3.
再生されたのは、一時期ネットでも話題になった「戦慄の殺人アパート」に関する動画だった。配信者と思しき若い男性が、六畳一間の和室から何やら実況をしている。今から十年ほど前、金星からの毒電波を受信したアパートの大家が、自分の管理する物件の住人を皆殺しにするという凄惨な事件が起きた。惨劇の舞台となったアパートは取り壊されることなくまだ存在しており、人も住んでいるのだが、半年もしないうちにみんな部屋を出てしまう。収監された大量殺人犯の大家からアパートを引き継いだ老人(先代の大家は老人の孫だった)が住人から話を訊くと、奇妙なことが分かった。曰く、深夜に謎の物音がする。曰く、押し入れの隙間から視線を感じる。曰く、二階の窓の外に黒い人影が浮かんでいた。曰く、水道から緑色の水が出る……などなど。さらに、その噂を聞いてアパートの周辺で聞き込みをしていたオカルト動画の配信者が消息を経ち、数日後、アパートの近くにある用水路から死体となって発見された、というエピソードまであった。そして、今、その呪われたアパートの一室で実況している若い男性も部屋の片隅で蠢く「何か」を目撃し、恐怖に引き攣った表情で叫び声を上げ、そこで動画は途切れる——。
※ ※ ※
「へぇ、悪くないじゃん」
「だろ?」
悠介の言葉に十兵衛が自慢げに頷いてみせた。
「インターネットであれこれ生半可なハッキングをしてたら偶然見つかったんだ。この動画こそ【儀式】に相応しいと俺は直感したね!」
なんだよ「生半可なハッキング」って。ネット検索のことを「ハッキング」とは言わないだろ。「生半可」も意味不明だ。
「ネットの海は広大だなぁ」
卓也が某アニメの超有名な台詞をしたり顔で引用してみせた。でも、そのアニメ、僕達とだいぶ年代がズレてないか。別にいいけど。
「この動画を撮影していた人って結局どうなったのかな?」
「俺も詳しくは知らんが、どうやら死んでしまったらしい……」
卓也の質問に十兵衛が眉に皺を寄せながら答えた。
「それどこ情報よ?」
「よく知らんがそういうことになってるんだよ。コメント欄にそう書いてあった」
悠介の言葉に十兵衛が困ったような表情を浮かべる。
「なんか煮え切らない話だね」
ポテチの袋に手を伸ばしながら卓也が言う。
「そもそも、撮影した人が死んでるのに動画だけネットに流れてるのも変な話だよね。誰がどんな経緯で手に入れたんだろう……」
僕も自分の疑問を言葉にする。
「さらに言うと、手に入れた動画をわざわざネットに流す理由がよく分からねぇ」
と悠介。
「単なるバズ狙いとかじゃないの?」
卓也はそう言うと空のプラコップにお茶を注いで一息に飲み干した。
「一応、調べてみたがこの動画が過去にSNSで話題になったことはない。仮にバズ狙いなら投稿者の目論見は外れたことになる」
「投稿者は何者なんだ?」
「それも分からない。他に投稿した動画もないし、撮影者との間柄も不明だ」
悠介の質問に十兵衛は肩を竦めながら答える。
卓也が言ったようになんとも煮え切らない話だった。
教室を沈黙が支配する。
窓から吹き込む風が少し肌寒いのは僕の気のせいだろうか。
「細かいことを気にしても仕方ないでしょ。話者が不明なのは都市伝説の基本。次はボクのターンでいいよね?」
十兵衛の持ってきたのは別に都市伝説動画ではないんだけど、まぁ、いいか……。
卓也は僕達の返答を待たずにブラウザで何やら検索を始めた。
※ ※ ※
人里離れた沿線に突如現れた怪しい無人駅。そこで発生する無数の
※ ※ ※
「それ、みんな知ってるメチャクチャ有名なヤツだろ!!」
悠介が卓也の頭に右斜め四十五度上からチョップを叩き込む。激しいツッコミだ。
十兵衛が苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
【儀式】で再生する動画に知名度の指定はない。ネットで簡単に手に入るモノを使っても何の問題もない。ないのだけれど、そこはオカルト研究会らしくこだわりを持ちたい。やっぱり、どこかで見聞きしたようないつものアレよりは、まだ誰にも知られてないような目新しいブツのほうが盛り上がるし、何となくホンモノも寄って来そうな気がする。
「なぁ、これって、何の意味があるんだ?」
後ろから聞こえた声に僕達は水を打ったように静かになった。そういえば、こいつの存在を忘れていた。
「あのさ。お前、何者だよ? 誰かのツレなの?」
悠介が僕達の疑問をズバリと言葉にした。
前髪の伸びた少年は、フンと、鼻を鳴らし、
「それはお前達が自分で考えることだな」
と吐き捨てるように言った。
「何だよ、それ!?」
少年の不遜な態度に悠介が気色ばむ。
「もしかして、【儀式】に誘われてホンモノの幽霊が現れた……のか……?」
十兵衛の眼鏡がキラリと輝く。これは期待をしている合図だった。
「でも、さっきポテチ食べてたよ? それに、この人が来たのは動画を再生する前だから、【儀式】は関係ないと思うんだけど……」
卓也が珍しく真っ当なツッコミを入れる。十兵衛が「ぐぬぬ……」と悔しそうな呻き声を上げる。
「それに、お茶も飲んでるし……」
と卓也。
「そういや、足もあるな……」
と悠介。
「しかも、タブレットをいじり始めたぞ……」
と十兵衛。
確かに、幽霊にしてはいろんな意味で人間的すぎる。
とはいえ、足のある幽霊や物理的な干渉をしてくる幽霊が存在しない保証はどこにもない。実際、そういったモノの目撃談はあるし、フィクションにも登場する。
「それにしても、あっちーなぁ」
幽霊少年(仮称)はテーブルに置いてあったポータブル扇風機に手を伸ばした。
「涼んでるな。暑さに弱い幽霊……?」
十兵衛が首を傾げながら言う。
「何だよ、それ。そんな情緒のねぇ幽霊がいてたまるかよ」
悠介が肩を竦める。
「そもそも、昼間に幽霊ってさぁ……。今更なツッコミだけど、【儀式】って百物語の一種なんだよね? 百物語って普通は夜にやるもんじゃないの?」
卓也がポテチの袋に手を伸ばしながら言った。ポテチの摂取量で幽霊少年に負けたくないようだ。あとでちゃんとお金を払えよ。
「旧校舎の周辺は昼間でも幽霊やおかしなモノの目撃報告があるから、【儀式】を執り行うのに問題はないよ。前に説明したよね?」
「聞いたかもしれないけど、忘れた!」
僕の言葉に、卓哉がやたらと元気良く答えた。ヤバイな。一発、殴りたくなってきた。もう少し真面目にやってくれ頼む。オカ研存続が危ぶまれてるんだぞ。
「カケルは真面目だなー」
卓也がケラケラと笑いながら言う。
友人の言葉に自分でもちょっとビックリするくらい苛立ちを覚えた。
「どうかしたの?」
卓也がキョトンとした顔で言う。
その表情があまりに無神経に思えて。
僕は気付くと拳を強く握りしめていた。
「……続きはいいのか?」
幽霊少年の声がした。オカ研メンバーの視線が彼に集まる。
「昼間でも幽霊は現れるぞ。手を握ればそこに影が生まれるからな。どんなに小さくても闇は闇だ。そこにアイツらは寄ってくる。気を付けたほうがいいな」
幽霊少年の言葉に僕は強く握った拳をそっとほどいた。
これは警告なんだろうか。みんな面食らったような顔をしている。【儀式】の場におかしな空気が漂い始めた。
「何かシラけたわ。オレ、もう帰ろうかな」
うんざりしたような表情で悠介が言う。
「そんなワケの分からないヤツがいる状態ですることじゃないだろ【儀式】って。また今度でいいんじゃね?」
また今度って。夏休み明けには旧校舎の取り壊しが始まる。それまでに、黒川先生がまた鍵を貸してくれる保証はないんだけど。
「それは危険だ。【儀式】を途中でやめたらよくないことが起きる。お前もそれくらい知ってるだろ?」
十兵衛が悠介をたしなめる。
「そんなん、オレの知ったことじゃねーよ」
そう言うと、悠介は手をヒラヒラさせながら教室を出て行ってしまった。悠介には気紛れな猫のようなところがあった。
空席ができた。埋まっている椅子は四つ。本来の数になったとも言える。
「どうしよう?」
「どうもこうも、俺達だけで続けるしかないだろ。中止だけはない」
卓也の言葉に、十兵衛が断固とした態度で答える。
教室に、ポリポリバリバリ、と、お菓子を噛み砕く耳障りな音が響く。
残されたオカ研メンバーで少年の顔を凝視する。その表情は伸びた前髪で隠れていた。彼が僕達にどんな感情を向けているのか判然としない。
「なんだよ。ジロジロ見んなよ気持ち悪い。友達を追わなくてもいいのか? 途中離席はまずいんだろ?」
少年が不貞腐れたような調子で言う。
「あ……!」
卓也が何かに気付いたようだ。
「どうしたの?」
「ゴメン! トイレ行きたくなってきた。お茶、飲み過ぎちゃったみたい……」
「……ここのトイレは使えないよ。学校のトイレ、借りたら?」
「無理! 我慢できない! 外でしてくる!!」
卓也が慌てて教室を出ていく。
僕と十兵衛は思わず顔を見合わせた。
「……とにかく、俺達は【儀式】の続きだ」
十兵衛が言った。
僕は自分のリュックからUSBメモリを取り出した。
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