、また引っ越しをしなければならない日がやってきた。

「じゃあ、お兄ちゃんたちを家まで送ったら次はあなたを迎えに来るからここで待っていてね」

 引っ越しの時の母のお決まりの台詞。母は引っ越す時、必ず子供たちを順番に新しい家に連れていくのだった。一番上の兄から順に、最後は当然私だった。今まで住んでいた家でいつも母の迎えを待っていた。今回も当然のように母を待つ。けれど、いつもと違ったのは、兄たちを連れて行った後、一日経っても母が私を迎えに来ないことだった。

 こんなことは初めてだ。いつもはその日のうちに迎えに来てくれるのに、もうその日も過ぎてしまった。兄たちはともかく、母がいないとご飯も食べられないしおしっこも上手くできない。それにこの家に居続けたら、いつ乱暴されて追い出されるかわからない。とにかく母を待とうと思っていたが恐怖心が勝ってしまい、私はついに家を出た。とりあえず、近くの公園に行こうと考えた。公園に着くと、急にもうこれで母に会えなくなるのかととてつもなく悲しくなって寂しくなって、とにかく大きな声で泣き続けた。

 どれくらい泣いたのだろうか、目を覚ますと私は暖かいものに包まれていた。少し母の体温に似ている気がして嬉しかった。顔を上げると、そこは小さな小さな四角い部屋だった。細長い棒がその四角を作っていて、沢山の隙間から灰色の外が見える。外には同じようにたくさんの四角い部屋が並んでいた。私は細長い棒に手をかけて辺りを見回す。すると向かいの部屋にいたおじいさんが声をかけてきた。

「新入りさん? 目が覚めたかい。まだ子供だね、お母さんが、いなくなったんだろう」

「はい……あの、ここは?」

 私が不安そうに聞くと、おじいさんは少し悲しそうに言った。

「ここはね、行き場のなくなった者たちが最後にたどり着く場所なんだよ。親に捨てられた赤ちゃんから、病気を患った者、もう先が短い老いぼれまでね」

 行き場のなくなった者たちが最後にたどり着く場所。その言葉に私は更に不安を覚えた。見渡すと、確かに赤ちゃんもいればお姉さん、おじさんにおばあさんもいる。

「じゃあ、もう死ぬまでここで暮らすということですか」

 おじいさんは首を横に振った。

「いや、新しい家族を求める者が来るのを待つことができるんだよ。ここの四角い部屋に空きがある限り、新たな生活を待つことができる。君は子供で健康そうだし、きっとすぐに新しい家族ができると思うぞ」

 新しい家族ができる――この言葉に、私は母の顔を思い出した。そして、もう家族に、母には会えないのだと確信したのだった。

 おじいさんは、私が子供だからすぐに新しい家族ができると言っていた。だが、私には一つ、不思議に思うことがあった。

「もし新しい家族ができなくて、四角い部屋もいっぱいになったらどうなるんですか」

「ああ……それは簡単なことだよ」

 とても辛そうにおじいさんは言葉を紡いだ。

「……わしのように、ここに来たのが古い者や助からないような病気にかかった者から処分されていくのさ」

「処分……」

「そう、処分。死ぬってことだよ。ここを管理している者が決めるんだ。でもきっと君は大丈夫。さっき言ったように、まだ子供で、健康だからね」

 おじいさんはそう言うと、すぐ眠りについた。

 それから数日後、私を新しい家族にしたいという女の子と母親がやってきた。

「かわいい! 絶対この子!」

 女の子は私を褒めちぎってくれた。知らない人たちは少し怖いけれど、この狭い部屋から出られるのと、処分されなくて済むのだということで、私は少しホッとしていた。

「よかったね。その人間はきっと良い人だよ」

 向かいのおじいさんは笑ってそう言ってくれ、私の第二の猫生は幕を開けた。しかしおじいさんの猫生は幕を下ろしたまま。おじいさんは昔人間と暮らし、人間に翻弄されたのだろうか。それなのに人間は猫の、生き物の幕引きを決める。私はそれが不思議でしょうがなかった。

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