2.

「椅子、ひとつ多くないか?」


 並んだ椅子を指差しながら悠介が言った。

 真名看中学校オカルト研究会のメンバーは四人。並んでいる椅子は五つ。確かに悠介の指摘は正しい。


「あー、それね。予備の椅子だよ。荷物置きにでもしようかと思って」


 僕の説明に悠介は「ふーん」と、興味なさげな声で答えた。いや、自分で訊いておいてその反応はなんだ。


「荷物、置いてないじゃん」


 卓也が言った。


「いや、これから誰かが置くかなって……」

「そうなの? ボクはスマホしか持ってこなかったから他の人が使ってよ」

「オレも使わないからカケルか十兵衛が使えよ」

「ほら、みんな、駄弁ってないで席に着け。ボチボチ【儀式】を始めるぞ」


 オカ研会長の十兵衛がペットボトル飲料をテーブルに置きながら言った。お菓子の準備は僕で、飲み物の準備は十兵衛の担当だった。


「ねぇ、これ食べていい?」


 椅子に座った卓也がポテチの袋を指差した。


「いいよ」

「やった!」


 十兵衛が半透明のプラコップに緑色の液体をなみなみと注ぎ卓也に手渡した。緑色の液体は緑茶だった。そこはコーラじゃないのか。十兵衛は歳の割に——ちなみに、僕達は全員十四歳の中学二年生だ——大人びている、というか、枯れたところがあった。みんなの気持ちがラーメンになってるのに、一人だけ蕎麦を食べたがるタイプ。あと、名前も何かおじさん、というかお爺さんぽいし。これを言うと十兵衛は嫌な顔をするけど。

 卓也はマスクを外して机に置くとパリポリ音をたてながらポテチを食べ始めた。小柄な卓也がポテチで頬を膨らませる姿は、何だかハムスターみたいだった。それにしても、遠慮のないやつだ。まぁ、お菓子代は後でみんなから徴収するんだけどさ。


「朝飯、食ってこなかったのか?」


 猛然とポテチを食い散らかす卓也の隣に座った悠介が呆れ顔で訊く。


「いや、食べてきたよ?」

「腹ペコか!」


 悠介の盛大なツッコミを無視して卓也がプラコップのお茶を飲み干す。


「つまらん漫才はそのへんで終わりにしとけ。そろそろマジのマジで始めるぞ」


 十兵衛はそう言うと僕の隣の席に腰をおろした。

 

「ほい、これ」


 悠介が卓也からポテチの袋を取り上げて隣の十兵衛に渡す。十兵衛はポテチを何枚か取って口に放り込むと僕に袋を渡した。僕はマスクを顎までずらして、ポテチの残りをザラザラと喉に流し込んだ。

 

「うお……!?」


 ポテチを咀嚼する僕の隣で十兵衛が声を上げた。

 窓から吹き込んだ強風に驚いたのだ。「ボクのマスクどこ?」卓也が教室を見回す。悠介が「知らねー」とどうでも良さげな調子で答える。ちなみに、悠介と十兵衛はとっくに顎マスクだった。

 僕は生ぬるくなった緑茶を一口すする。風に飛ばされたポテチの空袋を悠介が拾い上げる。

 なんの気なしに窓のほうに目を向けると、白いカーテンの残骸がゆらゆらと揺れていた。

 それは、まるで、真昼に現れた幽霊のようだった。ここではない遠い場所から、おいでおいで、と手招きしているように見えた。僕はカーテンの動きをじっと見つめる。何故か、目を逸らすことができなかった。


 ガラ——。


 何処かに攫われそうになった僕の意識を教室の戸を引く音が繋ぎ止めた。


「よう。お疲れ様」


 軽い調子で声をかけてきたのは、白いシャツを着た見覚えのない顔の少年。背は低くも高くもなく、痩せても太ってもいない。全く没個性な容姿。強いて特徴を挙げるとすれば、前髪が少し長いこととマスクをしていないことくらいだろうか。声の雰囲気からすると、僕達と同年代っぽい。

 四人で顔を見合わせた。


 ……誰かの知り合い?


 言葉にしなくても、表情からみんなの考えていることは理解できた。

 闖入者は荷物置き場にするつもりだった五つ目の椅子にどっかりと腰をおろし、足を組んだ。五つ目の椅子はオカ研メンバーが座る四つ椅子から少し離れた場所——右端の僕の席の後ろ側——にあった。


 「あ……」


 僕は小さく声を上げた。

 思いがけないことに全ての椅子が埋まってしまったからだ。

 少年は戸惑う僕達を無視してお菓子と飲み物でくつろぎ出した。どういう神経をしているんだ。やっぱり、誰かの友達なんだろうか?


「そろそろ始めるんだろ?」


 少年が伸びた前髪の向こうからチラリと視線を送ってきた。

 これからここで行われることを知っているような口ぶりだった。

 僕達は再び顔を見合わせる。


「ええと……。それじゃ、まずは会長の俺から」


 トップバッターの十兵衛が斜めがけにしたバッグからUSBメモリを取り出す。ノートPCのポートに差し込むと動画プレイヤーが起動して、【儀式】が始まった。

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