第15話 お見舞い

 今日の授業が全て終わり、俺は文字通り命からがら教室から抜け出してきた。

 近くに茂みに隠れて、制服の埃を払う。


「な、なんで俺がこんな目にあわなくちゃならんのだ」


 休み時間の度に命を狙われるものだから、休み時間が休み時間として機能しない一日だった。

 特に厄介なのが昼休みで、ずっと逃亡しっぱなしだったから昼食も取れていない。


「そりゃあのフィオナ・ルザークに唾付けたとなりゃあ、殺してくれと言っているようなものなんじゃないかな?」


 ゼロは愉快そうに笑っている。


「仮に事実だったとしても、あいつらに殺される筋合いはないだろ!? つーか平民の俺と貴族のフィオナがそーゆー関係になることはまず無いってことくらい、ちょいと考えれば分かることだろうが」

「全ての人間が論理的に動くとでも思っているのかい? それは人間を理解していないと言わざるを得ないよ我が主」

「ああそうかい。千年以上人間をおちょくってきた精霊様は言うことは違うな」

「はっはっは、そう褒めるなよ我が主」

「褒めてる訳ないだろボケ」


 バリバリ皮肉だっつーのと睨んでいると、


「――なんだ、こんな所にいたのか」


 頭上から声がして、弾かれたように上を向く。


「夜見先生?」


 声の主は、一方的な逆恨みから私刑を容認した人間失格の不良教師与田切夜見だった。


「なにやってるんですかこんな所で」

「それはこっちの台詞だ。この近くに女子更衣室も水泳場も無いぞ?」

「どんだけ俺を性犯罪者に仕立て上げたいんだあんたは」


 許可を取らずに女子の裸を盗み見るなんてゲスな真似をするつもりはないぞ。


「まあいい。探す手間が省けた」


 夜見先生は片手で俺を茂みからつまみ出した。


「で、何の用ですか? 生憎と俺は今忙しいんですよ」

「おまえの事情なぞ知るか。これをフィオナの家に届けろ」


 そう言って先生が突き出してきたのは、中間試験の出題範囲が書かれたプリントだった。

 他の雑事ならばまだしも、中間試験の出題範囲を知るタイミングが生徒間でズレるというのは、学校側でも余り好ましくない事態なのだろう。


「一応理解できましたけど、なんで俺が? フィオナの知り合いなんてごまんといるでしょ」


 わざわざ俺に押し付ける意味が分からない。


「他の奴らに頼もうと思ったが、今度は誰が行くかで殺し合いが発生しかねん」


 またまたご冗談を……いや、今日のことを考えればちっともおかしい話じゃない。


「あいつ、ミョーに尊敬されてますしね。カリスマって言うか」

「だからおまえに任せるんだ。既に命を狙わているおまえへの殺意が増すだけで、犠牲は増えん。精々ミンチ肉がパテになるくらいだ」

「滅茶苦茶丹念に殺されるってことじゃないですかそれ!?」

「待たん。さっさと届けろ」

「先生が行けばいいでしょ!?」

「馬鹿者、既に定時だ。それ以上拘束するのならば、私は自分自身の自由のために実力を行使するぞ」


 ご大層なことを言っているが、面倒くさいってだけだよな。


「自分が嫌なことを他人に押し付けるなって言葉もあるのに」

「逆だ。自分が嫌だから他人に押し付けるんだろうが」


 これ以上は聞く耳は持たんとばかりにプリントを俺に押し付けると、夜見先生は颯爽と去って行った。


「凄まじく面倒な事態になったな。ゼロもなんか言ってくれよ……ゼロ?」


 振り向いてみれば、小憎らしいパートナーの姿はどこにも無く、代わりに紙切れが一枚残されていた。


『避妊はしっかりしたまえよ』


 ビリビリに破り捨てた。



「ここがあいつの部屋か……」


 フィオナの部屋は、四階建てアパートメントの四階にあった。

 最上階を選択するあたり、徹底しているというか何というか。

 制服を着ていなかったら、金持ちばっかの住民達の中で浮きまくって違いない。


「こんな時に限ってゼロがいないんだからな……何してんだろあいつ」


 てっきり面白そうだと言ってついてくるものと思っていたんだけど、まだあいつを理解しきれていないってことか。


「しかし言われるまま来たけど、女子の部屋を尋ねるのってこれが初めてなんだよな」


 やべ、そう考えると結構緊張してきたぞ。

 いや別にそう言う変な感情を持っている訳では決してないが、あくまで一般論として男子が女子の部屋を尋ねるというのは、それなりの意味がことが多いわけで。


「落ち着けテオ・リーフ。クールになるんだクールに」


 緊張しているところをフィオナに悟られてはいけない。

 これくらい全然余裕ですよ? という表情を作って、呼び鈴を押す。

 しばらくしてドアが開き、中から出て来たのは中性的な顔立ちの執事だった。

 確かこの人は、セバスさんだっけか?

 決闘の後、ぶっ倒れたフィオナを引き取りに来たので覚えているぞ。


「あ、あの。中間試験のプリントを届けろって先生から言われまして――」


 セバスさんはメモ帳にペンを走らせて、俺の方に見せた。


『無の精霊はいないのですか?』

「ゼロ? あいつならいつの間にかいなくなっちゃいまして。アパートメントに戻ってるか、そこら辺ブラブラしてるんじゃないですかね」


 ふむ、とセバスさんはしばし考え込むような素振りをしていたが、やがて再びペンを走らせて、今度は手渡してきた。


『しばらく席を外しますので、お嬢様を頼みます』

「は?」


 何言ってんだこの人と首を傾げている間に、セバスさんはツカツカと去ってしまった。


「頼むって言われても、どうしろってんだ?」


 つーか執事さんがそれでいいのか。

 職務放棄なんじゃないのかと思わなくもないが、まあ仕方あるまい。


「頼む、ってことはそのまま中に入ってフィオナを守ってくれってことだよな」


 ゼロがいない状態の俺じゃ、体調不良で寝込んでるフィオナより弱い気がするが、このまま帰るのもなんなので、意を決して部屋の中に入った。


「ぬぁっ!?」


 部屋の中に廊下があるだと!?

 ドアが開けたら、狭っ苦しい四畳半の部屋がこんにちはする俺のアパートメントはこの時点で全然違う。

 しかも壁とかに大理石使われてるし、どえらい金のかけようだ。

 廊下からは様々な部屋に繋がっているらしい。

 アパートメントの中には、キッチンやらバスルームやらトイレまで完備されているものがあると聞いたことがあるが、まさかフィオナもそのクチなんだろうか。


「一階にはバカでかい食堂もあったし……何から何までウチのとは違うな」


 いやいや気を落とすなテオ・リーフ。

 おまえがここに来たのは勉強のためであって、こんなアパートメントでぬくぬくするためじゃないだろうが。

 それにこんなアパートメントに住んでみろ、一ヶ月と経たずに破算だっつーの。


「一番奥の部屋……ここか」


 セバスさんが渡したメモの裏には、フィオナのいる部屋がどこか書かれてた。

 いつの間に書いたんだろう? 

 コンコンとノックするが、返事がない。

 恐る恐るドアを開けると、ぐぇっと変な音が喉から出た。


 広い。

 俺の部屋の三倍はある。

 それだけでなく、学習机なども極めて質が良く、余り物の木材をツギハギしたものでないことは一目瞭然……って、もうよそう。

 これ以上比べても虚しくなるだけだ。

 部屋の主であるフィオナは、ベッドに横たわりすーすーと寝息を立てている。


 ひとまず机にプリントを置いた。

 一応これで先生から押し付けられたことは全て達成したわけだが、セバスさんに頼まれて閉まった以上、このままハイさいならというわけにもいかない。

 ひとまず椅子に座って、フィオナの寝顔を眺めることにした。

 別にやましい気持ちがあった訳では無く、ただただそれ以外やることが無かったのだ。


「そう言えば初めて見るな、こいつの寝顔」


 気絶したところは見たことあるけど、ちゃんと寝ている姿を見るのはこれが初めてだ。

 普段顔を合わせると、互いに罵詈雑言を吐き合っているせいか、穏やかな寝顔というのがちょっとした衝撃だ。

 フィオナの寝顔を見つめてからどれくらい時間が経過しただろう。


「ん、う……」


 フィオナがむにゃむにゃ言いながら目を覚ました。

 いつもの毅然とした様子からは考えられないくらいふにゃふにゃになっているフィオナは、しばらく視線を虚空に彷徨わせていたが、俺を見つけてぽしょりと言葉を零した。


「セバス……?」

「いや、俺はセバスさんじゃ」


 しかしフィオナは聞いたちゃいない。


「結構汗かいちゃったみたい……拭いてくれる?」


 止める間も無く、パジャマをたくし上げた。

 きめ細かい肌と綺麗おへそが見え――


「だー! 落ち着け! 俺はテオだ! テオ・リーフだ!」

「ふぇ? テオ……?」


 その言葉にスイッチが入ったように目線が定まり、ふにゃふにゃフェイスが引き締まっていく――て言うか、引きつってる。

 ついでに顔も真っ赤っかだ。


「きゃああああああああああああああああああ!?」


 絶叫と共に、枕元に立てかけていた精霊剣狂表を抜き放つ。

 ヤバい、こいつ殺る気だ!


「ついに本性現したわねテオ・リーフ! まさかここに忍び込んでくるなんて……!」

「おおおおおお落ち着け! 俺は決してやましい思いでここに来たんじゃないんだ!」

「うるさいうるさいうるさい! 殺す、殺してやるわ……! あんたに寝顔を見られるなんて、一生の不覚よ!」

「おまえだって俺の寝顔何度も見てるだろ! それでチャラってことにしてくれよ!」


 そもそもこいつとのファーストコンタクトは、ベンチで寝ているところに鼻をつままれたというものだったのだから、寝顔を見たのはあっちが先だ。


「そんなんでチャラになる訳ないでしょ! いいわ、ついでに昨日の借りを返してやる! 問答無用よ!」

「ぎゃー――!」

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