第2話
……視界が歪む。
この感覚を俺は知っている。
忘れもしない、今から5年前の事だ。
…………
…………
…………
――5年前。
まだ、俺が小学生の時の話だ。
物心ついた頃にはすでに父親の存在はなく、母親一人で育てられた。
それ自体に寂しいとか辛いとか、そういったものは一切なかった。
父親がいない分、母がいっぱい愛して大切に育ててくれてたと思う。
俺は母の笑顔が大好きだった。
働く母をちょっとでも手伝えないかと小学生なりに色々手伝っていたように思う。
何の仕事をしていたかは知らないが、忙しそうな時は2,3日家をあけることも時々あった。
そんな時は決まってじいちゃんとばあちゃんが来てくれていたので、全然寂しくなかった。
そして何より、母に対して我儘を言わないようにしていたので、同じ頃の年代の子達より泣いたりだとかそういうものも少なかったと思う。
「仕事大変だったよ―。湊(みなと)成分が足りないぃ!!!」
そう言いながら母は俺に抱きついてくる。
家を開けた後は決まって、10分ぐらいにわたる”ハグタイム”が設けられた。
そのタイミングで俺も母に甘えていた。
しかし、――――その日だけはすべてが違っていた。
「ごめんね、湊。母さんまた来週から2日家を開けることになっちゃった」
わんわんと泣き真似をしながら俺に仕事の予定を報告する。
これ自体はいつも通りだし、俺もいつも通りの返事をしようと思った。
「わかっ―――――ッ!!??」
急に視界が歪み。
立っていられなくなった俺は膝をついて、母に抱きとめられる形となった。
「湊!?大丈夫?」
心配する母を安心させようと声を出そうとしても、俺の喉からは何の音も発さなかった。
永遠に空打ちが続き、口をパクパクさせているだけ。
なんだこれ、急にどうなったんだ。
不安が押し寄せる。
「―――!!~~~~!?」
母が何かを必死に言っているが、何も聞こえない。
視界が暗転し、何も聞こえなくなった頃、この現象の一部を俺は垣間見る。
――――バババババッ
脳裏に急に映し出される映画のような映像。
その情景に関しては見た覚えがあった。
――ついさっきの母とのやり取りである。
一言一句違わぬやり取りに俺は惚けて見ることしか出来なかった。
違ったのはその先だ。
視界が歪む直後のやり取りもあり、俺はいつもの感じで「わかった」と答えていた。
は?何だこれは……。
本当に意味がわからない。
戸惑っている間も映像は止まること無く進み続けた。
――――そう、これから先のやり取りを俺は知らない”はず”なんだ。
そもそも俺がこうなっている場面が出てきてないし、体験記憶の前(ぜん)があるのはわかるが”後(ご)”があるのはおかしい。
それはもう体験前の記憶。
記憶として存在するわけもないものだ。
それでも無情にも映像は進み続ける。
家をあける前に二人で出掛けたり、少しだけ豪華な夜ご飯を食べたり……。
俺の知らない記憶が俺目線で映し出されているこの状態が気持ち悪かった。
目を閉じようと変わらず流れ込んでくるこの映像は、一体いつ終わりを迎えるのだろう。
そう考えた時、突然終わりはやってきた。
母が家を開ける前の挨拶を俺に済ませ、じいちゃん達と俺で駅まで見送りに出掛けた。
映像しかないが、一生懸命手を振る俺と母の姿がそこにはあった。
少しだけ温かい気持ちになった。
でも、すぐに気持ちは瓦解していった。
――――ザザッザザザザッ
視界が砂嵐に覆われ、頭が割れそうになる。
くそっ、急になんだ。
割れそうな頭を抑えながら耐えていると、微かに何かが聞こえてくる。
「―――――――」
「―――ぁ――いる――ー。―――ま――――た。」
何を言っているのか全然聞き取れない。
映像も変わらず、砂嵐。
壊れたテレビのようになってしまった。
「――なと。――――ろ―――――――か」
「―――か―――はな―――――――」
相変わらずの壊れた映像と音声は次の瞬間、はっきりとあることが映し出された。
ドアップのじいちゃんの顔と共にある言葉が俺の耳へとしっかりと届く。
「落ち着いて聞きんしゃい。お前の母さんはな…………事故に巻き込まれて”亡くなった”んじゃ」
――――プツンッ
電源でも落とされたかのようにすべての接続が切れる。
「――なと!湊(みなと)!!聞こえる!?」
そして、次に映ったのは心配そうに泣きじゃくる母の姿だった。
「母さん本当に心配したんだからね!」
「もう大丈夫だよ……」
あの直後は俺も母さんも慌てふためきあっていたが、電話越しのじいちゃんの「落ち着きんしゃい」の一言で落ち着きを取り戻した。
どうやら母さんが電話でじいちゃんに助けを求めたらしい。
正直、俺自身も何が何だかわからない状態で、今の状況をどう説明したらいいのか検討もつかなかった。
――――だからあの映像の事は今でも話せないままでいる。
『これこそが俺の人生における大きな後悔である。』
あの知らないビジョンを所謂、未来予知だと確信したのは悔しくも母が死んでからだった。
この時は流れ込んできた映像が、これから起こる事だと納得させるだけの材料も説得力もない。
しかも、自分自身すらも信じ切ってはいなかった。
だから、俺は未来を変えることは出来ず、母を映像と同じように送り出した。
そうして、映像と同じように――――母を失った。
…………
…………
…………
あの時と同じ。
ただ違うのは、2回目だから慣れたのか、はたまた内容がすぐ起こる事だったからか。
瞬きのように一瞬で去っていった。
しかし、絶対に視た。
間違いなくあのときのビジョンだ。
説明の出来ない確信が俺の中にはある。
もし、他人に言葉でちゃんと説明出来るのなら……。
そんなことが出来ていたら、母を止め、助けることが出来たのだろうか。
考えても意味のないタラレバは永遠に消えることはない。
だから未だに後悔し続けているのだ。
「次こそは……」
だから、次これが視えた時は後悔しないように行動しようと決めていた。
今がその時。
赤の他人のビジョンだろうと関係ない。
俺が動き出す理由としては十分だった。
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