第5話

昨日の約束通り、別れた駅へと足を運んだ俺。

既に俺のことを待っていた彼女に開口一番にこう言われたのだ。


「私、実は幽霊なの」


「は?そんな訳ないだろ」


真面目な顔して何を言い出すかと思えば……。

反射の勢いで彼女の言葉を否定した。

そんなやり取りの何が面白いのか、また吹き出していた。


「予想通りの即答!でも、未来視さんに言われたくないなー」


「ぐっ……」


ぐうの音も出ないとはまさにこの事。

昨日の今日でこのいじりよう……。


「ゆ、幽霊つったって証明のしようがないだろ。現に触れ――――」


彼女の言葉の証拠を見せろと言わんばかりに激しく動いていた口が、開いたまま硬直した。


「これで信じた?」


こんな能力持ってる奴が言うのもおかしな話だが、目の前の光景が信じられなかった。

立っていたはずの彼女が突然、ふわっと宙へと浮かんだのだ。


「は……えっ…………は?」


「今、ものすごい顔になってるよ」


笑いながら浮かんでる彼女の発言に、「そっちの状況の方がものすごい事になってるからな!」とツッコミを入れておいた。

自然と浮いている彼女にようやく慣れた頃、彼女がぽつりぽつりと語りだした。


「なんかね、漠然と”自分は幽霊だ”っていう自覚だけはあるの。どうやって死んだとか全然思い出せないんだけど」


何だそれと言いそうになったが、俺の能力も似たようなもんだったので言葉にはしなかった。


「成仏する条件?みたいなのも頭に浮かんでいて、それを湊(みなと)君には手伝って欲しいの!」


本人も自信なさげに昨日とこれからの目的をいう日花里(ひかり)。

他の幽霊に会ったことないけど、みんなこんな感じなの?

”お前の未練はこうこうだからやってこい”みたいな、そんな強制みたいなノリなのか?

頭を捻りながら、幽霊事情に物申したい気持ちに駆られた。


「じゃあ、この駅も」


「ここに来たいって意思だけあってね」


「……なるほど」


この際、幽霊がどうだとかそういうのは関係ない。

俺の意思がどうしたいかだ。

俺の意思としては決まっているが、どうしても聞いておきたいことがある。


「……一応聞くけど、なんで俺?」


「湊(みなと)君以外で私に気づいた人いないし、それに未来を救ってくれるんだよね?」


そんな事も言った気がする。

まあ、陰謀論とか信じているわけではないけれど、一応念のために聞いておきたいじゃん?

多少は、「湊(みなと)君じゃないと駄目」って言葉も期待したが、近しい言葉が聞けたので良しとする。


「乗りかかった船だ、最後まで全うしよう」


俺のすることが決まった。

日花里(ひかり)の未練をなくし、成仏させること。



「どういう仕組なんだろうな」


「幽霊に仕組みとかないでしょ。昨日の夜に、霊体化出来るかやってみたら出来たの」


浮いている日花里(ひかり)に触ろうとすると触ることが出来なかった。

なんでも、自分の意思で実体化と霊体化を行うことが出来るとか。


「正直、湊(みなと)君に昨日触れられるまで実体があるとは思ってなかったからね!」


「……そもそも、通常状態が実体化って幽霊としてどうなの?」


ああ、昨日の異常なまでの動揺の正体はそれだったのか。

なにかすごい納得出来る。

触られない、認識されないと思ってる状態からあれだもんな。

あの反応は致し方ない。


「すっごい驚いたんだからね」


「確かにすごい驚いてた」


「でも、私の成仏の手伝いをしてくれる人だともなんとなく思ったの!」


「いやーすげえな、幽霊の思考」


逞しいというかなんというか。

自分の事を認識してくれる人は総じて自分の運命に関係ある人となるみたいだ。

まあ、俺から話かけたし、変な能力持ってるし。

うってつけと言えばうってつけだわな。


「実際問題、未練ってどれぐらいあるの?」


「そんなに多くはないよ。2,3日で終わると思う」


「そんなもんか」


大量の未練を残していたら手に負えないなと少し考えたけど、取り越し苦労で終わった。


「一番の未練としては”ペルセウス座流星群”かな」


「”ペルセウス座流星群”?」


夏に観ることが出来る流星群で年間三大流星群の1つにもなっている。

夜間の気温も高い時期であるが為、最も観測しやすい流星群とも言われている。

大体、7月20日頃から8月20頃にかけて出現し、8月13日前後に極大を迎える。


「らしいけど、8月13日って明日じゃん!?」


「あぶなっ!?今年駄目だったら来年まで付き合ってもらうところだったわ」


「…………」


今さらっととんでも発言したけど……。

その言葉が気になりつつも、スマホで詳しいペルセウス座流星群について調べる。


「今年は14日が一番観測しやすい極大らしい」


「じゃあ、ペルセウス座流星群は14日の夜に観ましょう」


決戦は2日後といったところか。

調べている内に興味をそそられたので、俺も正直楽しみだ。


「それまではどうする?」


「小さい未練を消化していきましょ」


幽霊が未練消化にこんだけ前向きで、事務的なのが少しおかしい。


「ぷっ……」


「……何?」


「いや、なんでもない」


吹き出した事を言及されることはなかったが、怪しげな眼差しでしばらくは見られていた。

その顔がまた可笑しくて、一人で笑っていた。




「これも未練の一つ?」


「そうよ」


ガタンゴトンガタンゴトンと俺達は電車に揺られていた。


「……無賃乗車」


「あれはしょうがないじゃん」


霊体化の状態で俺は見ることが出来ているが、はたして他の人はどうなんだろうという好奇心を持ってしまった。

霊体化した姿で改札付近をうろつき、駅員に見つかるか検証。


「…………」


「…………」


検証結果、バレない。

じゃあ、次はと今度は霊体化した日花里(ひかり)と俺で駅員に話しかけてみた。

これで見てなかったでは済ませられない。


「すみません。○○まではどうやって行けば……」


「それなら、ここをこう――――」


検証結果、またしてもバレない。

だからそのまま改札を通り、ホームで実体化を行った。


「どっちにしても私はお金を持ってないのっ!」


そう、幽霊はお金が必要ではないので持っていないのだ。

電車賃ぐらい出すっていってもこれでいいの一点張り。

まあ、幽霊がお金払って電車乗るってのもシュールな話ではあるのだが、無賃乗車ってのも納得しかねる。

「運賃のとこに書いてある大人小人って区切りに私はいないから大丈夫なの」と強引に納得させられた。


「田舎ってのも景色が綺麗でいいね」


「田舎の唯一の利点だろうからな」


こんな事言ったら怒られるかもしれないが、俺はそう思っている。


「……」


「……」


今回の未練も何処に行きたいとかそういう類のものではなく、”電車に乗ってみたい”というものだった。


「電車ぐらい乗ったことあるだろ」


「あるけど小さい時にだし、親についていくのがやっとでちゃんとは乗ったことなかったから……」


確かにそうかもしれない。

俺は一人になってから乗る機会があるから乗れるけど、そういう機会がない人もいないわけじゃないしな。


「ちゃんとって言ってるけど、これ無賃乗車だからな」


「……湊(みなと)君って結構意地悪だよね」


ムーっとむくれる彼女は可笑しかった。

笑う俺を見て、一層彼女はむくれていた。


彼女と、日花里(ひかり)と一緒にいるのは楽しい。

誰かと一緒にいることが楽しいと思う事自体が久しぶりな気がする。

こう思えるようになったのも彼女のお陰かもしれない。



次の日の夜、また日花里(ひかり)と待ち合わせをした。

次の彼女の未練である花火をする為である。

家にあるどこかで貰ったやつを持っていくと、「やっぱり花火といえば打ち上げ花火でしょ」と言われたので急遽、スーパーまで買いに来た。


「どれがいい?」


「んー……ちょっと待ってね」


俺が一本だけと言ったばっかりに真剣にその一本を選んでいる。

悩みに悩んだ挙げ句に店イチオシの一番派手なやつを購入した。

思ったより高くて驚いたのは俺だけの秘密。


「たーまやーっ」


「それなんか違うくね?」


普通の花火をくるくる回しながら彼女は例の謎の言葉を唱える。

打ち上げ花火に言うのも変なのに、一層彼女は変だった。


「こんなの形だけ。雰囲気雰囲気」


「まあ、そうなんだけどさ」


俺も花火に火を付けながら、消えるまでの短い時間を楽しむ。


「それーっ!!」


「あつっ!?人に向けるなよ」


両手に持ってブンブン振り回しながら近づいてくるから、時々燃えカスがこちらに飛んでくる。


「ははっ、湊(みなと)君見て見て!!」


「すげー……」


年相応にはしゃいだ後、いよいよお待ちかねの打ち上げ花火へと差し掛かる。


「なんかドキドキするね」


「俺もしたことねーし」


未経験の事を大人に隠れて二人で行うってのが一層ドキドキさせた。


「着火するぞー?」


「準備は出来てるよ―!」


3,2,1着火の合図で導火線へと火を付け、日花里(ひかり)がいる方へと走った。

打ち上がるまでをまだかまだかと待ち侘び、その時がくると大きな破裂音をさせて空中へと上がっていく。



――――ヒュー……バンッ!!



「きれい、きれい!」


「思ったよりもちゃんと上がるんだな!」


花火大会で見るのに比べたらしょぼくはあったけど、その時の俺達は大いに盛り上がった。



終わり際になると、線香花火耐久勝負が行われ、笑わすのあり揺らすのありで笑いが飛び交った。

そして、最後の一本になった時、日花里(ひかり)の表情に少しだけ真剣さが混じる。


「私の両親ね……すごく仲が良いの」


突然の事にびっくりはしたが、「そうか」と相槌を打つことは出来た。


「小さい頃から色々と聞かされたの。どうやって二人が出会ったのかとか、昔のママはこうでパパはこうだったとか……」


「……」


「その中でもね、二人の結婚のきっかけにもなった”ペルセウス座流星群”を二人が観た場所で観たかったの」


そう告げられた、最後の大きな未練。

他のものとは違い、確かな意思を感じる。


「いよいよ、明日だな」


「うん。ちょっと早いけど付き合ってくれてありがとう」


「本当に気が早いな」


明日で最後。

それは日花里(ひかり)にとっては喜ばしいこと。

そして、俺も楽しみにしていたペルセウス座流星群が観れる。

待ち遠しかったはずなのに、何処か気持ちが晴れないでいた。

よくわからない感情に戸惑いながら、後片付けを行った。


「じゃあ、今日は解散にしますか」


「……そうだな」


「あれ?湊(みなと)君元気ない?」


日花里(ひかり)の言葉にドキリとする。


「連日遊んでるから、少し疲れただけだよ」


「それなら良いけど、明日はちゃんと来てよ」


「わかってるよ」


嬉しそうに楽しそうに話している日花里(ひかり)を見て、少しだけ罪悪感が生まれた。

罪悪感を消し去るぐらい最後までちゃんと付き合ってやろう。

そう心に決めて、その日は日花里(ひかり)と別れた。




そうしてやってきた8月14日。

予報通り、雲ひとつない青空が広がっていた。

この空が沈む頃、日花里(ひかり)は全てのこの世の未練がなくなって成仏するのだ。

この数日の彼女との行動を思い返す。

疑いのない楽しく、眩しい日々の数々。

俺は彼女との日々を失いたくないんだな。


「あー……」


その瞬間、自分の抱く感情の正体に気づく。

決して抱いてはいけない禁断の果実のような感情。


「なるようになる……か」


身支度を済ませ、いつもの彼女との待ち合わせである駅へと向かった。

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