夏休みの儀式
砂山鉄史
1.
八月の太陽がチリチリと肌を刺す。今日も馬鹿みたいに暑い。まだ昼前なのに、どうなってるんだ。僕は荷物でパンパンに膨らんだリュックを背負って、通学路をカタツムリのようにノロノロと歩く。自転車を使えれば楽なのに、僕の通う中学校では生徒の自転車通学を禁止していた。そして、それは夏休み中も同じ。なので、部活動のある生徒は、炎天下を徒歩で登校する羽目になる。何という時代錯誤!
家を出てから十分。既に全身が汗だくになっていた。シャツが肌に貼りついて気持ち悪い。マスクはとっくの前にアゴまでずらした。手に持ったポカリのミニペットは空。もう一本持ってくればよかった……。
正直、心が折れかけてるけど、目的地まであと少しだ。気力を振り絞って、僕は通学路を進んでいく。
しばらく歩くと学校の正門が見えてきた。まずは、職員室に行かないと。
※
僕の目の前に、古びた大きな建物がある。正面に見えるのが木製の南棟。その奥に
校舎本体と設備の老朽化、安全面などの問題から新校舎が建てられ、学校機能がそっちへ移された後も、旧校舎は何故か長い間放置され続けていた。その取り壊しがやっと決まったのだ。解体工事は九月の頭から始まることになってる。
学校側としては、生徒のいない夏休み中に工事を終わらせたかったようだけど、新型ウイルス感染拡大の影響で、夏休み中の工事が難しくなってしまった。
たまたま、その話を担任の黒川先生から聞いたとき、僕は今回の「計画」を思い付いた。
「
黒川先生は二十代後半の女の先生で、クラス委員長としての仕事を黙々とこなす僕を信用してくれていた。僕がおかしな部活動に所属しているのは、友達に頼まれて仕方なく……と勘違いしている。僕とオカルト研究会が黒川先生の中でうまく結び付かないようだった。
高いぐるりに囲まれた旧校舎はかわいそうなくらいボロボロで、檻に閉じ込められた太古の巨大生物みたいだった。
サビの浮かんだ門に南京錠が掛かっていた。僕は黒川先生から借りた鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
ガチャリ——。
と、鍵の開く音があたりに響く。僕は鉄製の重い門を汗だくになって引く。敷地の中は手入れされてない草木が鬱蒼と生い茂っていた。しばらく進むと下駄箱の沢山並んだ昇降口が見えた。開け放たれた扉の向こう側から、ツンと鼻をつく嫌な臭いが漂ってきた。埃とカビ、そこに生ゴミを足したような悪臭。たまらず、僕はアゴのマスクを本来のポジションに戻す。
「ん?」
一瞬、昇降口の奥を黒い人影がよぎった……ような気がした。オカ研のみんなが先に来ていたのだろうか? いや、違う。最初に到着したのは間違いなく僕だ。門の鍵は掛かったままだったし、よく観察すると昇降口の床の埃に足跡もない。
じゃあ、今の人影は何だ? 僕の見間違え?
日差しが枝葉に遮られ、旧校舎の中は妙に薄暗かった。名状し難い「何か」が潜んでいてもおかしくない雰囲気だ。
僕はニンマリと笑みを浮かべた。
これは好都合だった。【儀式】の場はこうじゃないと。
【儀式】——。それは、スマホやタブレット、ノートPCなどを使って、参加者が持ち寄った心霊動画やオカルト動画を鑑賞する現代版百物語のことだ。開催場所は曰く付きの場所がよいとされ、【儀式】の最後には本物の怪異が現れる。そういう話になっていた。
僕の所属するオカルト研究会は、慢性的な部員不足が原因で廃部の危機にあった。秋——具体的には十月の文化祭までに規定の部員数を確保しないと取り潰しが確定になる。
【儀式】を行って怪異の撮影に成功したら、みんなオカルト研究会に興味を持ってくれるかもしれない。僕はそう考えた。うまくいく保証はどこにもない。ホンモノなんて現れないかもしれない。でも、やってみなくちゃ分からない。分からないならやってみよう! の精神で、僕らオカ研一同は【儀式】に挑戦することにした。溺れる者は藁をも掴む、というやつだ。
ギシギシと音の鳴る木の階段で二階へ上がる。最初に目に入った教室の扉を引く。教室の鍵は掛かってないと黒川先生から事前に知らされていた。教室の中にもホコリとカビと生ゴミを混ぜたような悪臭が充満していた。それが、マスク越しでもハッキリと分かった。
ひとまず、窓を開けて換気。背負っていた荷物を床に下ろす。壁に何故か竹箒が立て掛けてあった。軽く掃除でもしておくか。床を掃き、埃とゴミを教室の隅に。散乱した机を並べて即席のテーブルを作る。持ってきたタオルと除菌シートで綺麗に拭く。使えそうな椅子を四脚並べる。もう一脚あった。せっかくだし、五脚並べておこう。荷物置きだ。もちろん、椅子も綺麗に拭いてやる。
ふと窓の方に顔を向けると、ボロボロの白いカーテンが風に揺れていた。ひときわ強い風が吹いてカーテンが大きく翻る。隠されていた空間があらわになる。そこを、また、黒い影が横切った。あれは鳥だろうか?
「あ……!」
そこで、僕は大事なことを思い出した。慌てて、リュックから小さな保存袋を取り出す。保存袋の中には白い粉が入っていた。
別にヤバいシロモノではない。白い粉の正体は塩だ。ネット通販で買った、ちょっとお高い岩塩。
岩塩を白い陶器の小皿に盛って、教室の四隅に置く。
いわゆる「盛り塩」だ。
教室の四隅に配した盛り塩で【儀式】の場を清め、邪悪な存在の侵入を防ぐのだ。
これで、【儀式】の最後に現れる(予定)のホンモノにできることは、教室の外の廊下をウロウロと彷徨うことくらいだろう。
撮影は安全な教室の中からすればOK。どうよ、この完璧な僕の「計画」!
おっと。最後の仕上げをしないと。僕は教室から出て、引き戸に赤いテープで作った大きな「×」マークを貼り付けた。このマークは、この教室が【儀式】の場であるという印だ。
これで、準備は整った。
腕を組んでウンウン頷いていると、下の階から物音と話し声が聞こえてきた。他のメンバーも到着したみたいだ。
僕は教室の中に戻ると、机の上にリュックから取り出したスマホとタブレット、ノートPC、ポケットWi-Fi、みんなでつまむお菓子類を並べていく。
準備が終わってしばらく待ったけど、誰も二階に上がってこない。ただ、話し声がいつまで聞こえて来るだけだ。
どうしたんだろう?
昇降口まで様子を見に行こうかと僕は椅子から腰を浮かせる。
「おっ、ここにいたのか。探したぞ」
教室の戸を引いたのはよく知っている顔。オカ研メンバーの
「すまん。少し遅れた」
悠介の後ろから、オカ研会長の
「スマホの電源、切ってたの? 何度かけても出なかったけど」
悠介と十兵衛の間をするりと通り抜けながら、
「え、本当? 準備に夢中で気付かなかったかも……」
スマホを確認すると、確かに卓也からの着信履歴が残っていた。
「カケルって真面目なのに結構ヌけたところあるよね」
卓也はそう言うと、椅子の一つに腰をおろした。
「カケルはこのクソ暑い中、先に来て準備してくれてたんだぞ。あまり失礼なことを言うな」
十兵衛が卓也の頭をポカリと叩く。その様子を見て悠介がクックッと笑う。
「手分けして探そうかと思ったけど、卓也が泣いて怖がるやめたんだ」
「は!? 別に泣いてないし!」
悠介の言葉に卓也が真っ赤な顔で反論する。十兵衛が二人を呆れ顔で見つめる。
会長の小河原十兵衛、星悠介、小出卓也、そして僕——副会長の
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