第7話
「わかるよね?」
「……ああ」
そう。お互いに想い合って、解り合って、通じ合ったからこそわかってる。
この選択は間違っているし、選択肢として用意されていないと。
こう話し合っている間にも日花里(ひかり)の体は段々と光に包まれていっている。
「そ、それでも――!!」
言葉を続けようと彼女の顔を見た瞬間、力の入っていた握りこぶしの力が抜ける。
幸せそうに、そして少し困ったように笑う彼女が印象的で、これ以上の我儘の過ちに気づいたのだ。
「…………人生ってままならないもんなんだな」
「まだ十数年しか生きてない私達が思うには早いんだろうけどね」
「じゃあ、精一杯言葉にするよ。日花里(ひかり)が持っていけるように!」
「なにそれ……」
お互い照れくさそうに笑い合うも、二人しかいないこの状況でなら恥も晒せると思った。
「ふぅー……」
俺は大きく深呼吸してから次の言葉を続けた。
『ありがとう』
何がとかそんなものはどうだっていい。
言葉にしないと本当の気持ちは伝わらないかもしれない。
でも、俺の気持ちが伝わるそうに優しく優しーく、星に願いを込めながら。
こんだけ瞬いているのだから叶えてくれてもいいと思う。
「…………ずるいよ」
そんな気持ちが本当に伝わったのか、日花里(ひかり)はとうとう涙を堪えきれなくなっていた。
溢れ出した涙を拭いながら、「私の方こそありがとう」と伝えてくれた。
さっきのお返しと言わんばかりに俺も彼女の頬に手を伸ばし、涙を一粒掬い上げた。
その瞬間、彼女の光が一層強くなった。
「もう本当にお別れみたい」
「みたいだな」
「あと、私の本当の未練はねペルセウス座流星群を観ることではなくて、”夏を誰かと楽しく過ごすこと”だったの」
「へ?」
彼女から最後の最後に聞かされる新事実。
今まで彼女があげた未練も嘘ではないだろうが、大元はこれだったのだろう。
”誰か”とあるように、他人が必要な分大変な未練であったけれど、その誰かに俺が選ばれたことは光栄に思う。
そんな日花里(ひかり)はというと、悪戯が成功した子供みたいに笑顔で舌を出してそうな表情を浮かべていた。
可愛いな、おい。
「あと……」
そう日花里(ひかり)は言うと、ふわっと俺の方へと近づき、耳打ちしてくる。
その内容に俺は目を見開き、そして目を丸くする。
最後に彼女はとんでもない爆弾を投下していきやがった。
「湊(みなと)君の事、私も好きだったよ」
そう言い残し、光の粒となって、ペルセウス座流星群に彼女の光が混ざるように消えていった。
俺が最後に見たのは楽しそうに、幸せそうに笑っている姿だった。
「……ばいばい」
そう言って、ふと彼女の涙を掬い上げた手に目をやると、彼女の涙も光の粒となっていた。
それを彼女に届けるように。そして、少しだけでも彼女を追いかけるように俺は海へと入り、抑えていた涙を海へと落とした。
夏の海辺と消えていった彼女と、海に落ちて同化した涙(しずく)が彼女とお揃いのような気がして、少しだけ気が楽になる。
最後の最後まで彼女には敵わない。
言いにくくてこちらが躊躇した内容を簡単に言いやがって……。
しかも、ちゃっかり”も”を付けてやがる。
俺の思考も気持ちもバレバレだったわけだ。
「自分自身でも気づいたのついさっきだってのにさ……」
本当に敵わない――――余計に忘れられなくなるじゃねえか。
海に浸かりながらも、消えるまで海へと落ちていく光を追い続けた。
「……成仏する時って天に昇るわけじゃないんだな」
そんな少しだけ場違いな感想を捻り出せたのは、最後のしてやったり感満載な日花里(ひかり)のお陰だろう。
びしょ濡れになって重たくなった体を引きずりながら、余韻に浸るようにゆっくりと歩いて帰った。
その日はばあちゃんもじいちゃんも何も聞かずに開放してくれたので、風呂に入ってすぐに寝てしまった。
しかし、次の日の朝、俺の部屋へとにんまりとした顔でじいちゃんが近づいてきて、根掘り葉掘り聞かれた。
一応日花里(ひかり)の正体と俺の能力については伏せて説明すると、「ほら、青春出来たじゃろ?」と豪快なドヤ顔をお見舞いされた。
勿論、否定は出来なかったけど釈然とはしなかった。
話を聞き終わると、満足げに頷きながら居間の方へといってしまった。
もっとからかわれると思っていた俺は、正直拍子抜けである。
「前を向いてくれたようで、よかったわい」
去り際にぼそっと呟いた言葉は聞こえなかったフリをしておいた。
じいちゃんも色々と心配してくれていたのだろう。
心配してくれてありがとう。
この地を去る前にもう一度、母へと挨拶をしに行った。
母さんには日花里(ひかり)の事も俺の能力の事も包み隠さずに全て話した。
そして、あの時動けなくてごめんなさいと伝えて、次からは救ってみせると約束した。
心がすっと軽くなった気がしたのは、抱き続けた罪悪感だったのだろう。
居なくなってからも日花里(ひかり)に救われた気がして、空を仰ぎながらお礼を言った。
「ありがとう」
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