第13話 因縁
私とあの男の因縁は入学式の翌日、入学試験の順位が張り出された頃まで遡る。
これは自慢だが、私は勉強が出来る。
運動神経もいいので、文武両道と言うヤツだ。
しかし入学試験の結果はどうだったかというと、二位。
二位だった。
つまりこれは、私が誰かの後塵を拝することになったということに他ならない。
パパとママは二位でもすごいじゃないかと褒めてくれたが(それはそれで嬉しいんだけど)、私はその結果に満足できなかったことは言うまでもない。
そして私の名前の上にふてぶてしく居座っていた名前が、テオ・リーフだった。
貴族の家名は、大部分が伝説や物語が由来になっていて、よく言えば格好良い、悪く言えば仰々しい苗字が多い。
ルザークという家名も、かつてこの世界に存在していた偉大な竜から拝借したものだ。
けれどテオの苗字はリーフ――つまり葉っぱだ。
吹けば飛んでいってしまいそうなこの苗字の持ち主が、貴族ではないことは明白だった。
ついつい、竜が葉っぱに負けるのを想像してしまい、ムカつき具合は留まることを知らなかった。
しかもその葉っぱ野郎が学園始まって以来の高スコアを叩き出した
あの精霊と契約出来ない半端者が、だ。
で、その葉っぱ野郎の半端者は中庭のベンチでノートを枕にグースカ寝ていた。
結果なんて興味ないと言わんばかりのその態度が、これまたムカついた。
何? 私だけ必死だって言いたいの?
いやまあ、実際必死だったんだけど。
思わずムカつきが最高潮に達してしまった私は、そいつの鼻をつまんだ。
数秒後、飛び起きて殺す気かと食ってかかってきたあの男と、初めて喧嘩をした。
目を覚ますと、見慣れた天井が視界に広がっていた。
どうやらここは、私のアパートメントらしい。
「あれ? なんで私……」
変な夢を見たなーと思いながら体を起こそうとすると、凄まじい倦怠感と痛みが体の内側から湧き上がっていく。
それと同時に、数時間前の決闘の記憶がひょっこりと顔を出してきた。
「……ああ、そうか。負けたんだ」
気力やら体力やらその他諸々が抜け落ちた気がして、再びぼふっとベッドに沈み込む。
私は世界で稀少な存在と言われる〈魔法使い〉だ。
生まれつき精霊と契約しなくても、火属性の魔法を自由自在に操ることができる。
しかしこの世の中、都合のいい話はそうそう無い物で、神様はこの上ない弱点を私に与えた。
なんてことはない、私の魔法が強すぎるのだ。
肉体を食い潰してしまうくらいに。
今回は吐血だけで済んだが、あれ以上続けていればそれどころでは済まなかっただろう。
だからこそ、家族以外の前で魔法を使ったのは数えるほどしかなかった。
それでも魔法を解禁することを決意したのは、ただただあいつに勝ちたかったからだ。
だが――負けた。
負けたのだ、自分は。
手加減なんてしなかった。
全力でテオ・リーフにぶつかり、敗北した。
「……」
キョロキョロと周囲を見渡す
誰もいない。
よし、泣こう。
思いっ切りわーわー泣きわめけば少しはマシな心持ちになるかもしれない。
せーので涙腺を解放しようとした瞬間、
「……」
いつの間にか目の前に執事のセバスがいた。
短く切られた黒髪に中性的な顔立ちの彼女は、男装の麗人という言葉がぴったりだ。
が、どんな姿形をしていようが、突然現れたらそれはただのホラーな訳で、
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
淑女にはあるまじき声が出た。
「……?」
どうかされましたか? とセバスは首を傾げる。
「あ、ごめん。違うのセバス。その、いたのに気がつかなくて……」
我ながらすさまじく失礼なことを言っている気がするが、そうですかとセバスは納得してくれた。
彼女は無口――比喩では無く本当にで喋らないので、出会ったばかりの時はコミュニケーションが難しかったが、今では僅かな身振りや表情の変化で彼女が考えていることを理解できる。
どうやら私が目覚めたことを察知して現れてくれたらしい。
「えっと、セバスが運んでくれたの?」
こくりと頷く。
「ごめんね、苦労をかけて」
いえいえとセバス首を振った。
それが私の仕事ですと言わんばかりに。
「本当、貴族にあるまじき醜態ね……自分の魔法を使っても勝てなかった挙げ句、無様にぶっ倒れるなんて」
「?」
セバスはこてんと首を傾げた。
「え、だって、あいつの勝ちでしょ? 私は倒れちゃったし……」
ふるふると首をふる。
何かがおかしい。
テオが勝っていないということは必然的に勝っているのは――
「え、ちょっと待ってどう言うこと? まさか……私の勝ちだって言うの?」
こくりと頷いた。
「……いや、いやいやいや。おかしいわよセバス。なんだって倒れた私が勝ってるのよ」
セバスとは産まれたときからの付き合いだが、こればかりは鵜呑みにすることができない。
「あれ、でも待って」
自分が突きつけた決闘の勝利条件はなんだったか。
「あ――」
思い出した。
降参したら負け、という条件であの決闘は進められていた。
私は意識を失っていたので、降参しようにも出来ない状況。
本来テオを完全に屈服させるさせるために考えた条件が、最悪な形で裏目に出てしまった。
あのままぶっ倒れた状態で放置していればどうなっていたかは、私が一番理解している。
だが、どちらかが降参しなければ決闘は終わらない。
だからこそ、テオは自分自身の勝利を放棄した――
「なんなのよ……なんなのよあいつ……!」
全力で枕を殴りつけた筈なのに、ぽすっと軽い音しかしない。
こんなの貴族の勝利じゃない。
平民に情けをかけられた挙げ句、勝利を譲られたなんて、屈辱にも程がある。
試合に勝って勝負に負けた。
ぐぎゃあとベッドの上で身もだえている私に、諦めますか? とセバスは挑発するように口元を上げる。
表情の機微が少ない彼女だが、決して無感情であるわけではない。
主人を迷い無く挑発する辺り、武闘派揃いのルザーク家の執事なだけはある。
もちろん、私の答えは――
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