第3話

「んー……」


この謎の能力の根源はこの際置いておくとして、発動条件ぐらいは知りたいものである。

仮説として、自分と関係深い人達限定とか死に至る程の事柄限定とかあったのだが、今回の2回目ですべて消え去ってしまった。

見えた彼女とは会ったことも話したこともない。

強いて言うなら、視界に入った仲ぐらい。

そんなものでホイホイ発動していたら今まで数多発動していただろう。

しかし、実際は2度目。


それに今回見えたビジョン自体は正直大したことがなかった。

彼女がこの後足を踏み外し、海に落ちるというものだった。

それが原因で亡くなったとかそんな映像ではなくて、何故か海に落ちかけるところで終わってしまった。

母の時とは何もかもが違う。

母の時は原因が明確でなく、結果だけがわかっていた。

今回の場合は原因が明確であり、それに伴った結果が明確でない。

海に落ちたからの先が俺にもわからないのだ。

仮説の死に至る程の事柄限定も今回で否定されてしまって、全てが振り出し。


それでも、未来予知という確信は消えなかった。

それだけで俺が動く理由になり得る。



進行方向を家の方からゆっくりと彼女のいる岩場の方へと変更していく。

彼女の方はというと俺に気づく様子もない。

当たり前だ。

彼女とはまだ距離があり、ただでさえ彼女は海を眺めているので俺に背を向けているのだ。


彼女のいる岩場まで到着しても彼女は全く振り向きもしなかった。

そこに疑問は抱かなかったが、俺の言葉に対する彼女の反応は少しだけ引っかかった。


「そこの岩場危なくねえか?」


ごく自然に話しかけたつもりだったが、俺の声に反応した彼女は突然立ち上がり、慌てた様子でこちらを見ている。


「……それは私に言ったの?」


「以外誰もいないけど?」


辺りをキョロキョロと確認しながら尋ねてくる。

勿論、近くには誰もいないし、あんな独り言を言う癖もない。

正真正銘、彼女に向けて言った言葉だ。


何をそんなに驚く事がある。

そう思わせるぐらい目に見えて彼女は動揺していた。

俺は首を傾げずにはいられなかった。


「あっ」


その焦りもあってか、波に濡れて滑りやすくなっていた岩場で足を滑らせた彼女。

未来予知通り、足を踏み外した。

普通なら間に合うはずもないタイミング。

しかし、俺は起きることを予め知っていたのだ。

ならば、間に合うのも必然的。

落ちそうな彼女の腕を掴み、こちらへと引き寄せる。

これで、予言された嫌な未来は回避された。


「気をつけないと落ちるぞ」


「え…………えっ!?」


再び混乱しだす彼女にどう説明しようか頭を悩ます。


「あ、ありがとうございます!」


ハッとしてようやく状況を飲み込めた彼女にお礼を言われるが、疑いの目は向けられたままだ。

どうしたものかと考えたが、一番合理的で楽な方法を選択した。


「色々疑問に思っていることがあるのはわかる。落ち着いて聞いて欲しい」


出来るだけ優しい声色で話す。

内容がとんでもないのだ、言葉ぐらいは優しくしておこう。


「実は俺、未来予知が出来るんだよ」





◆◆◆





夏の海、人通りの少ない岩場にて「未来予知が出来る」などと言いながら、女に迫る男の姿がそこにはあった。

――――というか俺だった。


「えっ…………は?」


余計に混乱する彼女の姿を見て、自分の過ちに気づく。

だが、もう遅すぎた。

これ以上ないぐらいの意味不明発言を初対面の人間に繰り出していた。


「いや、こうなったのも全部夏の暑さが悪い」


とりあえず、全部夏の暑さのせいにしておく。

挽回を試みようとはしたが、手遅れという言葉が似合いすぎる現状。

正直無理。手の施しようがない。

絶望的な状況に頭の中では既に諦めて降伏していると、微かに声が聞こえてくる。


「なん……な……のっ…………」


震えている声ははっきりと聞き取れず、途切れ途切れで耳に届く。

彼女の感情がどういったものであるかはわからないが、少なくとも好意的ではないだろう。

逃げることも視野に入れた瞬間、彼女は笑いを抑えきれなくなり吹き出した。


「あはははははっ!!」


「…………」


目に涙を浮かべながらもう盛大に笑う彼女。

どうにでもしてくれとばかりに、俺は溜息を零す。


「はあ~~、よく笑ったわ」


「面白かったなら幸いだよ」


別にウケを狙ったわけでは決してない。

彼女の方はというと、大変気に入った様子で上機嫌だった。


「貴方がなんなのかはわからないけど、助かったわありがとう」


「どういたしまして」


あんな状況から意外にもなんとかなったことに感謝しつつ、意外にファインプレーだったのではないかと自分を過大評価してみた。


「私、日花里(ひかり)っていうの」


「俺は湊(みなと)」


「よろしく湊(みなと)君、自称み・ら・い・し・さん」


「よろしくさん」


にんまりとした笑顔を向けながら手を俺の前へと差し出す彼女。

それに答えるように手を握り返した。


――――これが彼女、日花里(ひかり)との出会いだった。




「で、あれはなんだったの?初対面の人間に対してお茶目感を出したかったの?」


落ち着きを取り戻した日花里(ひかり)は、少しくくっと笑いながらも未来予知について言及してきた。

当然の反応といえば、当然だろう。

しかも、俺自身も人を説得出来るほどの情報を持ち合わせていない。


「突然困りそうな人が見えて、その人の未来を救う的な?」


曖昧な情報のまま答えておいた。

ニュアンスとしては間違ってはない。

適当すぎる説明に彼女も「なにそれ」みたいな反応をすると思っていたのだが、俺の言葉を聞いてから日花里(ひかり)は固まってしまった。


「未来を…………救う…………」


俺の言葉を繰り返し、何処か納得するかのようにうんうんと頷き始めた。

意味がわからず、またもや俺は首を傾げるだけだった。

傾げすぎて1周回ってしまいそうだ。

そんな俺を置き去りにして、話は急速に加速する。


「じゃあ、これから私に付き合ってよ」


「…………はい?」


”じゃあ”の意味は全くわからなかった。

一体全体何が”じゃあ”なのか……。


「いいよね?」


「まあ、いいけど」


でも、不思議とその時は流れのままに了承してしまった。

日花里(ひかり)の雰囲気に押されたのもあるが、能力の事に何か知れるきっかけになるかもと考えたからだ。


「いや、何処行くんだよ」


「んー内緒」


目的地も言われぬまま、途方もなく日花里(ひかり)の後ろをついていった。


「ねえ……」


「んー?」


後ろを振り向かないまま日花里が尋ねてきた。


「その”未来予知”でこれまでも誰かを助けたの?」


「――――ッ!?」


その言葉に俺は心臓を素手で触れられたような感覚に陥ってしまった。

動かしていた足は止まってしまい、呼吸も上手く行えない。

反応がないのを不思議に思ったのか、怪しげに振り向く。

そして、俺の反応を見るやいなや慌てた様子で駆け寄ってくる。


「えっちょっ!?大丈夫!?」


血の気が引きすぎて、自分の体ではないぐらい上手く機能させられなくなりながらも「大丈夫」と強がって返した。


「全然大丈夫じゃないじゃない!」


そんな強がりがすぐに見破られて、手を引かれながら近くのベンチへと座らされた。

ここまで取り乱すとは自分自身でも思ってもみなかった。


「はー……。はぁーー……」


ゆっくりと呼吸を整えていく。

その間も日花里(ひかり)は文句の一つも言わずに背中を擦ってくれていた。


「ふぅー…………」


完全に落ち着きを取り戻すまでに数分かかる。


「大丈夫、落ち着いた」


「…………ホントに?」


疑うような眼差しをこちらに向けながら、俺が無理をしていないか気にかけてくれているようだった。


「ありがとう、心配かけたな」


そう伝えると、日花里(ひかり)の方も安堵の息を漏らした。


それからしばらくして二人共黙りこくってしまった。

気まずさと後ろめたさが二人の間で渦巻く。

そんな状況を打破したのは彼女の方だった。


「……聞いてもいい?」


「…………」


”何を”とかそういうものはなかったけど、その言葉だけで理解した。

少しだけ考えてみたけど、不思議と彼女に話すこと自体に躊躇いなんてものは存在しなかった。


「あー……実はな――――」


誰にも話した事のない、俺だけの秘密の失敗した罪の話。

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