第27話 切り札

 カツンカツンと、夜見の靴音が夜の校舎に響き渡る。

 暗殺であれば足音の消していたが、今回の仕事はあくまで無の精霊の『保護』だ。

 その過程で、偶然たまたま契約者が死んでしまっても、それはやむを得ない事故として処理される。

 処理できてしまう。


「そこら辺は、世界が変わっても変わりはしないか……」


 世界が変わっても人間は人間、ということなのだろう。

 テオを追うこと自体はそこまで難しくない。

 廊下に転々と落ちている血痕をたどっていけばいずれ辿り付く。

 と思ったのだが、血痕は実験室でぷっつり途切れていた。

 テオの姿も見当たらず、代わりに血を纏った弾丸が転がってる。


「自ら弾丸を摘出したか」


 魔法が発達している反動か、この世界では銃の技術が発展していない。

 それらしきものは作られていたらしいが、態々そんなものを使わなくても魔法を使えばいいと衰退したとか。

 そのせいで銃の対処法が広まっていないのは行幸ではあったが――


「道具を使った訳ではなさそうだな。となると、自分の手でほじくり出さないといけないわけだが」


 自分でそれをやるということは、凄まじい精神力を必要とする。

 テオの傍らにはゼロがいるので、彼女が摘出したというのが有力だが、どっちにしたってテオにかかる負荷は尋常ではない。


「やはりしぶといな。もう少し報酬をふっかけるべきだったか」


 競馬で大勝ちはして懐は暖まっているものの、それはそれ、これはこれだ。

 実験室を後にしてしばらく歩くと、廊下が防壁魔法によって塞がれていた。


「十中八九あいつの仕業だが……さて、どうしたものかな」


 足止めさせるための時間稼ぎだ。

 隙間無く展開されている以上、進むには壁を破壊する必要がある。

 壁そのものがトラップであり、触れた瞬間にドカンという可能性もあるので、念のため距離を取って銃で壁を撃った。

 弾丸は、壁をあっさり貫通し、そこから亀裂が走って崩壊していく。

 いくら大口径のトーラス・レイジングブルの弾丸と言えど、よく練り込まれた土の壁を貫通させることは難しい。

 テオが未熟だからか? いや、そうだったとしてもこの壁は薄すぎる。


「破壊させることを前提にした壁……ということか」


 崩壊した壁の先にテオが待ち構えているのではと思っていたが、そこには誰もいなかった。


「どこまで逃げたんだか――」


 呟いた瞬間、頭上から光弾が降ってきた。

 反射的に革のコートを翻し攻撃を凌ぐ。

 魔獣の皮を使用したこのコートは、魔法を防ぐ鎧としても機能する。

 焦げた臭いが鼻を突く。

 完全には防ぎきれずに僅かに数歩後退したところで、夜見の頭上に潜んでいたテオは垂直落下し、斬りかかった。


「壁をデコイにした頭上からの不意打ちか……悪くないな」


 飛び退いて斬撃を避ける。


『あーあー、どうするんだい我が主。せっかくの不意打ちだけどこれじゃ意味がないよ』

「仕方ないだろこっちだってこう言うのは初めてなんだよ!」

『不意打ちがかい? それとも銃持ったおっかない女に追い回されていることかい?』

「両方だ!」


 平穏でトラブルとは無縁な学生生活を望んでいたという訳でもないが、これはあまりにも刺激的すぎる。

 繰り出される夜見の拳を、物体強化魔法を付与した制服でガードする。

 制服からミシリと嫌な音がしたが、攻撃そのものは防ぐことが出来た。


「結構使えるな、この魔法……!」


 物質強化魔法も、当然テオのノートに書かれていたものなので使うことは可能だ。

 今日使ったのが初めてなので付け焼き刃もいいところだが、それでも最低限の役目は果たしてくれる。

 弱点は、制服を強化すると圧倒的に動きにくくなるということか。

 攻撃が当たる直前に発動し、ダメージを殺した後に解除するという逆ヒットアンドアウェイみたいなことをする必要がある。


 夜見は初手が封じられたことにも気にした様子もなく、次々と拳や脚を繰り出していく。

 少しでも間合いを取ろうものなら、レイジングブルを撃ってくる。

 距離が近い分、避けることは極めて難しい。

 遠距離戦と接近戦。

 どちらも百戦錬磨の夜見の方が一歩先を行っている。

 ゼロの力を借りたとしても、その差を埋めるのは容易ではない。

 腕が千切れんばかりに剣を振るいながら、実験室でのゼロの言葉を脳内で半数する。




「第三の魔法は、魔法の核心というか根源というか、そこら辺を理解する必要があるんだよね。今の君は、蛇口を捻ってそこから出て来た水を使っている状態だ。目指す場所はその水源だ――と言えば分かりやすいかい?」

「ああ。でも、どうやってそれを目指せばいいんだ?」

「そりゃ僕は分からないよ。君自身が見つけなくっちゃあ意味がない」




 さっきっから第三の魔法とやらのイメージ構築を行っているが、うんともすんとも言わないのが実情だ。

 イメージ自体は、他の無属性魔法と同様にテオの頭の中に存在した。

 だが、足りない。

 たったひとつ、しかし決定的なピースが足りない。

 それが何であるかは分からない。


 ただただ足りないという事実だけを認識していて、そのピースが何であるかも分からない。

 一つ明らかなのは、テオ・リーフは、第三の魔法は使えないということだ。

 であるならば、切り捨てるしかない。


「今ある手札で全力を尽くすしかないってことか――!」


 零を地面に突き立て、夜見の足下に壁を展開する。

 壁は上昇し、このままでは夜見の体は天井に押し潰される。

 無論そんな最期を迎えるはずもなく、夜見はひょいと壁の向こう側へと退避した。


「この期に及んで逃亡って訳じゃないな。決闘でフィオナに使っていた戦法か……?」


 薄い壁を展開して視界を塞ぎ、圧縮した水の弾丸で壁ごと撃ち抜くという騎士道精神もへったくれもない技だが、それを行うにはこの壁は分厚すぎる。


「となると……横のガラスを突き破ってくるか」


 ちらりと視線を横に移した瞬間、土の壁から隆起するように杭が出現し、次々と撃たれていく。


「壁そのものが砲台ということか」


 撃ち出された杭は、合わせて五本。

 その間を縫うように避けるが、どうしても一本避けきれない。


「やむを得ん――!」


 拳で杭の側面をアッパーカットで破壊した瞬間、その中に内包されていた魔力が周囲にばら撒かれた。

 散弾のように広がるその魔力は他の杭を絡め取り、次々と誘爆していく。


「くっ」


 爆破の轟音と共に、ジュウ、と肌の焼ける音が耳にこびり付く。

 蛇目をかざし水気を発生させて身を守った。。

 火達磨になって果てるという最悪の結末は回避出来たが、体のダメージが深刻だ。

 杭の破片が食い込み、いたる所に火傷を負っている。

 特に左手の火傷が酷い。


 火の中にそのまま突っ込んだようなものなので当然と言えば当然だが。

 もしこの技に属性があるとすれば、火と土の合わせ技と言ったところだろう。

 爆発の威力は凄まじく、壁が吹き飛ばされ、外から丸見えになっていた。

 かと言って避けずにあのまま受けていたら、それはそれで大惨事になっていただろう。

 主に夜見の体が。


「魔法版バンカーバスターってところか。本当に遠慮というものがないな、おまえは。私を殺す気か?」

「そうでもしないと勝てそうにないから――な!」


 さらに連続して斬撃魔法を放つ。

 夜見は、レイジングブルの引き金を引いてそれを打ち消した。


『――今だ我が主。彼女の残弾は、ゼロだ!』

「狙い通り――!」


 零の刀身に纏わせながら、地面を蹴った。

 弾切れを狙って、接近戦に持ち込む。

 それがテオの作戦だった。

 弾丸を交換させる暇すら与えない。

 魔力を込めたこの一撃で、全てを終わらせる。

 だが、夜見は迫り来るテオに怯んだ様子も見せずに、そのまま弾切れのトーラス・レイジングブル構えている。

 また、そのブラフか。


「二度も同じ手を食うかよ!」

「――ああ。だから、今回は別の手でいかせてもらう」


 蛇目に埋め込まれた宝玉が怪しく輝く。

 その中から出て来た蛇の幻影が、レイジングブルに絡みついた。


『げぇ!? ストップだ我が主、アレはヤバい!』

「――っ!?」


 ゼロはいち早く、繰り出されようとしている魔法の脅威を理解していた。

 止まろうとしても、もう遅い。

 やられた。

 一回カマをかけられたことで、あの銃は物理的な攻撃方法しかないと勝手に決めつけていた。

 だが、事実は違った。

 テオはまんまと、夜見の策に引っかかった――!


「――カース・オブ・ヒュドラ」


 トリガーが引かれる。

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