第26話 銃弾の痛み
瞬間、テオは腕の痛みを忘れた。
それの比ではないものが、腹の中に飛び込んできた。
最初に感じたのは熱だった。
やがて遅れて、激痛がやってくる。
「が、ぐぁっ――!」
異物によって肉が裂け、体内が蹂躙されていく。
あやうく、今が戦闘中であることを忘れてしまうくらい、痛い。
「……ダメ押しをしておくか」
〈影縫い〉を放つために杭を投擲するが、テオは零の刀身から閃光を放って影の位置をズラした。
さらにその光を目くらましにして、再び校舎内に逃亡。
眩い光に一瞬視界を奪われた夜見は、ふうと嘆息した。
「なるべく設備を壊したくないから外に叩き出したんだが……まあいいか。必要経費ってことにしておこう」
歩き出そうとしたところで、腹がじくりと痛む。
手を当ててみるとぬるりとした感触。
月明かりに照らされた手は、真っ赤に染まっていた。
どうやら、知らぬ間に一撃を食らっていたらしい。
「やってくれるな……せっかくの酔いが覚めちまったぞ。これが終わったら飲み直しだな」
舌打ちしながら、夜見はテオの後を追った。
授業で使われている実験室に逃げ込んだテオは、荒い息を吐き続けていた。
額からはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。
余りの痛みに、言葉を発することすらままならない。
傷口からは、帯びた正しい量の血が流れている。
回復魔法で傷を治そうとしても、傷が一向に塞がらない。
「くそっ、弾に何か細工されてるって、ことか」
「ありゃー、こいつぁまずい。魔弾の類いか。回復魔法に思いっきり反発してるね。これが体内にある限り、君の傷が癒えることはなさそうだぜ。貫通してくれたら良かったんだけど」
元の姿に戻ったゼロは、傷を検分しながらぽりぽりと頬を掻いた。
「回復魔法殺しってところか。物理的に止血するなりなんなりすればそれなりに対処できるが、そんなもの見つからないしねえ。回復魔法に頼りすぎてる我が主にとっては、中々にイターい魔法ってことだね。二重の意味で」
「こんな時に、冗談言ってる、場合、か」
突っ込みを入れるだけでも重労働だ。
「ともあれ、この状況でやるべきことは一つだ。僕は弾丸を摘出する。君は全力で回復魔法を使ってくれ。くれぐれも気絶するなよ」
「でも、どうやって」
弾丸を摘出できるような設備を探すということか? と思ったが、
「まさか、こうするのさ!」
ゼロはそう言う否や、手を築く血の中に突っ込んだ。
傷がさらに裂け、血がさらに迸る。
「がっ……!」
「早く魔法を使った方がいいよ? こっちは君を殺すつもりで弾を取ってるんだからね」
「く、そ。なんて、滅茶苦茶」
痛みに意識がぶっ飛びそうになりながらも、全力で回復魔法をかける。
ゼロはぐちゃぐちゃと腹の中をまさぐっていたが、弾を二本の指で挟み込むと、そのまま一気に引き抜いた。
それが引き金になったように、傷が一気に塞がっていく。
「し、死ぬかと思った……!」
「どうだい我が主。痛い腹を探られた感想は」
「二度とゴメンだ。て言うか腹を探るって絶対こう言うことじゃないだろ……」
もっとこう、精神的な話ではなかったのか。
「それで、どうしようか。このまま僕と愛の逃避行としゃれ込むかい?」
「馬鹿言うな。明日は月曜だぜ、授業を受けないとだろ」
「意地でもこの学校を辞める気はないのが君らしいねえ。いっそのこと、僕を交渉材料にするって手もあるぜ」
「でもそんなことしたら、退学は免れないだろ」
「いいや、僕の命を人質にすればいいんだよ。君を退学させれば、僕自身が滅びるぞ、とね。精霊も不老不死って訳じゃ無い。不老ってのは間違い無いけど、死ににくいってだけなんだ。僕自身が命を絶つこともできるよ」
「却下だ却下。俺は魔法師になるためにこの学校に通ってるんだ。おまえを失ったら、何の意味もない」
ゼロはしばし目を瞬かせていたが、はあと嘆息した。
「……フィオナ・ルザークには絶対にその手のことは言うなよ。誤解を招いたら、即刻ギロチン行きだろうからね」
「おまえは何を言ってるんだ。ったく、らしくないこと言いやがって。調子が狂うぞ本当に」
「いやあ、引き渡すなんてつまらない回答したら、契約破棄して殺そうと思ってたからねえ」
「こんなギリギリの極限状態で人を試すなよ!?」
とんでもないトラップに慌てふためくテオを見て、ゼロはけっけっけと笑った。
「しかし結構面白い武器を使うねえ彼女は。異世界ではあんなのがびゅんびゅん飛び交ってるのかな? 避けるのに苦労しそうだよ」
「あんなのが連射とか大量にばらまかれたりとかしたらおしまいだな」
一発食らった者としては、絶対に勘弁して頂きたい。
「けど、万能な武器なんてのは存在しない。あの銃にも、弱点はある」
トーラス・レイジングブルの装填弾数は六発。
魔力がある限り撃てる魔法と違って、絶対的な上限が存在する。
弾を補充する際にも、かなりの隙をさらすことになる。
仕留めるには絶好のタイミングだ――もっとも、その最大のチャンスをふいにした大馬鹿者がいるのだがそれはそれとして。
「とはいえ、銃が無くても滅茶苦茶強いんだよな夜見先生……」
夜見が使う魔法はフィオナのような派手さこそないが、極めて堅実だ。
さらにあの体術。
素手でやり合ったら完敗すること間違い無しだ。
「彼女の強さは、縛られていないことなんだろうね」
「? そりゃまあ、教師にしては結構自由な人だよな」
そりゃもう、いつ職を失ってもおかしくないレベルで。
「そっちじゃない。戦いになると、人間は一つの手段に縛られがちだ。剣使いは剣に、槍使いは槍に、そして魔法師は魔法に……と言った具合にね。それを潰されれば、極めてマズいことになる。もし君が、僕を使えないとなったら詰むようにね。これが縛られているってことなのさ」
「けど夜見先生は、魔法を殺すための手段の一つであると割り切ってるってことか。体術と銃と魔法。戦力の依存を分散しておけば、一つがダメになっても他のものでリカバリーが利く……なるほど」
どっちにしたって反則だと叫びたくなる強さではあるのだが。
「そんな人とやり合おうなんて、もしかしなくても滅茶苦茶難しそうだな」
第一の魔法〈天衣無縫〉は屋内では使えない。
屋上のような障害物がない場所が望ましいが、そうなると夜見の銃が脅威になる。
天衣無縫には魔力を充填する必要があるが、夜見の銃はない。
狙いを定めて引き金を引けばそれで終わりだ。
チャージ中は無防備になるので、防御壁も展開出来ない。
不意打ちがベストのようでところがどっこい、天衣無縫チャージ中は眩い光を放つし、おまけに今は夜なので尚更目立つ。
当たれば必勝だが、それ以外は全て負けに繋がりかねない要素を孕んでいる。
とは言え、第二の魔法〈有象無象〉も、変幻自在と言えど決定打には成り得ない。
「……可能性があるとすれば、第三の魔法を使うしか無いね」
「第三の魔法? なんだそりゃ初耳だぞ」
ゼロの伝承にも、そんなことは書かれていなかった。
もっとも、ゼロの魔法の詳細は結構曖昧に伝えられているので、今さらという話ではある。
「〈無我夢中〉これを使いこなせれば、恐らく彼女を倒すことが出来るだろう」
「なんか凄まじく強そうな魔法だな。つーかそんなものがあるなら早く言ってくれよ」
「結構難しいんだよコレ。何せ、今までの契約者の中で使えたのはたったの三人だ」
「三人!? おまえと契約した人間って有名な魔法師も結構いたよな」
「まあね。おまけに魔法師としては、君は最低レベルだし」
あー困ったと肩をすくめるゼロ。
「し、仕方ないだろ。こちとら使えるようになって半月なんだぞ」
「だからこそ、魔法省の連中に狙われているんだけどね。まあそう言う魔法もあるとだけ頭の片隅にでも留めておいてくれたまえ。使えれば御の字だが、それはよっぽどのコトじゃない限り無理だ」
「結局そうなるか……ゼロ。力、貸してくれるか?」
「もちろんだとも」
にっと、ゼロは笑った。
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