第22話 放たれた刺客

 スノーノイズが吹き荒れる映像を前に、七人の男女が円を描くように座っている。

 薄暗い部屋だが、これは映像を見るためではなく、365日いつでも暗いのだ。

 この部屋で小物を無くしたら、恐らく一生見つかるまい。


「……気付かれていたとはな。さすが、と言うべきか」

「近くにいたあの男は人間なのか?」

「不明だ。目下の所は、かの精霊の処遇を話し合わねばなるまい」


 魔法師の総本山と呼ばれる魔法省。

 彼らはそこに所属している魔法師達だ。

 省、と行政機関という立ち位置ではあるものの、半ば独立した組織として機能している。


 魔法師達が目指すものは様々だが、この組織もその一つだ。

 しかし魔法省に入れたとて、それがゴールではない。

 過酷な選抜試験を勝ち抜いた彼らを待っているのは、過酷な出世競争。


 出世するには政治力や家柄、何より魔法師としての実力が問われる。

 競争に勝ち抜くために、魔法師達は群れ、派閥を形成する。

 この場に集まっている魔法師達も、魔法省内に無数に存在する派閥の一つだ。


「既に他の派閥も動き始めている」

「となると、やはり」

「ああ。我々と同じく、契約を破棄させる方針らしい」


 他の派閥とは対立関係にある彼らだが、その方針に異論はない。

 もとより、彼らも同じ考えだったからだ。


「テオ・リーフが行使したことを確認された魔法は、第一の魔法〈天衣無縫〉、第二の魔法〈有象無象〉」

「第三の魔法は?」

「まだ確認されていない。そも、あの半端者には行使することも叶わぬだろうよ」


 超高出力の魔力砲〈天衣無縫〉と、属性の縛りを一切合切無視して魔法を行使する〈有象無象〉。

 そして、門外不出の資料の断片からその存在は確認されている第三の魔法。

 存在こそほのめかされているものの、詳細は一切不明だった。


「まさか、伝説の精霊を解放したのがただの学生だったとはな」


 しかも貴族のように社会的地位に恵まれている訳でもなく、突出した魔法の使い手という訳ではない。

 それどころか、精霊と契約出来ずに退学の危機に瀕していたという落伍者スレスレの学生だ。


 勉学はそこそこ出来ると言うが、精霊と契約しなければなんの意味も無い。

 彼が無の精霊の契約者に相応しいと考える者は、この場に一人としていなかった。


「そんな半端者が無の精霊を使いこなせる訳がない」

「いいように利用されるのが関の山だ」

「その通り。無の精霊は、我々魔法省が管理しなくてはならない」


 予め示し合わされたような結論。

 だが、それが魔法師としては極めて一般的なものだ。

 無の精霊は非常に気まぐれで、世界の危機を救ったこともあれば、一晩で国を滅ぼしたこともある。


 テオ・リーフ如きが、御しうる相手ではない。

 ――赤子に核兵器のスイッチを持たせるようなもの、か。

 与田切夜見は紫煙を吐き出しながら、そんなことを思いつつ口を開いた。


「それで、私が呼ばれたという訳か?」

「そうだ。与田切夜見、貴様にはテオ・リーフと無の精霊との契約の破棄を依頼したい。対象の生死は問わん」

「残酷なことを言うもんだ。教え子をこの手にかけろと?」

「必ずしも殺せとは言っていない。殺さないのであれば、それに越したことはない」


 詭弁だ。

 無の精霊を手に入れるためであれば、それくらいの犠牲は許容範囲内だ。

 見知らぬガキが死んだところで、彼らの心は一つも痛むまい。


「奴には明確な自我があるぞ。無の精霊が、テオ・リーフから離れることを拒んだらどうするつもりだ」

「そんなの我々の知ったことではない」

「あくまで力と捉えるか……それが奴との違いだな」

「何?」

「こっちの話だ。報酬のことだが、最低でもこれくらいはもらうぞ」


 ぴっと指で示す。


「……それでは多すぎる」

「だが払えないこともない、だろう? 命は大切だからな。奪うとなれば、それなりの額じゃないと割に合わん」


 この場にいる魔法師の財政状況を、既に夜見は把握している。


「ついでに報酬は全額前払いだ。後払いだと仕事のモチベーションに関わる」

「転生者が。足下を見おって……!」


 大柄な魔法師が怒声を挙げるが、夜見は怯んだ様子をまるで見せない。


「ゼロを手に入れた後に、おまえ達が手にするものに比べれば安いもんだろう? 他の派閥にも似たような依頼が来ていてな。私としては金払いのいい所のを受ける予定だ。どうしても嫌だというのなら、自分達でやるという選択肢もあるぞ」


 とは言え、彼らは自らの手を汚そうとはすまい。

 魔法をこの手の裏の仕事に使うことを、彼らは嫌悪し忌避している。


 そのくせちゃっかり夜見を利用するあたり、人間の思考回路は割と都合良くできているらしい。

 だからこそ、夜見の副業が成り立っているとも言えるのだが。

 汚れていようが金は金と考えている夜見にとっては、そこら辺は至極どうでもいいことであった。


「……分かった。すぐに手配しよう」


 苦々しく言うリーダー格の魔法師に、ニヤリと夜見は笑いかける。


「契約成立だな。任せておけ。今のテオ・リーフは、私には決して勝てない」


 その目に宿る光は教師では無く、殺し屋のそれだった。

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