第12話 代償と決着

 額には玉のような汗が浮かび、呼吸が荒くなっている。


「おいフィオナ!? 一体どうしたんだよ!」


 フィオナは激しく咳き込みながら、血を吐いている。

 しかしいつになっても、ダメージが修復される気配がない。


「一体何が起こっている……!?」


 この場所に張り巡らされている術式は、あらゆるダメージを無効化するはずだが――


『それはあくまで外的なダメージに限定されるんじゃないかな? 例えば、魔法によるバックファイアーみたいな内的なものは管轄外ってセンもあるぜ。て言うか百パーそれだ』

「バックファイアー……」


 奇跡を行使した代償。

 魔法を行使すると、その反動が術者に帰ってくる場合がある。


 強力な魔法であればあるほどそれが顕著で、初めて〈無為式・天衣無縫〉を使った時も、疲労や空腹で身体が限界だったとは言え、一発撃っただけで気絶してしまった。


「きっとフィオナ・ルザークは自分の魔法を完全にコントロール出来ていない。肉体があの強力な魔法についていけていないんだ」


 まさかフィオナも、それと同じ状態なのか……?


「そうだ回復! 回復魔法なら傷を癒やせ――」


 ダメだ。

 魔法使いは、どう足掻いても生まれつき有している属性と、契約している精霊の属性の魔法しか使えない。


 フィオナ本人の属性は火。

 契約している精霊の属性は風。

 水属性魔法である回復魔法を使うことは、不可能なのだ。


「降参しろフィオナ。もう限界なんだろ!? これ以上続けたらヤバいことになる!」

「うっさい……誰が、あなたの指図になんか……!」


 ダメだ、ああなったらコイツは止まらない。


「ええいこうなったら……こうだ!」


 構築したイメージを零によって具現化させる。

 刀身からこぼれ出た光がフィオナの身体を包み込む。

 徐々に、フィオナの呼吸が穏やかなものに変わっていった。


「回復、魔法……?」

「ああ。こうすりゃ少しはマシになるって……フィオナ?」


 コレで落ち着いた――と思いきや、彼女の周囲にある炎は、震える彼女に呼応するように激しくなっていく。


「ふざけるな――!」


 顔を上げたフィオナの瞳は、この上ない怒りに燃えていた。

 炎は竜のように鎌首をもたげ、次々と虚空に撃ち出される。


「屈辱屈辱屈辱――! このフィオナ・ルザークが、あなた如きに情けをかけられるなんて!」


 フィオナの魔法の軌道は滅茶苦茶だ。

 あれだけ乱発しておいて、俺に当たるどころか掠めもしない。

 そうやっている間に、フィオナは再び喀血してしまった。


「よし……これで、チャラよ」


 呼吸を荒げながらも、少し柔らかくなった声音でフィオナは言った。


「チャラって、まさか」

『そのようだね。彼女の身体は、君が回復魔法を行使した以前の状態に逆戻りになってるよ』

「なっ……」


 自分の身体痛めつけるだけに、あんなに魔法を空撃ちしてたってのか!?


『プライドの問題だよ。君に情けをかけられたことが、彼女は大層お気に召さなかったようだね』

「いや情けって……」


 そんなもんかけたおぼえはないぞ。


「とにかく落ち着けって! このまま戦い続けたらマジでヤバいんだよ!」


 慌てて零を振るい、殺到してくる炎を撃墜する。


「やっかましい! あなたが私に屈服すればいい話でしょう!?」

「ああもう分からず屋……!」

「なんですってえ……!? こうなったら、全力全霊をもってあんたを焼き尽くす。手加減なんて、してやるもんですか……!」


 フィオナは狂飆を水平に構えた。

 刀身の輝きが増し、それを中心にして風が集まり始める。

 〈テンペスト〉の時と同じ構え。

 しかし、それが内包する魔力の量が桁違いだ。


 風だけでなく、決闘場で燃えている炎も、その刀身を中心に集まり、撃ち出されるのを今か今かと待ちわびながら渦巻いている。

 確実に勝負を決めるために、フィオナは切り札を解禁する気だ。


 生半可な魔法では、確実に敗北する。

 あの魔法に対抗できる魔法は、俺の持ちうる手札で一つだけ。


「やむを得ない。こっちも全力でブチかますぞ――!」


 もう周囲の被害など知ったことか――と思った訳ではない。

 ただ、勝つ。

 テオ・リーフは目の前の少女に勝たなくてはならない。

 そう思っただけだ。


『その言葉を待っていたよ我が主』


 零の刀身が白銀に輝き、刀身に零の無限の魔力がチャージされていく。

 一瞬の沈黙。

 撃ち出すタイミングは同じだった。


「〈無為式・天衣無縫〉――ッ!」

「〈テンペスト・エクスプロード〉――!」


 白銀の光と豪炎を纏った暴風が打つかり合う。

 その衝撃は直撃していないのにも関わらず、両腕がもぎ取られんばかりの勢いだ。

 凄まじい衝撃波が周囲にばら撒かれる。

 その余波は観客席にも及んだ。


 教師達は生徒を守るべく、観客席全体に防御魔法を展開したのが視界の端に映った。


「あ、あ~! 俺の屋台が! 俺の金が~! って俺までうおおおおおおおおおおおお!?」


 ついでに逃げ遅れた生徒が約一名、断末魔を上げながら吹っ飛ばされたのも。

 拮抗する二つの必殺級魔法はやがて、凄まじい爆発を起こした。

 吹き飛ばされるのを何とか堪えるが、五メートルほど後退する。


 視界が開ける頃には、俺達は満身創痍になっていた。

 術式のお陰で外傷は皆無であるものの、それぞれに刻まれたダメージエフェクトを見れば、互いに死んでいてもおかしくない。

 テオの回復魔法の効力が切れたのか、フィオナは再び血を吐いていた――だが、彼女の瞳は闘争の色を失っていない。


「もう、いいだろ……降参しろよ、本当にさ」

「あなたがすれば、いいでしょ……」

「それが嫌だから降参しろって言ってるんだろうが……!」

「あたしだって、同じだっての――!」


 吼えるや否や、フィオナは跳躍した。


「くっ――」


 あれだけの魔法を撃っておいて、これ程までの力が残っていたとは。

 こっちは動くのもやっとだというのに。

 フィオナは狂飆を大上段に構えて――


「きゅう」

「へ?」


 そのまま気絶してしまった。

 しかも空中で、だ。

 バランスを崩したフィオナはそのまま落下した。


「ちょっ、おまっ――!」 


 俺は反射的に、零を放り出してフィオナの体を受け止めていた。

 それと同時に、フィオナが握っていた狂飆ががっつり背中へぶっささる。


「あだだだだ! 痛い! 滅茶苦茶痛いぞこれ!」


 いくら痛みが和らいでいるとは言え、刃物で体を貫かれて平気な訳がない。

 しかも相手は意識を失っているが決闘はまだ終わっていないときた。


 決闘が終了するまで外に出ることが不可能という仕組みであるため、どちらかが降参しなければ出ることすらできない。


「前言撤回降参だ! 降参するからさっさとこいつを医務室に連れて行ってくれー!」


 決闘終了。

 勝者 フィオナ・ルザーク

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