第14話 決意と私刑

「……はあ」


 放課後、俺は夜見先生に命じられ、決闘場の後片付けをしていた。

 周囲に散乱している瓦礫を撤去や、観客席のゴミの後片付けが主な仕事だ。

 ちなみに本来監督してその場に留まるはずの夜見先生は、定時というやむを得ない理由でこの場にいない。


「そう嫌な顔をするなよ我が主。立つ鳥跡を濁さずなんて言葉があるだろう? 利用したからにはちゃんと片付けようじゃないか」


 珍しく正論を言うゼロだった。

 天衣無縫とテンペスト・エクスプロードの衝突によって、決闘場はまあまあの惨状が出来上がっている。


「そう言うコトじゃない。問題は今日の決闘のことだ」

「ああ、アレかい? いいじゃないか。君は間違っていないよ。試合に負けたが勝負には勝ったんだぜ? 何せ、最後までこの場に立っていたのは君なんだからね」

「それは、どうだかな……」


 確かに無属性魔法は強力だ。

 柔軟にして無尽蔵。

 この世界を探しても、彼女以上の力を持つスピリットを見つけるのは骨が折れることだろう。

 だが、肝心の俺が使いこなせていない。

 この決闘で、いやというほど思い知らされた。


「使いこなせていないって、そりゃおかしいぜ。僕と契約してから、あそこまで多彩な魔法をポンポン使えたのは君が初めてだ。しかもそれぞれの魔法の特性と原理をよく理解している。まだ完璧とは言い難いが、決して悪くは無かったぜ?」

「おまえが杖タイプの精霊剣だったらそうだったかもな……」


 俺が使っているのは片手剣タイプの精霊剣。

 そう、剣なのだ。

 魔法だけが全てではない。

 剣技の冴えが魔法の質に影響を及ぼすと言われているほど、剣技と魔法は切っても切り離すことはできない。


 精霊剣を使いこなすには、魔法だけでなく剣の腕を磨かなくてはならない理由はそこにある。

 フィオナの剣技は研ぎ澄まされ、洗練されていた。

 一方で俺は、剣に関してはズブの素人。

 一番安かったからという理由で選んだとは言え、勝負の世界ではそんなの言い訳にはならない。

 意地になって絶対降参するものかとは言ったものの、逆にそれくらいしか活路が見いだせなかった訳で。

 それすらも、自ら手放してしまったのだから、我ながらフォローのしようがない。


「それどころか、まさかあんな隠し球まで持ってたなんてな。くそっ、あんな魔法反則だぜ」

「言っちゃうかー。よりによって僕と契約してる君が言っちゃうかー」

「やかましい。あんなスゲぇ魔法、そうそうお目にかかれないぞ」

「いつでもお目にかかれるじゃないか。僕とか僕とか僕とかね」


 ちょいちょいと自分を指さして自己主張するゼロ。


「それはともかく、だ。あれは負けて正解だったんだよ。むしろ、勝っちゃダメだったんだ」

「ふうん……それで、悔しくないのかい?」

「悔しいに決まってんだろ! 誰が負けて嬉しい奴がいるか!」


 いくら剣の腕がダメダメだったとしても、俺は本気でフィオナに挑んだんだ。

 勝ちたかったに決まっているじゃないか


「オーケイ。君が言わんとしていることはよく分かったよ。それで? これから君はどうするんだい?」


 負けっぱなしでいいのかい? と、ゼロの瞳は未熟な主に問いかける。

 返す言葉はもちろん決まっている。






「「――次は、絶対に勝つ」」







 そんなこんなで、翌日。


「……なあゼロ」

「なんだい我が主」

「ここは精霊学園だよな?」

「そう。君曰く神聖な学び舎だとも」

「そうだよな。神聖な学び舎のはずだよな」


 なのに、なんだって戦場顔負けの殺気が充満しているのだろう。

 今までは普通の生徒だったはずの彼ら彼女らは、その瞳に爛々と殺意を漲らせ、精霊剣のメンテナンスをしている。

 それだけだったら別にいい。

 が、その殺意を一身に受けているのが他ならぬ俺自身であるなら話は別だ。


「おかしい。これは一体どう言うことだ?」

「心当たりはないのかい?」


 ちなみにゼロの格好は、俺の熱烈な容貌によって、メイド服ではなく出会ったときと同じ黒い拘束具のような服に戻っている。

 これはこれで露出が多いアレなものなのだが、ゼロの幼さが残りつつも妖艶な雰囲気によくマッチしているので、違和感がないのが恐ろしいところだ。

 男子外にいずれば七人の敵ありというが、三十八人はあまりにも多すぎないか?


「やっぱり平民が貴族に楯突いたからか……?」


 いくら学校が身分なんて関係ないと主張したところで、校門を潜った瞬間に価値観がすり替わる訳でもなし。


「だといいんだけどねえ」

「なんだよ、そっちの方がまだマシみたいな口ぶりだな」

「実際その通りなんだよ。身分より愛憎の方が、何倍も厄介だからね」

「愛憎……?」

「殺意にも色々な種類があってね。この甘ったるくて粘着質な殺意は色恋沙汰のそれだ」

「甘ったるい? これが?」


 なんのこっちゃと首を捻っていると、机にナイフが一本、ズガッと突き刺さった。

 ナイフには写真が一枚縫い付けられていた。


「なんだこれ?」


 ナイフを引き抜いて写真を確認して、


「げっふぉ!」


 吐血した。


「どうしたんだい? 踏み潰されたガマガエルみたいな声じゃないか」

「な、なんじゃこりゃあ……!」


 写真に写っていたのは二人の男女――俺とフィオナだった。

 ここまでだったらまあ問題はない。

 問題はこの写真のシチュエーションだ。

 この写真が撮られたのは決闘の最中。


 空中で気絶したフィオナのことを、俺が慌てて受け止めている――というのが事実だ。

 で、その一部分だけを切り取ったこの写真ではあら不思議、俺がフィオナを抱きしめているように見える。

 つまるところ、彼らは俺がフィオナを抱きしめたこと――もしくは触れたことにどえらくご立腹ということなのだろう。


「おのれよくもフィオナさんを」

「身分の差ってヤツを体に刻み込んでやるぜ」

「生温いですわ。狩場に放り出して徹底的に追い詰めた方がよろしいかと」

「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨」


 耳の穴に容赦なく怨嗟の声が入ってくる。


「俺、今日死ぬかもしれん」

「だとしたら僕と契約して死ぬまでの最短記録を更新することになるぜ」


 嫌な記録だチクショウ。

 しかもあろうことか、フィオナは今日体調を崩して休みだ。

 二人で誤解を解くことも出来ないし、昨夜考えた『フィオナ必勝作戦』の初手から躓くことになる。


「ようテオ」


 げんなりしていると、ロックが登校してきた。


「あ、ああ。おはようロック」

「今日もいい天気だな死ねぇ!」


 斬新な挨拶と共に、いきなり精霊剣を振り下ろしてきやがった――!

 慌ててゼロを剣に変えて受け止める。


「落ち着け! おまえも誤解しているクチか!?」

「昨日の恨みは忘れないぜ。よくも俺の屋台と金を……!」

「おまえが勝手に便乗したんだろうが! 自業自得だそんなもん!」


 これに関しては勝手に店を出したロックが悪い。

 だがある意味ホッとした。

 吹っ飛ばされていたロックは件の一部始終を見ていなかったんだ。

 と思いきや、ロックも写真を発見。 


「……俺達の友情もここまでみてえだな」

「ああやっぱりこうなった」


 友情とはかくも儚きもの哉(かな)。

 ギリギリと鍔迫り合いが続くことしばし、予鈴と共に夜見先生が教室に入ってきた。


「あ、先生!」


 救いの手が現れた。

 まさか教師の目の前にいる中で私刑(死刑ともいう)を執行することはあるまい。

 夜見先生は俺をチラリと一瞥して一言。


「チッ、まだ生きてたか」

「俺が死んでた方がよかったみたいな口ぶりですね!?」

「おまえがヘマをしたせいであたしは五万スッたんだぞ。それに比べればおまえの命など」

「安いってか!? つーかあんたも賭博参加してたんかい!」


 衝撃の事実――ではあまりない。

 むしろ納得というか、参加していない方が不自然というか。


「と言う訳で授業を始める。コイツの処刑は休み時間のうちに済ませろ」

「「「「「「イエス、マイ・ロード」」」」」」

「あんたそれでも教師かああああああああああああ!」


 教師なんだよなあ、不思議なことに

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