第18話 作戦

「ただいまー……って、何があったんだ?」


 フィオナのアパートメントを後にして、自分の部屋に戻ってみると、ゼロが頬を赤くして待っていた。

 そうは言っても、恥ずかしいとか照れとかそんな感情に由来するものではなく、思いっ切りぶん殴られたような感じだ。


「君がいない間に色々あってね」

「ほーん」

「……普通そこはもっと心配するところじゃないかい? どうしたんだーとか、痛まないかーとか、誰にやられたんだとっちめてやるーとかさ」

「どうせ身から出た錆なんだろ?」

「まあその通りなんだけどね」


 悪びれることなく肯定しやがった。


「で、結局おまえを殴った御仁ってのは一体誰なんだ?」


 ゼロはふむとしばらく考え込んだあと、


「強いて言うのなら、元カノってところかな?」


 冗談めかした口調で、そう言った。


「元カノねえ……復活してから数日で彼女作ってソッコー愛想尽かされたってことか?」

「君も失礼なヤツだね。僕は付き合うってなったら、極めて真摯に向き合うとも」


 怪しいもんだ。

 てことは、その人とは封印される前からの付き合いってことになるよな。

 お相手の方も、スピリットって可能性が高そうだ。

 ちょっと会ってみたかったな。


「つーかおまえって、同性もイケるタイプなんだな」

「そうだねえ。元々スピリットってのは性別と言う概念が極めて希薄なんだけど、それでも女性型が好きとか男性型が好きとかそう言う好みは個体によって存在するんだ。中には僕みたいに、男も女もウェルカムいらっしゃいってヤツもいる」


 なるほど。


「今日殴り込んできたヤツはスピリットだったけど、そう言う関係になったのは人間も結構いたぜ」

「さぞかし苦労したんだろうな……」


 こんな奴が恋人とか、自由気ままに振り回される未来しか見えない。


「おいおい酷いな。契約者でも恋人でも、結構尽くすタイプなんだぜ。契約者である君は、そこら辺ちゃんと理解してるだろう?」

「ぬぁーにが尽くすタイプなんだぜ、だよ。そのせいでクラスメイトから命狙われる羽目になったんだぞ、俺」

「それもまた、君が魔法師として大成するための布石なんだよ。時が来たら、僕が間違ってなかったことが分かるさ。多分」

「へいへい、そうであることを祈るよ」


 ベッドに腰を降ろす。


「うん? 我が主よ、それはなんだい」


 ゼロは目ざとく、俺が持ってるバスケットをロックオンした。


「サンドイッチ。帰るときにセバスさんが渡してくれたんだよ。お茶もご馳走になっちまったし、あれだけもてなされるとか明日あたり剣の雨が降りそうでマジで不安だ」


 しかもそれらのもてなしが、呼吸をするみたいにポンポン出てくるのだから恐ろしい。

 本当に当然とばかりにやってくるんだよなあいつ。

 まあ夕飯代が浮いたから嬉しいと言えば嬉しいけど。


「どんだけもてなされ慣れてないんだよ君は」


 苦笑しているゼロに、ほいとサンドイッチを渡す。


「むぐむぐ……ふうん。なかなかいけるじゃないか」

「なんで貰っておいてそんな偉そうなんだよ」

「それはまだ君には早いお話さ。で、フィオナ・ルザークとはうまくいったのかい?」

「うまく? 何が?」

「彼女の必勝法とやらだよ。せっかく話す機会があったっていうのに、忘れたのかい?」

「あ」


 すっかり忘れていた。


「まあ仕方ないか。童貞の君が異性の部屋に行って、ラッキースケベな現場に遭遇した時点でその辺のことは頭からぶっ飛んじまうのも無理のない話だよ」

「ち、違う! あれはただの偶然だ!」


 フィオナが寝ぼけてたってだけで、俺があれこれ言われる筋合いはないぞ。


「へえ、本当に遭遇したのかい? 僕はテキトーに行っただけなんだけど、君の悪運は思った以上に強いみたいだ」

「またそのパターンかよ!?」

 そんなワケで、『フィオナ必勝作戦』の実行は明日に持ち越しになったとさ。





 また次の日。

 クラスメイト共の殺意にさらされること数時間、四時限目終了のチャイムが鳴ったのと同時に、俺は全速力で教室から逃げ出した。

 追っ手の目を掻い潜り、向かった先は校舎の屋上。

 既に仕込みは終わっている。

 あとは来客を待つばかりと思ったら、校舎の屋上には既に来客――もといフィオナの姿があった。


「これ、どう言うこと?」


 妙に緊張した面持ちで、フィオナは一通の手紙を突き出した。

 手紙には俺の字で、


『昼休み、一人で屋上に来てくれ』


 と書かれている。

 今朝早くに、アパートメントのポストに投函しておいたものだ。


「……そして手紙についてたこれは何?」


 封筒から取り出したのは、切手サイズの紙片。


「スープ一杯無料券だ。これがあればなんと学食のスープが無料で飲める」


 手紙だけじゃ来てくれないだろうなと思って、俺が持っている一番価値のあるものを、同梱したのだ。


「ゴミね。いらないから返すわ」

「貴様無料券を侮辱したな! 無料を笑うものは無料に泣くことになるんだぞ!」


 おっと落ち着けテオ・リーフ。

 こちとら彼女と口喧嘩をしに来たのではない。


「ここに呼び出したのは……おまえに話があからなんだ」


 ふうと息を吐いた後、俺は真剣な表情で本題を切り出す。


「ふ、ふうん? それにしても随分と仰々しいのね。態々屋上なんかに呼び出して」

「当たり前だ。こんな大事な話、他の奴らに話せるか」

 本題に入る前に殺されかねない。

「そ、そう……」


 おかしい。

 フィオナの態度が今日は妙にしおらしいぞ。


「で、でも分かってるの? あなたは平民、私は貴族なのよ。その壁を超えることなんて――」

「そんな壁知ったことか! 阻むって言うのなら、んなもんぶち壊してやる!」


 身分だかなんだかで、俺が夢をホイホイ手放すと思うなよ。


「……! あ、あれだけのことがあってよくもまあそんな選択が頭に浮かんだわね」

「当たり前だろ。こっちは決闘が終わってからずっとこのことを考えていたんだからな!「ずっと!?」

「それに、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけないだろ」

「嘘は、付けない……?」


 ぶわわっとフィオナが益々赤くなった。


「大丈夫か? 調子が悪いのなら保健室に行った方が、」

「う、うっさいわね! さっさと本題に入りなさいよ」

「お、おう」


 確かにずっと前置きばかりというのも失礼だ。

 一度大きく深呼吸。

 大丈夫、昨日から何度も練習した。

 肝心な所で噛むなんて醜態を晒すつもりなんて毛頭無い。

 テオはフィオナの瞳を真っ直ぐ見つめ、言った。


「俺に……剣を、教えてくれ!」

「…………………………………………………………はい??」


 ぽけっと、フィオナが実にマヌケた表情になった。

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