第五関門 旧友

 目がかすむ。ふらふらで、今にも倒れそうだ。


 俺は、一体何をしているんだっけ。


 そもそも、どうして俺はこんな場所にいる。


 どうにも、ここへ来る前の記憶が曖昧あいまいだ。


 でも確か、そう確か、俺は誰かに会いに来たような――。


「――てー‼」


 後ろから、誰かが俺を呼ぶ。


 あぁそうだ、ここへ来たからには、その誰かから逃げなくちゃいけないんだっけ。


「――てー‼ 待てー‼」


 声の主はどんどん離れて行く。今の状態でも、どうやら俺の方が速く走れるらしい。そういうことなら疑問は置いておいて、今は、ただ前へ――。


「待てー‼ 待つカッパ・・・ー‼」


 その言葉で、俺は走る足を止める。後ろを振り向くと、緑の皮膚に甲羅こうらと、頭の皿。その姿は、紛れも無い河童だった。


 気が付くと俺は来た道を逆走し、後ろから追いかけて来る河童を、向かい入れるように抱きしめていた。


「えっ⁉ な、なんすかあんた⁉ バカなの⁉ ルール分かってんの⁉」

「……会いたかった……会いたかったよ、カパ太郎・・・・……」


 見間違える筈はない。そこに居たのは、幼い頃、祖父母の家の近くの河で何度も一緒に遊んだ河童のカパ太郎だ――。


 ある日のこと。幾らでも水を溜められると自慢するカパ太郎の頭の皿に、幼い俺は何を思ったのか、家の冷蔵庫から持ち出してきたケチャップを特に意味も無くぶちまけたのだ。


 それ以降、ずっと仲良しだったカパ太郎は俺の前から姿を消し、この歳になるまで、一度も顔を合わせることはなかった。


 今思えば、幼い頃の俺はどれだけ残酷な子供だったのだろう。


 そうだ、ここへ来る前、俺はカパ太郎に会おうとあの川へ行き、岩場で足を滑らせて、川へ――。


「……ごめん、ごめんよカパ太郎……お前の頭に、ケチャップなんかかけて……ずっと、謝りたかったんだ……ごめん、本当に、ごめんな……」

「…………、あの、すいませんすけど――」


 俺の肩に手を置いたカパ太郎は、少しだけ体を遠ざけ、俺の目を見ると――。


「あっし、ジョニー・カッパっす。お兄さん、河童違いですよ」


 呆れたように、そう言った。


「………………えっ?」

「つうかお兄さん、河童の頭にケチャップなんてぶっかけたんっすか? マジ最悪っすね。それは地獄行きは確定だカッパー!」


 頭部に放たれた手刀とその言葉を最後に、俺の意識は途切れる――。

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