第6話

「両親が観たのはちょうどここだったらしい」


「ここは……」


日花里(ひかり)と初めて会った場所のすぐ近くの海岸だった。

ここに来るまでに日花里(ひかり)とこの数日間の事を話していた。

楽しそうに話す彼女を見て、俺と同じ気持ちだったら良いなと思った。



「いよいよ、これが最後の未練ね」


「…………」


彼女の笑顔に対して俺は言葉を失った。

これ以上、かける言葉を探してしまったら思わず溢れ出そうになる、そんな気がしていた。


奇しくも雲ひとつない夜空で、ここ何日間でも観測日和であることは間違いない。

日花里(ひかり)と会ってからまだ数日だというのに俺の心をいっぱいにしてくれた彼女。

彼女は否定するかもしれないが、救われていたのは俺も同じだった。


時間を確認すると、そろそろくる頃だ。


「そろそろだね」


「楽しみすぎて、ワクワクしてます!」


言葉の通り、彼女の方に目をやるとソワソワと落ち着かない様子で目を輝かせていた。

俺は彼女と夜空が同時に入るようにしながら眺めていた。



――――キラッ



「湊(みなと)君、今流れたよっ!?」


「そうだね!」


視界を夜空いっぱいに戻し、忙しく目を動かす。

キラッとまたキラッと星が流れている。

これが彼女の未練でもある”ペルセウス座流星群”か。

そう思った次の瞬間、捉えきれないほどの星達が瞬き始め、同じ所を目指すよう進んでいった。


「きゃあ、すごい、すごい!!」


「…………本当にすごい」


座っていたはずの俺達は気がついた時には二人共立ち上がっており、興奮を隠しきれなかった。

田舎というものが幸いしてか、遮るものが何もなく視界いっぱいにこの映像を焼き付ける事が出来た。

日花里(ひかり)のおかげで俺も得したなと思いつつ、彼女と二人で見ることが出来て最高の気分となった。


「湊(みなと)君、撮って撮って!」


そう言いながらこちらに満面の笑みとピースサインを出している日花里(ひかり)に少しドキッとしつつ、悟られないようにスマホ越しに俺の脳裏へと焼き付けた。

俺の脳内フォルダがいっぱいになるまで今日はいっぱい記憶しておこうと、そう決めた。


「はい、チーズ」


「ズーッ!」


撮れた写真を確認しているとどれどれと横から顔を覗かせる日花里(ひかり)。

ひょいと俺からスマホを奪うと、慣れた手付きでカメラを起動し、インカメにする。


「一緒に撮ろー!」


「おー……」


楽しそうにしている彼女のおかげで俺も自然と笑顔になれた。


「はい、チーズ!」


撮れた写真が最高の一枚であったことは言うまでもない。


「待ち受けにしといたから」


「おう、新学期始まったら学校の奴らに自慢するわ」


「悔しがるかもね」


実際、こんな可愛い子と二人でこんな思いをしてるんだ。

真相を知らなかったら誰もが羨ましがるだろう。


はしゃいではしゃいで、視界が光に満ち溢れてる様を大いに楽しんだ。


「あ……」


そんな時、日花里(ひかり)の声で終了のお知らせが行われた。

光に包まれているのは夜空だけでなく、日花里自身も光になっていっているようだった。


「もう時間みたい」


「ッ!!」


幻想的な彼女の姿が優美的だとかそういう感情はその時無く、ただ彼女との時間に終わりを迎えてしまった寂しさだけが込み上げていた。


「ありがとう、これで本当に未練がなくなったみたい」


「そっか、良かったな」


今だけは上辺だけの言葉でもいいから彼女を、日花里(ひかり)を安心して成仏させてあげるべきだ。


「湊(みなと)君には本当に感謝しかないよ。一人で困ってた私を助けてくれた、手伝ってくれた。いっぱい楽しいことをくれた」


「…………」


「最後の最後まで優しくしてくれて、一緒にいてくれてありがとう」


「俺も一生分の楽しみを味わったぐらい楽しかった、ありがとう」


日花里(ひかり)はくすっと笑いながら、「湊(みなと)君はまだまだ先があるんだから、一生分とか言ったら駄目だよ」と言ってきた。


「――ッ、そうなんだけどさ。それぐらいって意味でさ…………」


続けようとした言い訳は途中から言葉にならなくて、沈黙と光だけがこの空間を支配する。


「湊(みなと)君?」


「…………なよ」


「……へっ?」


「……消えるなよ」


蓋をしたはずの感情が溢れ出し、言ってはいけない禁断の言葉を口にする。

ハッとしつつも一度開けた蓋を閉じることは出来ず、次から次へと溢れかえる。


「俺の我儘だってこともわかってる。でも俺は日花里(ひかり)に消えて欲しくないんだよ!」


「……うん」


みっともなくて本当に子供みたいだったけど、まだ俺だってガキだ。

行動に移せなくて後悔をいっぱいしてきてる。

のに、またそうなるかもしれないのに俺は止まれるほど大人じゃない。


「間違ってるってわかってる。困らせてるのもわかってる。それでも、俺はまだ日花里(ひかり)と一緒にいたい!!」


はあはあと息を切らしながらも、全ての感情を曝け出した。

本当に自分の都合しか考えてない最悪の感情だなと心底思った。

それでもこれが俺の本音なんだ。


「正直、湊(みなと)君の気持ちは嬉しい」


「…………へ?」


日花里(ひかり)からの返答は俺の予想外のもので間抜けな声を上げてしまった。


「なんで驚いてるのよ。湊(みなと)君から言い出したことでしょ」


「そうなんだけどさ、正直独り善がりもいいところだなと思っていたから……」


「私だってね!湊(みなと)君と居て楽しかったし、もっと一緒にいたいって思ってるよ!」


それを聞いて、頬にあついものが滴った感覚があった。


「もう……、私が我慢してるのに何泣いてるの」


「ご、ごめっ」


そう言いながら日花里(ひかり)は優しく俺の頬のあついものを拭ってくれた。


「私も湊(みなと)君と同じように思ってるし、正直涙も堪えてる。湊(みなと)君の気持ちも私に届いているよ」


その言葉は何よりも安心した。

共有したのは時間と思い出だけでなく、気持ちもあったのだと知れたから。



「でもね、駄目なんだよ」



気持ちが通じ合ってお互いが想っていても、彼女は首を大きく横に振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る