第23話 担任と競馬
「ふう、今日はこんなもんか……」
アパートメントの自室で、俺は教科書を閉じてのびをした。
鳩が出てくるのを一度も見たことがない鳩時計を見やると、短針は既に正午を指している。
起きてからずっと机に向かっていたから、かれこれ六時間は勉強をしていたことになる。
平日はいつもフィオナと勉強しているので、一人で勉強するも結構久しぶりだ。
「さすがに今日はこれくらいでいいか」
勉強をしないのも問題だが、根を詰めすぎるのもよくない。
何事も適量が肝心だ。
「となると、この休日をどう有意義に過ごすかが問題だな……」
テオはソファーで寝ているゼロの頬をつついて起こした。
「んにゃ……なんだい我が主。夜這いにはちょっと時間が早いんじゃないかな」
「もうちょっと遅くてもするか、そんなの。今から外出するから、留守番よろしくな」
「おいおい、そこは一緒に行くか? みたいな甲斐性を見せてくれてもバチは当たらないんじゃないかい?」
どうやら一緒に行きたいらしい。
そんな訳で二人揃ってアパートメントを出ると、休日と言うこともあって、街はかなりの人間で溢れていた。
いくら試験が近いとは言え、遊びたい盛りの学生にカンヅメさせることはどだい無理な話だ。
青春真っ盛りな彼ら彼女らは、思い思いのファッションに身を包み、休日を謳歌している。
中には制服姿の学生も見られる。
学校の制服に身を包めるのはとても短い時期なので、今のうちにそのファッションを楽しんでおきたいってことか?
もしくは服の手持ちが乏しい俺のような貧乏学生とかか。
「どこに行くか予定はあるのかい?」
「別に。ひとまずテキトーにぶらついて、気になった所があったら入るって感じ」
それが俺が外出する際のお決まりのコースだ。
「ははーん。君、デートの時ロクな予定を立てずに行き当たりばったりで行って大失敗するタイプだろう?」
「さあな。何よりデートというものをしたことがないんだよこちとら」
ガリ勉だなんだと言われる俺とて、健康な男の子。
できることなら恋人だって欲しいし、できればあんーなこともこーんなことも興味があるぞ。
一応異性との交流はそれなりにあるが、おちょくられたり踏んづけられたりと、色気もへったくれもありゃしない。
「なるほど……つまり僕が初めての相手と言うことだね」
そう言って上目遣いでこちらを見るゼロはなんていうか、その、凄まじいまでの破壊力を秘めていた。
「からかうなよ」
「からかってないよ、って言ったらどうする?」
やばい。
これは反則だ。
からかわれているのが明白なのに、ここまで顔が熱い。
ひとまず頬を思いっ切りぶん殴って正気に戻る。
「うんうん。それだけのリアクションをしてくれただけでも充分収穫があったと考えてよさそうだ」
ついでにゼロのニヤけ面にも一発お見舞いしてやりたかったが、ぐっと堪えた。
「……ん?」
そんな中、ふと目に止まったのは競馬場だった。
休日平日問わず大盛況のこの場所は、今日も多くの人で賑わっている。
「ねえ我が主。数時間で大金持ちになれる錬金術を知っているかい?」
「賭博と神秘を一緒にするとか舐めてんのか」
十五から成人を迎えるこの国では、賭博もその歳から解禁される。
一応俺も中に入って金を賭けることができるが、そんなことをやっていられる程、懐は温かくない。
「いいじゃないか。勝てば大金持ち、負けてば全てを失う。そら、僕が契約したときの言葉に嘘はないだろう?」
「余りにもスケールが小さすぎるだろ。おまえと契約して破滅と言ったらもっとこう、劇的なものになるんじゃないのか?」
仮に破滅したのだとしても、その手のものなら諦めが付く気がする。
「ちなみに一番ショボかった最期は、酔っ払って肥だめで溺れ死んだと言うヤツだったね」
「やめろやめろそんな話聞きたくない!」
「ある意味劇的だろう?」
「そんなイロモノ一直線な最期ご所望じゃねえよ!」
ともあれ、こんな場所で人生ごとオールインするなんて酔狂な真似は絶対に出来ない。
さっさと競馬場の前から去ろうとしたその時、背後から声をかけられた。
「なんだおまえら、こんな所で逢い引きか?」
振り向くとそこには、黒い革のコートが印象的な担任教師――夜見先生だった。
「先生? どうしたんですかこんなところで」
「休日に先生はよせ。それに、ココに来る目的なんて一つだろう」
夜見先生の左手には競馬新聞、耳には赤いペンが載せられている。
まさしく競馬場の完全武装状態であった。
そう言えば夜見先生、結構賭博すきなんだっけか。
フィオナと決闘したときも、俺の勝利に五万マニーも突っ込み見事ボロ負けしたとかなんとか。
まあ勝手に賭けたのはあちらの方なので、これっぽっちも心が痛まないけど。
「いまさらですけど教師が賭博とか大丈夫なんですか……?」
「当たり前だろう。いくら言葉で飾り立てようが、結局は教師も労働者の一つに過ぎん。それに、自分で稼いだ金をどう使おうがと私の勝手だ。他者にあれこれ言われる筋合いはない」
「そんなもんですか」
「人に娯楽は必要不可欠だぞ。で、おまえらも賭けに来たのか?」
「賭け事で破滅する趣味はありませんよ」
「それは素人の考えだな。例え給料日に全額スッたとしても、人間何とか生きていけるものだぞ」
たくましいと言えばたくましいが、なんだって給料日に全額突っ込むなんて発想が思い浮かぶのだろうか。
「ちなみに精霊学園を退学する生徒のうちの一割は賭博にのめり込んだのが原因だったりする」
「がっつりアウトじゃねーか! そもそもなんで賭場が学生街にのさばってるんだよ!」
うっかりしていたが、再考してみると中々に狂気に満ちた立地条件じゃないか!?
「学園にかなりの金を収めてくれるからな。結構な収入源になっているんだこれが」
「金か。結局は金なのか……!」
「どんな世界であろうと結局はそんなもんだ。だが、賭博に飲まれるヤツというのはつまるところ、その程度のヤツだったというだけの話だろ。身を滅ぼしたのがたまたまギャンブルだったというだけだ」
先生はシニカルに笑いながら、紫煙を吐き出した。
――そして、二時間後、
「クソッ! 何故だ! 何故一着じゃないんだあああああああああああ!」
かれこれ三連敗して身を滅ぼしかけている夜見先生は、そろそろ正気を失いかけていた。
「もう一度だ……ここまで負ければ、逆に振り戻しが来る! まだ金は余っている、ここから勝ち続ければ、全てを取り返せるんだ……!」
血走った目で一見論理的なことを言っているが、その根拠はどこにもない。
そもそも論理的に説明ができるのであれば、競馬というギャンブルは成り立っていない気がする。
「見たまえ。これが破滅する直前の人間だよ」
「なるほど興味深い」
昼食代わりの煮込みを食べながら、俺達は担任教師の醜態を見ていた。
賭けなくても競馬自体は見ることはできるので、どんなものか見てみようと足を踏み入れて見た結果がこれだった。
「競馬の試合も圧巻と言えば圧巻だけど……なんて言うか、観客席は観客席で色々とすごいな」
夜見先生みたいに頭を抱えている人間もいれば、凄まじい勢いでガッツポーズを決めている人間もいる。
その熱気は本来メインであるはずの競馬をも凌ぐ勢いだ。
「ここまで歓喜と絶望が同居する空間はそうそうないからねえ。僕としては競馬そのものより見応えがあるよ」
「楽しみ方の趣味悪っ」
俺は普通に競馬そのものをメインに見ているが、金を賭けていなくてもこれは楽しめるな。
充分堪能したので、他の場所に行こうと腰を上げた瞬間、がしと夜見先生が俺の肩を掴んだ。
「先生?」
「次の馬はおまえが選べ」
「は?」
「発想の転換だ。おまえが選んだらワンチャンうまく行くかもしれん」
「滅茶苦茶根拠曖昧じゃないですか」
「曖昧だが可能性はある。違うか?」
たしかに可能性はあるだろう。
しかしそれはゼロではないという意味で、外れる確率は凄まじく高い。
「おまえは馬を選ぶだけでいい。賭けるのは私だ。それで問題無いだろう?」
「でも俺、競馬に関しては完全に素人ですよ? 外れでもしたら――」
「その時は一学期のおまえの成績がオール一になっているだけだ。安心して馬を選べ」
「そんな脅しかけられて安心して選べると思ってんのかあんたは!?」
そんなワケで渋々選んだ。
レースが始まった――
「……一着だな」
「ですね」
しかも俺が選んだ馬は、夜見先生以外賭けている人間は皆無――つまり今回のレースで賭けられた金の殆どが彼女のものになった。
正真正銘の大勝ちである。
「なあテオ」
「なんですか先生」
「おまえ、オール五とか欲しくないか?」
「自力で取るんでいりません」
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