第4話

「――――だったというわけさ。笑えないだろ」


「…………」


最後まで話し終えても彼女の反応はなかった。

日花里の表情を確認することがとても怖くなった。

この時初めて、話したことを後悔した。


というか血迷ったことをした。

会って数時間の彼女に何を話してるんだか……。

知らない誰かに話して罪を軽くしようとでも考えたのだろうか。

そう考えるだけで自分の軽率さに反吐が出そうになる。


「……すまん、忘れてくれ」


同年代の彼女に何を背負わせようとしているのか。

それは俺が死ぬまで背負い続けなければならない罪の重しだ。

自己嫌悪がぐるぐると加速していると、隣から小さく「よしっ」と声が聞こえた。

それに反応するように俺の視線は日花里(ひかり)の方へと吸い寄せられた。


「忘れないよ」


そうはっきりと言葉にする彼女。

強い意志を感じる彼女の眼差しと、弱々しく虚ろな俺の目が交差する。

今にも背けたくなるのを我慢しながらも目線を合わし続ける。


「湊(みなと)君、話してくれてありがとう。話すことはとっても勇気のいることだったと思う」


じいちゃん達に話すのは怖くて出来なかった。


「急な選択に戸惑っただろうし、選べなかったことをたくさん後悔したと思う」


あの時俺が動いてさえいれば、母さんはまだ隣で笑ってくれていたかもしれない。


「お母さんの事は残念に思うけど、それでも湊(みなと)君のせいではないよ」


全部全部、俺のせい。

俺さえちゃんとしていれば、全てが上手くいった。


「小学生が動いていたとしても出来ることは限られていただろうし、事故なら防ぎようがなかったんじゃないかな」


俺がただ一言「行かないで」と伝えられていれば……。


「その時は失敗しちゃったかもしれない。でも、次は動けたじゃん」


「ッ!?」


思想の黒い霧が少しずつ晴れていく。


「私は助けてもらったよ」


「あっ…………」


その言葉に俺はどれだけ救われたのだろうか。


「それにね、お母さんもそのことをずるずると湊(みなと)君に引きずってほしいなんて思ってないはず」


それはじいちゃんにも言われたことだった。

助けたかったのは、事実だ。

どうやってでも助けたかった。

今もこれからもずっとそばに居てほしかった。

でも、心の何処かで助ける事が困難な事もわかっていた。

俺自身があのビジョンを気の所為だと思っていた部分も少なからずあった。


でも、その言い訳をして弁解するのはもっと違う気がして。

こう日花里(ひかり)から言われたことで気がついた。

自分じゃ自分を許せない。

だから、俺は誰かに許されたかったのだ。


「……そっか」


「そうだよ。正しかったとは言えないけど、間違っていたとも言えないよ」


変な能力のせいで、混乱して事実を受け止めきれなかっただけ。

どこまでも俺は子供だったのだ。


「だから唯一の秘密の共有者である私が湊(みなと)君を褒めてあげる」


「褒め…………え?」


日花里(ひかり)は俺の髪へと手を伸ばし、ゆっくりと優しく撫でる。


「湊(みなと)君は頑張った!偉い!」


「…………」


無性な照れ臭さを誤魔化すように、優しく動く手を優しく払い除けた。


「折角、褒めてあげているのにー」


「わかったから」


納得のいっていない様子で、再び俺の髪へと手を伸ばそうとする彼女から逃げるようにベンチから立ち上がった。


「行く所があるんだろ」


「もう待ってよー」


目的地も知らないまま、さっきまで歩いていた方向へと歩き出す。

後ろから聞こえてくる足音が追いつく前にそっと彼女が触れていた部分に手を伸ばす。

まだ、彼女の温もりが消えてないような気がして心まで温かくなった。




「……ここよ」


「ここって……」


到着したと聞かされたのは何でもないここらでは一番大きい駅だった。


「来たかったのってここかよ」


「そう」


都会の駅とかとは違い、駅が本当にあるだけ。

他が駅とは言えないぐらいみすぼらしいだけで、ここも決して立派とは言えない。


「ここ来てどうする?電車にでも乗るのか?」


言いながら少しだけ自分の中で何かが引っかかる。

それに気づかないフリをする。


「ううん、見に来ただけ」


「見に?」


「……本当にただ来たかっただけ」


それ以上でもそれ以下でもないと彼女は言う。

その憂いを帯びた表情の意味を知るのはもう少し後のことだ。



「では、明日の11時にまたここで会いましょう」


「え……明日?」


唐突に言い出す彼女の言葉を遮ろうと言葉を口にするが、彼女はそんなことで引いたりしない。


「今度は私の秘密を教えてあげる」


そう言い残すと、笑顔で手をふりふりとさせながら去っていってしまった。

俺はというと、そんな日花里(ひかり)を目で追いながらもその場から動けないままでいた。

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