第21話 ゼロとセバス

「フィオナって、普段精霊とどんなこと喋ってんだ?」

「んー……特に喋ってないわよ。あなたとゼロみたいにベタベタしてるのが珍しいと思うけど」

「ベタベタ言うな。けど、そんなもんか?」

「そんなものよ」


 そう言いながら、フィオナはコンコンと狂飆に埋め込まれた宝石をノックした。

 緑色の小さな光球が中から出て来て、フィオナの周りをふよふよと回り始める。


「これが風の精霊か」


 手を延ばした瞬間、バシッと風を起こされて弾かれた。


「……」

「嫌われてるって言ってたけど、これは相当ね……」

「俺が何をしたって言うんだチクショウ!」

「前世でエルフの森でも焼いたんじゃない?」

「やめてくれよ。最近マジでそう思い始めてるんだからさ」


 風の精霊はふよふよとフィオナの髪の中へと隠れてしまった。


「言葉は通じなくても、結構懐かれてるんだな」

「契約して十年くらい経つから、まあこれくらいはね」

「でも珍しいよな。フィオナみたいに火属性の魔法使いなら、普通水属性と契約するっていうのが常道って聞いたけど――ってあぶね!」


 額目掛けて飛んできた風の弾丸を慌てて避けた。


「ダメよ。こいつを撃ち抜いていいのは決闘の時だけなんだから」


 乱れてしまった髪を戻しながら、めっと精霊を注意するフィオナ。

 なんか注意する方向性を間違えているような気がするんだが。


「あなたもデリカシーが無いわよ、テオ。他の精霊と比べたら、へそを曲げられるのは当然じゃない」


 俺としては純粋な疑問だったってだけなんだがなあ……

 魔法使いが使う魔法は極めて強力な魔法を行使することが出来るが、その分汎用性に欠けるという弱点を持っている。

 そこら辺はスピリットと似ているが、フィオナは火属性魔法を使う際、かなりの負荷を肉体に強いている。

 実際俺と決闘したときも、吐血した挙げ句倒れてしまった。

 そう考えると、風の精霊より回復に長けた水の精霊と契約した方がいいような気がするけど。


「当時はそこまで深く考えてなかったのよ。たまたま目に入ったのがこの子だったから契約しただけだし」

「随分珍しい選び方だな」


 自分が使いたい魔法だったり特性が似通っている属性だったりを鑑みて選ぶというパターンが多いらしいが。


「けど、それで正解だったみたい。私の魔法とも相性いいしね」

「まあ、風と火だからな」


 この二つが合わさるとヤバいってことは山火事とか見るとよく分かる。


「ともあれ、試験についてはそこまで悲観することはないと思うわよ。学力試験で二位は確実だし、技能試験もいい線いくと思うわ」

「随分と楽観的なんだな……」


 そしてさらっと自分が一位になる予定らしい。

 もちろん学力一位を譲るつもりなぞ毛頭無いぞ。


「私が指南してるのよ? 上位にいけないはずがないじゃない」


 にっとフィオナは笑って見せた。

 その笑顔は今まで見てきたどの表情とも少し違う、明るくも頼もしさに満ちた笑顔だった。


「それに特待生剥奪なんてことになったら、実家に連行されるより前に私があんたを殺すから覚悟しときなさいよ」

「全力で頑張りますフィオナ様」





 学校の中庭に転移したセバスは、ゴミ袋を捨てるようにゼロを地面に転がした。


「あだっ! まったく、相変わらず僕の扱いが雑だね君は。何か恨みでもあるのかい?」


 強打したお尻をさすりながら、セバスを上目遣いに睨んだ。


「酒場で散々飲み食いしてオレに支払いを全て押し付けたこととか、決闘を一方的にすっぽかされたとか、恨みなんざ売るほどあるわ。お嬢をコケした挙げ句お客サマ面したことは最近追加された恨みだぜ」


 セバスは無口な執事というキャラをかなぐり捨てて、ギロリとゼロを睨んだ。


「フッ、僕は過去を振り返らない精霊なのさ」

「なんならオレがその首捻って振り返らせてやろうか?」

「ご親切なことだねえ。けどやっぱり、君はそっちの方が君らしいよ。なんだって、フィオナ嬢の前ではあんな無口キャラなんだい? 君を知ってる連中が見れば腹がよじれるくらい笑うこと間違い無しだぜうーっひゃっひゃ」


 早速笑い出したゼロを蹴り飛ばしながら、セバスは気まずそうに目を逸らし、ガシガシと頭を掻いた。


「オレの口調は貴族社会にゃ合わねーんだよ。直そうと思っても無理ときた。けどこのままじゃ、家の奴らに恥を掻かせちまうだろ」

「だから沈黙という訳かい。それを周囲の人間が勝手に誤解して無口でミステリアスというキャラクター像を作り上げた、と。脳筋の君にしちゃ、上出来だね」

「あぁ?」

「まあまあ、怒らない怒らない。誰が見ているか分からない世の中だぜ。もっと用心するべきだよ」


 その言葉に、セバスの眉が僅かに動く。


「……そりゃ、そうか。オメーにしちゃ、上出来なこと言うじゃねーか」

「いやいや、それ程でもないよ――」


 瞬間、二人は同時に動いた。

 ゼロは指から魔力の弾丸を撃ち出し、セバスは剣を投擲した。

 彼女達の周りを飛んでいた鳥形の土人形は次々と破壊され、墜落する。


「こいつらは……使い魔か?」


 破片をつまみ上げ、眉を潜めるセバスに、ゼロはご名答と小さく拍手する。


「てことは、テメーの客人かよ」

「だろうね。我が主と一緒にいると忘れそうになるけど、僕は色々な所に敵が多い。五百年経っても忘れてくれないとは、人気者の辛いところだね」


 たははーと呑気に笑うゼロに、セバスは苦虫を噛み潰したような表情になる。


「……ったく、お嬢を巻き込むんじゃねーぞ」

「善処するとも」

「善処じゃねー、絶対だ」

「はいはい分かったよ。ああそうだ、紙とペンを貸してくれないかい? そのために一体残しておいたんだ」

「別にいいけど、何に使うってんだ?」

「まあまあ、いいから見ててくれたまえよ」


 セバスの筆談用のメモ帳にペンを走らせると、それを使い魔に見せた。





『来るならきてみろ』

 明らかに挑発としか思えないメッセージを捉えていた使い魔が破壊されたのは、それから数秒後のことだった。

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