第1話

――去年の夏。

高校2年の夏といえば、最後の遊べる夏だと全力で遊ぶ者もいれば、受験に向けて全力で勉強する者もいる。

俺はこちらでもない、クーラーの効いた部屋でダラダラと過ごすを選択していた。

こんな猛暑の日々を外で過ごすなんて正気じゃないと本気で思っていた。


「はぁーあ……」


心地いい眠りから目覚め、ゆっくりと伸びをする。

なんて快適な日々なのだ。

文明の機器バンザイ。


朝から冷房機器に感謝を述べつつ、時計へと視線を送る。

時計の針は10時を少し過ぎたところを示していた。

全然朝じゃなかった。


「あー……もうこんな時間か」


普段なら慌てるような時間でもないし気にしないのだが、今日は違う。


「……準備するか」


俺の部屋のカレンダーにはでかでかと赤い丸印がしてある。

場違いなほど目立っているこの印を付けたのは俺ではない。

そして、その印が示す日はというと、8月11日。

今日だった。

夏休みに入ってからのこの自堕落な生活もとうとう終わりを迎えるのだ。


「よーし、こんなところか」


テキパキと身支度を済ませ、数日分の宿泊セットを鞄に詰め込んだ。

すると、見計らったようにチャイム音が部屋へと響き渡る。

玄関の扉を開けると、カレンダーにでかでかと印を入れた張本人が立っていた。


「久しぶりじゃのう。元気しとったか?」


「そこそこ元気。じいちゃんも元気そうだね」


「儂から元気取ったら何も残らんさね」


ワッハッハッと背景に見えそうなほど、豪快に笑う。

そう、今日から俺は里帰りするのだ。



今、一人暮らししている場所から車で約2時間の場所にじいちゃん家がある。

本当に田舎で、正直自然以外何にもないが、俺は嫌いではない。

じいちゃんともばあちゃんともそこそこ仲が良い。

じいちゃんの運転のもと、近状報告も含めたやり取りを交わす。

それ自体は、会った時の恒例行事のようなものだ。


「……着いたぞ」


気がつくと、目的の場所へと到着していた。

あっという間に2時間ほど経過していたようだ。

車から降りると、慣れた手付きで必要なものを準備していく。

ようやくこれにも慣れたし、ようやく板にもついてきた。

目的とは――――母親の墓参りだ。


「…………」


「…………」


所作を行っている時は、二人共黙ったままで真剣な顔色を浮かべている。

この時のじいちゃんは正直、何を考えているか全くわからない。


「……」


「……」


俺の番が来て、線香をあげながら頭の中で母親にも近状報告を行った。

母親の事を思い出すと、いつものあのシーンばかりがフラッシュバックする。


”ごめんなさい”


そう呟こうとした瞬間、じいちゃん”例の言葉”を思い出し、ハッとなって止める。

代わりに何でもない日常の近状報告を続けるのだった。


昔は母親を失ったショックとか自分の過ちとか悔いて、謝ることしか出来なかった。

そんな時にじいちゃんが”例の言葉”を言ってくれた。


「親はな、我が子からそんな言葉が聞きたいわけじゃねえさ……。お前の幸せを一番に願い続けてるんじゃよ。

 だから、お前さんが出来る事は胸張って人生を楽しく、幸せに生きていくこと。それが生んで貰った子供の出来る精一杯の恩返しさね」


この言葉だけは俺は生涯忘れない。

俺を暗闇から掬い上げてくれた言葉。

俺の立派で大好きなじいちゃんの言葉。


過去の思い出で胸がいっぱいになり、目尻がじんわりと熱くなる。

涙を堪えながら俺は顔を上げ、じいちゃんの方へと視線を送る。


「挨拶は済んだか?」


「うん」


「……立派になって喜んどったけぇの」


じいちゃんはいい笑顔を見せながら、ぽんっと俺の頭の上に手をおいた。

それが嬉しくて、さっきまで堪えてきたものがまた溢れそうになりながら、小さく「うん」と返事をした。





◆◆◆





「じゃ、用もすんだけん学生らしく海で青春してこい」


「いや、じいちゃん青春て……」


前フリのないじいちゃんの発言に、とりあえずツッコミを入れるしかなかった。

無茶振りのような内容にどうやって回避しようか思考する。


「俺は家でゆっくりしたい。ばあちゃんにも会いたいし……」


「心配せんでも夜に会えるさね」


「いや、でも……」


「とりあえず海行くさ」


「…………」


俺のツッコミや反論など聞き入れられず、車の目的地は海へと自動変更された。

この強引さだけは未だに慣れない。

しかし、この強引さがなければ今日も俺はダラダラとした日々を過ごしていたかと思うと、感謝せざるをえない。


「じゃあ、遊んどけれ」


でも、これはどうよ!

流石に強引過ぎやしませんか!?

昼ご飯を近くのファミレスで済ました後、海岸近くに無情にも俺一人降ろされた。

「とりあえず、海に行きゃ青春出来るだろうが」とか言っていたが、サーファーでも漁師でもない俺がそんな訳無かろうが。


「……くそっ」


「そんな暴論があるかっ!!」と今にも叫び出したい気分に駆られたけど、それこそ本当に青春してるみたいになるのでやめておいた。

じいちゃんへの反抗として、俺は一番青春から遠そうな”海岸で一人黄昏”を行うことにした。


「こんな田舎の海でしかも知り合いのいない状態とか無理でしょ……」


独りごちる言葉が押し寄せる波の音でかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。




「ははっ……」


流石は田舎である。

海シーズンにもかかわらず、人はぽつりぽつりしかいない。

ウェイウェイ言ってるアホな大学生の姿なんて勿論無い。


人がいなさ過ぎて”海岸で一人黄昏れ”の効果がほとんどないことにがっかりした。

なので、来ている団体客がどういう関係なのか当てるゲームという不毛かつ、最終的に正解すらもわからないしょうもない事を乾き笑いを浮かべながら行う俺。

これで立派にじいちゃんの言い付けには反抗出来ているだろうか。

そんな事を考えながら、次の俺の不毛ゲームのターゲットとなる人達をぼーっと探していると、ある人物が目に止まる。

特別目を引いたとかそんなんではなくて、ただ単に一人で海を眺める姿が俺と同じように見えたから。

それがなんだか気になっただけ。本当にそれだけ。


「一人で何してるんだろ……」


口から思わず零れ落ちた言葉が自身へのブーメラン過ぎて、少しだけ恥ずかしくなった。

本当に俺もなにしてるんだろ……。


誤魔化すように、思考を散布させるように首をぶんぶんと横に振りながら立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。

何処に?

いや、聞くなよ。目的なんてない。

自問自答というまたしても不毛なことを行うぐらい今の俺には何も考えなどなかった。

ただなんとなくの行動しか存在してないし、意味も意図もない。


「はぁー……」


勘弁被る。

そりゃあ溜息もつきたくなるってもんさ。

何にしてももう限界である。

じっとしていることにも飽きて歩き出すとある結論へと思考が到達する。


「……さて、帰るか」


意思を持って行動した結果はこの通りである。

じいちゃんからの小言を受け入れる準備は整った。

俺はこんな所早くおさらばして帰る。



――――ズズッ



「――ッ!?」


だから、俺が立ち去る間際に再び彼女の方へと視界をチラッと動かしたのも今回の出来事も全て――――ただの”偶然”に過ぎなかった。

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