第20話 テスト対策

 シードリング精霊学園には年に六回の試験が存在する。

 一学期の中間試験はあと二週間後に迫っていて、学園の空気は既に試験モードに切り替わっている。


 試験は実技と学力の二部制で、一日目は実技、二日目は学力試験が行われる。

 スコアは全て廊下に張り出され、それを見て生徒達は一喜一憂する。

 この試験によって、学校内の序列が決まることもあるのだとか。


 特に生まれが良く、かつ成績も優秀とくれば、生徒の羨望の嫉妬を一身に集めることになるだろう。

 特に一年生にとっては初めての試験。

 今までは入学試験の成績がものを言っていたが、それはあくまで学力試験のみの試験だ。


 この試験で、生徒達の本当の実力が明らかになる。

 そのため大概の生徒はこの試験で高スコアを取るべく様々な試みをしている。


 成績が優秀な友人からどうやってノートを見せて貰うか画策する者。

 犬猿の仲であった生徒に弟子入りする者。

 剣を教えた報酬として一緒に勉強会を行う者。

 方法は様々だがそれぞれの思いを胸に、試験勉強に取り組んでいた――



「セァ――!」


 鋭い裂帛の声と共に、俺が握る木剣に凄まじい衝撃が加わった。


「ぐっ――」


 せめて剣を取り落とすまいと再び力をかける。

 だがフィオナの猛攻は終わらない。

 容赦なく木剣を振るい追撃を加えていく。


 俺も負けじと攻撃を防ぎながら攻撃を加えていくが、軽やかな身のこなしで避けられてしまう。

 ただ振り下ろしてばかりではなんにもならない。

 ならば――突き技でどうだ!

 そう思い繰り出された突きは、なるほど中々のスピードでフィオナの元へ向かっていく。


 が、


「甘い!」


 フィオナは木剣をテオの木剣に絡みつかせ、そのまま巻き上げた。

 木剣はテオの手を離れて、空高く舞い上がる。


「な!?」


 その隙にフィオナは俺の左手を掴み、足を払い押し倒た。

 顔を上げようとした時には、木剣の切っ先が首筋に突きつけられていた。

 勝敗が決したことは、誰の目にも明らかだった。


「参った……今日もダメか」


 ぐたーっと、大の字になってぼやいた。


「当たり前でしょ。魔法を使わない純粋な剣技で勝てるなんて思わないことね」


 ふうと息をつくと、フィオナも腰を下ろす。


「そりゃそうだけどさ、やっぱりやるからには勝ちたいだろ、普通」


 ぜはーぜはーと荒い息を吐きながら反論する。


「同感ね。けど現実はそのザマよ。しっかり受け止めなさい」

「へいへい。キモに命じておきますよ」


 フィオナに弟子入りしてから二週間。

 最初の二日はただのサンドバッグと化していたのだから、一応決闘という体裁が取れている今はかなり上達したと言ってもいい。


 早朝はバイトがあるので、修行は放課後に行われる。

 剣と魔法の修行をした後と勉強会と言った流れだ。

 勉強教えろとか言ってたフィオナだけど、やっぱりちゃんと自分でできるから教えることがあまりないのが困ったところだ。


「あなたの剣は遅いし単純すぎるのよ。どこを狙おうとしているのかが見え見えなの。その軌道を塞がれたら、後は何も出来なくなるわよ」

「うぐっ」


 図星なので何も反論できない――というかこれは修行なので反論もへったくれもないのだが。


「でもまあ、少しは上達してるし、絶望的って訳でもないからそこまで悲観的になることはないわ。それでも私には勝てないでしょうけどね、私には!」


 妙に「私」を強調するフィオナだった。


「さあどうだろうな。精霊剣の戦いは剣と魔法の両方を使う。仮に剣技では負けていても魔法でそれを補うことは充分に可能だろ」


 フィオナの魔法もオリジナル、双方共に非常に強力だが、俺の無属性魔法だって負けていないぞ。


「それはどうかしら? 私だって今の段階に留まっているつもりはないわよ。あっと言う間に周回遅れにしてやるんだから」

「上等だ。すぐに追いついてやるよ」


 バチバチと二人の間で火花を散らす。

 師匠と弟子という間柄になったといえど、互いに競い合うライバルであることには変わりない。


「おいおい、我があるじー……昼間っから我慢ならないのかい? 仕方ないなあむにゃむにゃ」


 と、何やら不穏な寝言が聞こえてきた。

 ゼロは部屋の隅でどこから調達してきたのか、ハンモックを吊して呑気にお昼寝中だった。


「……あいつっていつもどんな夢見てるのかしら」

「少なくとも俺にとって有益な夢ではなさそうだな」


 何が我慢できないって言うんだ。


「ま、それはそれとして、そろそろ休憩するわよ――セバス!」


 パンパンと手を叩くと、一瞬でセバスさんがフィオナの隣に姿を現した。

 目に留まらぬスピードとかそう言う類いのものではなく、完全に瞬間移動のそれであった。


 最初の頃はその神出鬼没っぷりにビビっていたけど、今は特に何も思わなくなっているあたり慣れというのは恐ろしい。

 セバスさんは保冷瓶に入ったアイスティーを二つのグラスに注ぐと、二人に手渡した。


 一時間近く剣を振るいぱなしだったので、俺の喉はカラカラだ。

 一気に飲み干すと、爽やかな茶葉の香りと苦みが体に染み渡っていく。


「あーうまっ……」


 しかし鍛錬の度に紅茶を飲んでいるということになるのだが、随分と贅沢な身分になったものである。

 本来お茶は、汚い水の味を誤魔化すためのものだったが、濾過魔法などの水を綺麗にする魔法が発展したため、純粋に茶葉のフレーバーを楽しむ嗜好品になっている。


 嗜好品ってことは贅沢品な訳で、いつも空っ風が吹いている俺の懐では手を延ばしにくいのだ。


「いつもありがとうございます、セバスさん」


 礼を言うと、セバスはこれくらいのこと当然とばかりに頭を下げる。

 口を開いているところは見たことはないが、彼女はとても謙虚で礼儀正しい。


「おーい執事君。僕にも紅茶を一杯くれたまえ」

「チッ」


 ……ただ一人、ゼロを除いては。


「おいおい、舌打ちとはいただけないぜ。僕は客人であって、君は僕をもてなす義務がある。ほーれさっさと持ってきてくれたまえ」


 眠りから覚めたばかりだというのに、ゼロは相変わらず性格が悪いことを言っている。


「テオ、あなたはどう思う?」

「無礼な奴に礼を尽くす義理はないだろ」


 客は客であって神様ではない。

 料金以上の無礼を働くのならば叩き出すのが、リーフ家の教えである。


「だそうよ。あいつは客人じゃ無いわ」


 主人の許可を得ると、セバスさんははハンモックを蹴り上げて、ゼロを地面に叩き付けた。

 とどめとばかりに、その顔面にお茶を直に注ぐ。


「あびゃびゃっ! 客人に向かってなんてことを!」

「客人なら客人らしい態度をしろってんだ。セバスさん、ムカつくならそいつをつまみ出してもかまいませんから」

「なっ、我が主そりゃあんまりじゃないか! 君も君だぜ執事君! ああまだ寝たりないのに――!」


 セバスはゼロの首根っこをひっつかむと、そのまま姿を消した。

 最早コレも日常の一ページになりつつある。


「でも毎度思うんだが……ここでやる必要なくないか?」


 俺とフィオナがいる場所は、四方を大理石で囲まれた地下室だ。

 百メートル四方とかなり大きく、部屋の隅にはトレーニング器具と覚しきものが整理されて置かれている。

 フィオナが持っている専用の携帯ポータルによってここに転移してくるのだが、この座標がどこにあるかは不明だ。


 出口らしき場所が無いので、転移することでしか出たり入ったりすることは不可能みたいだ。

 ただでさえ高級な転移魔法を日常的に使うなんて、さすが貴族と言うべきか。


「だって、屋外でやったら人目に付くでしょ?」

「それの何がいけないんだよ?」

「人前で汗をバカみたいに流しながら修行するって言うのが性に合わないのよ。貴族たるもの、常に優雅で美しくないといけないんだから」

「苛烈で野蛮の間違いだろ」


 やっぱり貴族と平民の辞書は内容が違うのだろうか。


「ギロチンか私が直々に首を跳ねるか、どっちの結末がお好みかしら?」

「ベッドの上で穏やかにポックリ逝くのを希望する」


 まあ、確かにフィオナは一応そんなイメージではあるよな。

 どんなことも余裕でそつなくこなすお嬢様。

 しかしその外面は凄まじいまでの鍛錬によって成り立っていることを、弟子入りして思い知らされた。


 その証拠に、フィオナは俺に剣を教える合間にも、自主練を怠ってはいない。

 もちろん才能というものもあるだろうが、才能だけではあの剣の冴えには至るまい。 

 オリジナルの火属性魔法はまだ課題こそ残るが、契約した精霊と共に使う風属性魔法は、素晴らしい仕上がりになっている。


 これもすべて、フィオナの努力の賜物だ。

 それをここまで隠すってのも、スカしたイヤミなヤツとか変な誤解を招きそうな気がするが。

 別に俺がそう思っていたって訳じゃないからな、いやホント。


「そんなのどうだっていいのよ。むしろ、余裕で全てをこなせると思われてるなんて最高じゃない。ザ・貴族じゃない」


 それなのに、当の本人は上機嫌なのだから訳が分からない。


「これが貴族なのか……?」


 その中でも彼女はトップクラスで変というか変わりものというかなんというか。


「それに、他人の心配なんてしてる場合? あんたは目の前の中間試験のことを考えなさいよ」

「げっ」


 もうじき迫る中間試験で、もし点数が悪かったら特待生の座を簒奪されかねない。

 学力ならまだしも、不安なのは技能試験だ。


 この学園では、常にテオの生命は風前の灯火なのだ。

 特待生を剥奪されてしまったら、退学一直線。

 そして待っているのは、漁港近くの定食屋を継ぐしかない未来……


「……魚臭い実家だけは嫌じゃああああああああああああああああ!」

「ちょっと、いきなり叫ばないでよ」

「おまえは実家嫌いじゃないのかよ?」

「まさか、誇りに思っているわ」

「そりゃ大貴族で魔法の大家であれば、誇れもするか……」


 しかしこちとら、平民の家柄で家業は定食屋ときている。


「いや身分とかそういうのじゃなくて、尊敬してないの? ご両親のこと」

「少なくともあと三年は会いたくないな」


 会ったら最後、縛り付けられて実家に連行される未来が目に見えている。


「まあ店は弟か妹が継ぐか潰れるかだろ。俺は魔法師として大成する予定だから、宿屋を継いでいる暇なんてないのだ」

「あなたって優等生ヅラしてるけど、結構なロクデナシよね」


 じとっとした目で睨まれるがなんとでも言うがいい。


「だから中間試験で躓いている訳にはいかないんだ。幸い、ゼロとも契約出来たしな」


 しばらく経った今でも、なにかの間違いなんじゃないかと思ってしまう。

 二十年後とか三十年後とかに思い返してみれば、あの時の事が俺の人生の転機だったとかなんとか思うことになるんだろう。


 あいつのせいで破滅していなければ、というギャンブル要素もあるのが困ったところだけど。

 破滅に導くのは勘弁してくださいと泣き落としをしてみるか?


 けどあいつ、押すなよと言われたら押すタイプなんだよなあ……

 いっそのこと、「俺を破滅させてくれ!」と言ったら……ダメだ、


『え、いいのかい? それじゃ遠慮なく』


 とか言って、盛大に破滅させられる未来しか見えん。

 いっそのこと、精霊と契約した先達の意見でも請うてみるか。

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