第16話 来訪者
テオの命が文字通り風前の灯火になっているその時、ゼロがアパートメントでゴロゴロしていると、ゴンゴンといやに乱暴なノックの音が聞こえてきた。
「うん? 来客かな?」
新たな契約者であるテオならば、そんなことはせずに鍵を使って入ってくるはずだ。
となると、考えられるのはテオの学友くらいだろう。
「どれ、挨拶がてらおちょくってみるかな?」
フィオナのブチ切れ様を思い出しながらドアを開ける。
来客はセバスだった。
「なんだ君か。意外ではあるけど、そろそろやってくる頃だと思っていt――」
言い終わる前に、セバスの拳がゼロの頬を撃ち抜いていた。
「ぐきゃっ」
まともに食らったゼロは部屋の壁に叩き付けられる。
セバスは無駄のない足取りで部屋の中に入ると、ゼロの胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「いつつ……いきなり何するんだい! 出会って早々グーパンチとか、戦闘民族にも程がある――」
「じゃあこっちの方がお好みか? ゼロ」
いつの間にかセバスの右手には剣が握られ、その切っ先はゼロの首筋に当てられている。
セバスの目はいつもの涼やかなものではなく、獲物を捕食せんとする肉食獣のそれに切り替わっている。
「よそう。君と僕の仲じゃないか。五百年ぶりの再開はもっと穏やかにいくべきだと思わないかい?」
「そうさせてくれねぇのは他ならぬテメェだろうが。やっと封印されてせいせいしたと思ったら、ホイホイ解き放たれやがって」
憎々しげに歯ぎしりするセバスに、小さく肩をすくめて見せた。
「仕方ないだろう? それが僕の運命だったということさ……で、僕はなんで古き友に再会一番ぶん殴られた挙げ句宙ぶらりんにされているのかな?」
「はっ胸に手ェ当てて考えてみるんだな」
「うーん、心当たりが多すぎてどれのだか分からないんだよね」
はっはっは、と悪びれる様子もなく、ゼロは呑気に笑っている。
いや、実際悪いとなんて微塵も思っていないのだ。
だからこそ、セバスの神経をこの上なく苛立たせているのだが。
「昨日のことだ。テメェ、お嬢をコケにしやがっただろ」
「お嬢……? ああ、フィオナ・ルザークのことかい。君も中々にいい主と巡り会えたようで何よりだ。拍手でも送ってあげようか?」
「いらねぇよそんなもん。余計なコトしやがって。おかげでお嬢は、身の丈に合わねえ魔法を使う羽目になっちまった」
あの魔法を使いこなすには、まだフィオナは未熟なのだ。
それを解禁せざるをえなかったのは自分の実力不足だとフィオナは言うだろうが、そんな原因を作ったのは、他ならぬゼロだ。
「全ては主のためだよ。この時代は、封印される前ほど力を行使できる機会は存在しないからね。ああでもしないと戦いにならないだろう?」
封印される前は、世界各地で領土を巡る戦争が頻発していたので、力を試したいと思えば、傭兵としてふらりと戦場へ赴けば良かった。
が、今はこの国付近で起こっている戦争はないようだった。
なんとも寂しいねえ、とゼロは呟く。
「普通に決闘を申し込むって頭はなかったのかよ」
「それじゃあ意味が無いんだよ。相手に殺意を抱かせる程じゃあないとね。死に近づけば近づくほど、魔法のキレが増すのは君も知っているだろう?」
「はっ、お嬢をコケにしたのも、その一環だって言うのかよ」
セバスは口調こそ乱雑だが、フィオナへの忠誠は紛れもなく本物だ。
彼女をコケにするものは、古い付き合いのゼロであっても――いや、ゼロだからこそ許せない。
「その通り。彼は魔法師として大成することを望んでいる。契約した精霊として、その願いを叶えたいと思うのは至極当然のことだろう?」
「よく言うぜ。おまえにとっちゃ人間なんて、体のいい玩具にしか見えてないんだろうが」
「だからこそ大切な存在だよ。僕は人間を愛しているんだ。あれだけ面白くて醜くて美しい存在はそうそうお目にかかれるものじゃないぜ。あとそろそろ離してくれないかい?」
セバスは投げ捨てるようにゼロを地面に降ろした。
「いでで……もうちょっとゆっくり降ろしてくれよ」
「テメェにはこれで充分だ。なんなら、一階までこの床ブチ抜いて降ろしてやってもいいんだぜ?」
「はいはい、分かったよ。ああいう趣向はこれっきりだ。それで文句ないだろう?」
謝罪の言葉を口にこそしているが、反省していないことは明白だった。
まあ彼女に心から反省させるなんて、たとえこの世界を創造した神々であろうと無理だろうが。
「次同じ事をしたら、全身串刺しにして海に沈めてやる。覚悟しとけ」
「分かった分かった。肝に銘じとくとも」
まあ精霊にキモなんてないんだけどね、とゼロは笑った。
普通笑顔というものは、周囲の人に悪感情を与えないものだが、セバスはさっきっから頭痛がして仕方がない。
「ったく、封印されたってのに全く変わらねぇなテメェは……」
これ以上用はないと言わんばかりに、セバスは部屋から出て行った。
ゼロはズキズキ痛む頬を撫でながら、ボソッと呟いた。
「そう言う君は変わりすぎだよ。なんだいセバスって。執事にセバスとか、ジョン・スミス並にありきたりじゃないか。ロマンス小説からでも引用したのかい?」
瞬間、どこからか飛んできた剣が、テオの顔面スレスレに突き刺さった。
「訂正訂正! 君も変わってないよ!」
特に、無駄に喧嘩っ早いところがね――とは、言わないでおいた。
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