第24話 戦勝祝い

「いやあ、まさかあそこまで気持ちよく勝つことが出来るなんてな。これだから賭けはやめられん」


 夜の街灯を歩きながら、夜見はいつになく上機嫌だった。

 ついさっきまで、近くの酒場で何杯もジョッキを空けていたこともあって、夜見先生の頬は朱がさし、どこからどうみても酔っ払いである。


「知ってるか? 私がいた国じゃ、酒は二十になるまで飲むのを禁止されていたんだぞ」


 なんて、異世界トリビアを披露してくれている。


「ロックが聞いたら発狂しそうですね、その国」


 そう答える俺の口調も、どこか浮ついているのが分かる。

 酒は滅多に飲まない俺だが、今日は夜見先生の奢りだというので、せっかくだからとご相伴に預かったのだ。


 ゼロが妙に静かなのは、単純に彼女がこの場にいないからだ。

 途中から風呂に入ってくると、酒場を後にしていたが、その際に、


「甲斐性を見せるチャンスだぜ?」


 とか大きなお世話を言い残していた。


「……あ」


 ふと我に返ったように、夜見先生はぽりぽりと頭を掻いた。


「どうしたんですか?」

「忘れ物を思い出した……」

「忘れ物?」

「ああ、魔道具を作るための材料を職員室に置きっぱなしだったんだ。くそっ、今更思い出すなんて」

「でも、結構遅い時間ですよ? 明後日に取りに行くってことじゃダメなんですか」

「あの材料は劣化しやすくてな……今日でもギリギリと言ったところだ」

「それはいけません。早く回収しないと」


 魔道具の材料で劣化がしやすいとくれば、かなり珍しい代物であることは確かだ。


「見たいのか?」

「興味はありますね」

「それを世間一般では見たいと言うんだ」


 そんなこんなで、やって来ました夜の学校。

 元々歴史を感じさせる校舎だけあって、夜の迫力は中々のものだ。


 首無し騎士とか、幼い女の子の幽霊が彷徨っていたとしても納得のシチュエーションである。

 夜見先生は自分のデスクの中をごそごそと漁っている。

 俺はその間、改めて先生の職員室を見回した。

 棚には本やら蛇の標本だとか、魔法に関する資料が所狭しと並べられている。

 これぞ魔法師の工房って感じだ。


「ここに来るのは二回目か……」

「そう言えばそうだったな。それにしては、初めて来た場所みたいな反応だが」

「そりゃそうでしょ。退学突きつけられてて他のこと考えられると思います?」

「違いない。だがおまえは、自分の力でそれを覆した。それも契約したのは無の精霊ときたもんだ……それを知ったときの同僚共の様子を、おまえに見せてあげたかったよ」

「参考までに、どんな感じだったんですか?」

「噂は本当だったとか、先を越されたとか、せめて無の精霊を解剖させてくれとかかな」


 なんか一つヤバそうのが聞こえてきたが、聞かなかったことにしよう。


「それはそれとして、だ。テオ、一ついいことを教えてやろう」

「何ですか?」

「酔っ払った状態で暗がりに連れ込まれると、大概ロクなことにならんぞ」

「何言ってるんですか――」


 振り向いた俺の視界に映り込んだのは、銃をこちらに構えた夜見先生の姿だった。

 響く銃声が、俺の体から酔いを奪い取った。


「……な、なにやってるんですか先生。冗談にしては、心臓に悪すぎますよ」

「冗談? 悪いが、このトーラス・レイジングブルは冗談に使うものじゃない。正真正銘、殺しの道具だ」

「なっ……!?」


 その言葉が意味するのは何であるのか理解できないほど、俺は馬鹿じゃない。

 先生は、確実に俺を殺す気だ――


「けど、なんで……? なんで先生が俺を殺すってことになるんですか!」

「仕事だよ。教師としてではなく傭兵としてのな。おまえと無の精霊の契約を破棄させろとお達しが上から来たんだ。で、私は今それを実行に移している――やべ、依頼主を明かしてしまった」


 ちっと小さく舌打ちする先生。


「上って、まさか学園長が――」

「あのお気楽ババァがそんなことするか。もっと上――魔法省の連中だ」

「魔法省!?」


 なんだって、そんなバカでかい組織が動いてるんだよ!?


「それだけ、無の精霊の存在はデカいということだ。本来おまえみたいな半人前が契約する精霊じゃないんだよ。どうする? 契約を破棄するというのなら、命は勘弁してやるぞ」

「……破棄なんて、出来るはずないじゃないですかそんなの!」


 ゼロとの契約を破棄するということは、同時に長年に抱き続けた夢を捨てることを意味する。

 そんな条件、飲めるはずがない。


「同意を求めているだけ優しさだと思うんだがなあ……」


 どこがだ!

 俺は内心毒づきながら、職員室から転がり出る。

 迂闊だった。

 好奇心に負けてホイホイついて行った結果がこれか……いや、まあ、さすがに銃で脅されるハメになるなんて誰も想像できんだろ。


 転がるように逃げる俺の足下に、次々と弾丸が撃ち込まれていく。

 抉られた床の破片が食い込んだのか、鋭い痛みが襲う。

 けど、止まる訳にはいかない。

 止まったら、確実に殺される。


 一瞬だけ振り向くと、夜見先生はゆっくりとした足取りで追いつつ、銃を撃ってくる。

 狩人に追われるウサギはこんな気分なのかもしれない。

 そう思っていると、目の前に立ちはだかったのは、行き止まりの袋小路。


「しまった……!」


 銃弾から逃げることに頭がいっぱいで、逃げてる方向をまるで考慮していなかった。

 完全に追い詰められた。


「わざわざ銃弾を当てなかったのは、ここに誘い込むためだったのか……!」

「ご名答だ。さて、もう逃げ場はないぞ。これ以上続けると言うのならば――確実に殺す」


 チラリと、月光が差し込むステンドグラスに目をやる。


「窓から逃げるか? やめておけ。ここは二階で、しかも花壇みたいなクッションもない。身を投げ出したら、悪くて即死良くて骨折だ。どっちにしたって、逃げることは不可能だ」


 くそっ、見抜かれてたか。

 そう言うのも込みで、夜見先生はここに俺を追い込んだみたいだな。


「まあ私とて鬼ではない。なにしろ金で雇われた身だからな。それ以上の額を出すというのなら、見逃すことを考えてやってもいいぞ」


 ぴっと指で示す夜見先生。


「さ、三十万……!?」

「バカモン、一桁少ない」

「馬鹿はそっちだ! そんなの学生に払えると思ってんのか!?」

「フィオナ辺りは払えるだろ」

「あっち貴族! こっち平民!」

 同じ金銭感覚を持っていると思われても困る。

「そうか、なら破棄して貰おうか」

「……っ」


 やっぱり、そこに戻ってきてしまうか。


「俺と契約を破棄して、ゼロをどうするつもりなんだよ」

「魔法省のとある派閥が保護することになっている。とは言えその実態は、体のいいモルモットだがな」


 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 モルモットという動物が何なのかは知らないが、ロクでも無い待遇を受けることは容易に想像が付いた。


「ふざけんな――!」


 激昂し殴りかかる。

 夜見先生の膝が俺の鳩尾を打ち抜き、体が呼吸の仕方を忘れた。


「がっ」


 結局、殴ることが出来ないまま、俺は地面に転がった。


「馬鹿か。今のおまえじゃ私に勝つことはできん。己の実力も理解せぬままに突っ込むのはただの自殺行為だ。何故、奴を呼ばない? ゼロを呼べば少しはマシになるだろうに」

「おまえらの狙いが分かってるのに、呼ぶバカがいるかよ」


 そもそも念話じみたことはあいつとはやったことがない。

 その証拠に、何度も逃げろと念じていても、うんともすんとも帰ってこない。


「……まったく、これじゃ意味がない」


 ふうと夜見先生は嘆息した。


「何故、あいつに拘る? 契約を続けたとしても、平凡な人生を送るというのも、悪くはない話だと思うがな」

「分かってねえな……あいつは確かにクズで口が達者でちゃらんぽらんで、俺のためとか言って結局自分の娯楽のためにしか動いてなかったり、どうしようもない奴だけど……だけど――」


 ――あれ、あいつのいいところってんだ?

 悪いところはポンポン湧き出てくるのに、いいところとなった途端言葉がピタッと止まってしまった。

 こうして考えてみると、あいつ本当にどうしようもねぇな。


「おいどうした。何も言わないと、おまえが命を張る理由が無くなるぞ」


 命を張る理由……か。


「それなら、ある……あいつは、俺に夢をくれた。理由なんて、それで充分だ」


 一週間以内に精霊と契約しろと言われたときは、心の中でどこか諦めていた。

 あれだけ一生懸命足掻いていたのも、最後まで何かしら足掻いていたというポーズを取りたかっただけなのかもしれない。


 早々に諦めるより、ギリギリまで粘ってダメだったというオチの方が、まだ諦めがつく。

 俺は精霊と契約できない。

 誰かに言われなくても、そんなの自分がよく分かっていた。

 けれど、そんな俺とも契約してくれた精霊がいた。


「あいつが俺のことをどう思ってるかはそこまで重要じゃねーんだよ……少なくとも、俺はあいつに感謝しているんだ」


 どうしようもないロクデナシだったとしても、だ。

 何よりゼロは自由を愛する精霊。

 そんなあいつを、また縛り付けてモルモットだがなんだかにしようなんて、冒涜的にも程がある。

 ああくそっ、こんなの恥ずかしくて当人の前で絶対に言えない。

 聞かれたら、半年はこのことであれこれ言われるのは目に見えている――


「――おいおいおい。まさかとは思ったけど、斜め上のプレイに興じているとはさすがの僕も思いもしなかったぜ」

 

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