第19話 弟子入り

「ごめん、もう一度言ってくれる? 聞き間違いかもしれないから」

「俺に剣を教えてくれ!」

「あ、聞き間違いじゃなかった」


 そう、これこそが俺の策だった。

 剣技の授業のみでは、フィオナに並び立つことは難しい――つーかフィオナもその授業を受けてるんだからまず無理だ。

 しかし勉強みたいに独学というのも心許ないし、それなら誰かのところで直接剣を習った方がいい。


 そこで俺はひらめいた。


 いっそのこと、フィオナに直接剣を教えて貰えばいいのだ。

 生徒同士で師弟関係になると言う話は決して珍しくない。

 フィオナの剣技をもっと深く理解し対策を練るには、この上なくいい条件だ。


 指南を受けることは当然模擬戦も行うので、常にシミュレーションを行うこともできる、

 ふっ、我ながら完璧な作戦だ。

 そのはずなのに、何故かフィオナの顔からは表情が失われていく。


「……で、何。もしかしてそんな戯言言うために、私を呼び出したってコト?」

「馬鹿野郎、こっちは滅茶苦茶真剣だぞ」

「そう……そうよね。あなたはそう言う奴だった」


 何故だろうか、彼女を取り巻く殺意が尋常じゃなくなっている。


「……もしかして、怒ってるのか?」

「別に怒ってないわよ。ところでギロチンはサビありとサビ抜きどっちがお好み? その歳になったらサビありでいいわよね?」

「いいわけないだろ!?」


 どうやら処刑直行コースらしい。

 フィオナは怒り心頭、爆発寸前だ。


「こうなったら誠意を示すしかないか……!」


 覚悟を決めて土下座した。

 踏んづけられた。


「あなたにプライドはないの!?」


 何故か怒られた。


「あるに決まってるだろ! けど、俺の剣技はヘボい。正直学校の授業でなんとかなるレベルじゃない!」

「ええそうね! それは全力で肯定するわ!」

「だからフィオナの力が必要なんだ! おまえ以上に剣と魔法がすげえヤツなんてそうそういない。だから修行を積んで、今度こそ勝ってみせる!」


 頭がおかしいと思われるかもしれない。

 倒したいと思ってる奴の元で修行を積むなんて、俺だって酔狂だと思う。

 けど、これが最善の手段であるということも、確信していた。


 問題は、教えたところで、フィオナ側には一切の得がないということか。

 せっかくの無料券も返却されちゃったしと思っていると、


「……取引よ」


 ぽつりと、消え入りそうな声でフィオナは言った。


「取引? 金とかは無理だぞ。飢え死にしちまう」


 魔法師として大成する前にそんな死に方をするなんて、無念すぎるにも程がある。


「金とかじゃないわよ……その、勉強を教えてくれればそれでいいわ」

「へ?」


 勉強?


「あなたが私の時間を使った分だけ、私にあなたの時間を使わせなさい。それが条件よ」

「それくらいなら別にいいけど……でもおまえ、結構勉強できるだろ? 俺に教えて貰う必要なんてなくね?」

「じゃあ取引は不成立ね。さようなら、自分の力で剣の修行でもなんでもしたら?」


 さようならとか言っておきながら、フィオナは脚にかける力を益々強めていく。


「だー! ストップストップ! 教える! 教えますから! このままだとこの世からサヨナラしちまう――!!」

「ん、なら契約成立ね」


 脚の力を緩めたフィオナの声はびっくりするくらい弾んでいた。

 何がそんなに嬉しいんだろう?


「けど覚悟なさい、やると言ったからには徹底的にいたぶ――じゃないしごいてやるんだから」


 なるほど、俺を正々堂々いたぶれるからか。

 やっぱり加虐趣味でも持ってんのかこいつ?


「上等だ。それくらいの覚悟はしてあるさ。こっちだって、勉強を教えるからにはビシバシやらせてもらうぜ」


 不敵に笑いながら上を見上げる――


「――あ」


 ところでまるで関係ない話ではあるが、シードリング精霊学園の制服は男女共にブレザーである。

 その下は男子はスラックス、女子はスカートであることが多い。


 で、フィオナはスカートをはいている。

 まあなんでそんな今更なことをいうと、まあ、見えてしまったのだ。

 スカートの、中身が。


「……」

「……」


 しかもそのことをフィオナは気付いてしまっている。

 ていうか、俺が動揺して声をあげてしまったことでバレた。

 そんな状況でも、俺は目を逸らすこともできないまま、左目はパンツ、右目は爆発寸前のフィオナの姿を捉えていた。


 ああ、死ぬな。


 そんなことを思った。

 しかし言い訳をさせて欲しいが、俺は別にそんなやましい気持ちはなかった。

 ただそろそろ上見た方がいいかなーと思っただけなのだ。

 パンツを見るために顔を上げたのではない。

 パンツがたまたま俺の視界を遮ったのだ。


 この状況で何も言わないと言うのもアレだ。

 何か口にしなければ。

 しかしここで謝罪は逆効果。


 できれば笑って誤魔化せるくらいのものがいい。

 学年一位の頭脳をフル回転させて導き出した結論。

 それこそが――


「……結構、エロい下着付けてんだな」 


 ばきょっと、頭蓋骨から本気でダメな音がした。

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